カブラの森
「ここが私の故郷、カブラ村です。カブラの森の入り口にあって、カブラの森を管理するのが主な役割です。自己紹介が遅れました。私の名前はカフィ。カブラ村の村長の孫です」
カブラの森と呼ばれる背の高い木が生い茂る森を抜けると、丸太を組み合わせて出来たような木造の家が立ち並ぶ村のような場所に出た。どうやらカブラ村と言うらしい。
村長の孫カフィは持っていたカゴを村にいた旅商人のような人に渡した。カフィが渡したカゴには林檎のような果物がいくつか入っている。閑散とした村を見つめて、ハッと思い出したように僕は口を開く。
「見知らぬ僕をここまで案内してくれてありがとうございます。僕の名前はヴァル。ギルムで反乱が起きて、恐らくその時の転移魔法で、ここまで飛ばされてしまいました」
僕は経緯を説明すると、カフィの隣で林檎を眺めていた商人の様な人が驚いた様子で口を開いた。
「ん?反乱だって!?それは大変だ!ギルムが無くなっちまったらうちの果物や動物の取引先が無くなっちまうよ…とりあえず、村長を呼んでくるよ」
商人は村の奥に建っている一際大きな家へ、一直線に走り出した。
「なるほど、だからヴァルさんは森に寝ていたんですね……」
カフィも動揺しているようだ。そもそも、見ず知らずの僕が言った話を何故こんなに素直に信じてくれるのだろう。嘘だとは思わないのだろうか。
「カフィさんやあの商人さんは僕の話、全部信じてくれるんですね」
「…はい。カブラの森は入り口が特殊な魔法の結界によって見えない柵のようなものに覆われています。これにより、有害な動物が森から出てきてしまう事や、不当な侵入を防いでいるのです。なので、私達のような森に入ることを許可されている人物か、転移や飛行のような最上位魔法を使用した場合でないと中に入る事は出来ないんです」
カフィは身振り手振りで結界について説明してくれた。どうやら、結界の力によって僕は信じてもらえているみたいだ。
そんなことを考えていると、奥の方から2人の影が近づく。
「はじめまして、私はカブラ村の村長ムルグだ。反乱とはどんなものなのかね」
先程の商人が老人を連れて戻ってきた。村長のムルグは木の杖に寄りかかり、僕を見る。
「僕にも詳しくは分かりません。ただ、カイサと言うメイジがこの反乱に関わっている事は確かです。僕がここに転移したのも、カイサの魔法によるものだと思います」
カイサという言葉を聞いて、村長の表情が濁る。やはりカイサという人物は有名なのか。ただ、僕がメリーラにいた頃はカイサなんて聞いたこともなかったが、この村長クラスになるとメイジについてもかなりの知識があるのだろうなと思った。
「カイサ……。そうか。やりおったか。もはやその反乱は誰にも止められん」
村長の言葉に隣にいた商人が声を荒げる。
「止められんって、困りますよ村長!!ギルムがないと俺、仕事失っちまいますよ!」
「まあ落ち着け、ギルムがなくても商人は無くならん。また新たな取引先を作ればいい。例えば、カイサ、とかな」
「冗談きついっすよ、村長……」
項垂れる商人を横目に、村長は一歩前へ出た。
「それにしてもお主、ヴァルといったか?」
「は、はい」
村長は前のめりになって僕を見つめる。
やはり転移で来たというのは信じてもらえていないのか?
「ヴァル、お主はもしかしたら只者ではないかもしれぬ」
しかめっ面で僕を見つめる村長。僕は言葉を返すことが出来ない。
只者ではない……?カイサと関係を持ってしまったことが悪かったのだろうか。
「村長、それって、どういう
言葉の途中で村の入り口の方から1人の村人が走ってきた。服は破られていて、白いTシャツが紅く染まるほど血が滲んでいる。只事ではないという事は誰にでも分かる。そんな格好だった。
「村長……!!ダークウルフが……。村まで来ました……今、村人を襲い始めています」
ダークウルフ。聞いたことのない名前だ。おそらく察するに狼。野生動物なのか……?
「ダークウルフは、カブラの森の近くにある魔女の森の主じゃ。大きな狼で魔法の力を宿しておる。普通の人間では敵いもしない。魔女の森の外に出たという話は今まで一度も聞いたことがないのじゃが、うむ、逃げるしかあるまい。皆の衆!!撤退じゃ!!命があればよい!!逃げるのじゃ!!!!!」
村人は皆走り出した。だが、狼の大きな雄叫びは僕の足を竦ませる。
「おい!何してるんだヴァルくん!!逃げるんだよ!!殺されても知らんぞ!!」
商人は僕に呼びかけるが僕の足は動かない。商人は握り拳を強く握り走り出した。賢明な判断だ。こんな場面で僕を担いで逃げるなんて無理がある。
僕はなんて無力なんだ。ビビリで、何かあるとすぐ足がすくんで、腰を抜かして、こんなんじゃミーナを助けに行くことなんて出来ない。こんなんじゃ、こんな僕じゃ!!
気がつくと、僕の目の前には僕より一回りも二回りも大きな狼が立ちはだかっていた。鉄の棘のようなものがついた首輪に鎖が付いているが、途中で千切れている。銀色の毛並みが風で流れてその獣の大きさを際立たせる。
これが、ダークウルフ。魔女の森の主。
「グウォーーーーン!!!!」
銀狼の雄叫び。やられる訳にはいかない。……逃げなくちゃ!!!!
僕は思い切り地面を蹴った。家を影にしながらダークウルフの視界から出来るだけ消えるようにして逃げた。民家と民家を伝うように走った。どうやらあいつは身体が大きい分、小回りが利くようなタイプではないらしい。
「はぁ、はぁ、なんとか巻いたか……?」
僕はカブラ村から外に出たと見せかけて、村の端の民家の影に座っていた。
すると頭上でものすごい音が鳴った。木が崩れるような音。ダークウルフは家の屋根に乗っていた。屋根の上から僕を見つけて舌なめずりをする。そんなのありかよ……。身体能力が圧倒的に違いすぎる。僕が魔法を使えたら。僕が、もっと強かったら……。
「グウォーーーーン!!!!…キャン!!」
か弱い声の後にダークウルフは民家の屋根から落ちるようにして倒れた。何が起きたんだ…?ダークウルフが地面に体を打ち付けるように倒れたその先で砂埃の奥に人影が見えた。赤いローブ。カイサなのか…?
「おい、クソ狼。そいつがヴァルだ。お前は頭だけじゃなくて鼻も悪いのか?」
奥から歩いてきたのはカイサではなく、赤いローブを羽織った男。あれは貴族のローブと呼ばれる、地区を管轄する貴族が身につけているものだ。メリーラ地区を管轄するマミルダも身につけている。という事は、このザオル地区を治める貴族様って訳か?
「すまねえ、セイン。村人が猟銃を撃ってきたから少し痛ぶっちまって返り血で匂いの区別が濁っちまった。そいつも殺してはいねえ」
隣でぐったりしているダークウルフが話した。話したというより伝えたという表現の方が正しいのか?口から発せられたものではないが、確かに言葉として伝わってきた。これは一種の魔法なのだろうか。話せる狼。世界は広い。
「立てるか少年。驚かせて悪かった。俺の名前はセイン。ここのザオル地区の隣にあるマルキア地区管轄の貴族ということになっている。まあ、父親が死んで俺が管轄になったのは最近の事さ。だから俺のことは知らないかも知れないが、一応そういう身分だ」
僕よりも少し年上というところだろうか。20歳くらいの見た目の男性はセインというらしい。
「あ、はい……。それで、何か僕にご用ですか……?」
この男に逆らったところで勝てないのは目に見えてわかる。それくらいこの男からはオーラのような何かが伝わってくる。セインは僕に手を差し伸べると僕はその手を掴んで立ち上がった。立ち上がった僕の両肩にセインは両手を添えた。そして僕の目を見つめこう言ったんだ。
「君を、正式に反乱軍に迎え入れたい」
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燃え盛る町でカイサはヴァルを泡で囲っている。逃げ惑う人々の叫び声。そんな状況の中私とカイサは見つめ合っていた。
「まぁ誰でもいいわ。じゃあねヴァルくん。貴方は何も知らずに幸せに生きて頂戴」
彼女はそう言うとヴァルくんを入れた転移用の泡を消した。事実上の死。そんな事は分かっていた。だが、私は信じたくなかった。
「カイサ、ヴァルくんに何をしたの!!」
転移魔法。クラスとしては最上位の魔法にあたる。並大抵のメイジでは使うことが出来ない。私も然り。誰でも使える代物であれば、この世に行商人など存在しないのだ。
つまり、転移魔法は使う方だけでなく、飛ばされる方にもそのレベルの魔力が必要。転移魔法を使われた一般人は、例外なく転移される事もなくこの世には帰ってこないのだ。だから基本的に転移魔法は転移魔法を使える本人に対して使う。
この情報は一般人には公開されていない。政治の中で、厄介な人物はこの方法で証拠を残す事なく排除してきたからだ。
ヴァルくんは転移されたということになっているが、事実上の死であることに変わりはない。ヴァルくんがカイサレベルの魔力を持っているとは考えられない。ヴァルくんは……。ヴァルくんは………………。
「ナタリアと言ったかしら、貴女、物凄い勘違いをしているわ」
口元が光る。膨らんだ唇を動かすとカイサは両手を広げる。
「ヴァルくんは、貴女が想像しているよりも遥かに」
「素敵よ」
カイサはその言葉を口にした瞬間炎に包まれた。その炎が消えた時、カイサの姿はそこには無かった。まるで、最初からその場所には居なかったかのように。最初から燃えてなんていなかったかのように。
「ヴァルくん……。ごめんね………」
私はその場に崩れ落ちた。私は何も守れない。昔から結局大事な場面で私は誰も、守れないんだ。あの日ヴァルくん達を助けなければこんな事にはならなかったのだろうか。
私に関わる人は全員。
不幸になるのだろうか。
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「魔女の森は初めてか?」
セインはあちこちに飛んでいる妖精のような小さな空飛ぶ人型の生き物に触れながら歩いている。だいぶ懐かれているようだ。セインはこの魔女の森と呼ばれる場所に良く出入りするのだろうか。そして、このダークウルフは一体…。
「は、はい。初めて、というか、そもそもメリーラ地区以外には殆ど出た事がないんです」
僕を乗せて歩くダークウルフ。僕1人くらいなら余裕で運べている。フサフサの毛の下にものすごく硬い筋肉があるのが分かる。
ダークウルフが青白く光ると、僕にダークウルフの意思が伝わってくる。
「着いたぞ。通称、魔女の家だ」
目の前にあったのは大きな屋敷。屋敷の周りは木が枯れているというよりは紫色に変色していて、屋敷は特殊な禍々しいオーラのようなものに包まれていた。確かに、良い場所ではなさそうに見える。あくまでも偏見だが。
屋敷の風貌に少し言葉を失っていると、大きな入り口の扉がゆっくりと開いた。
中から出てきたのは見覚えのある女性だった。赤いリップ。長い髪の毛。遠目だが、あれは一目でわかる。
彼女の名は
カイサ
お久しぶりです。ようやく旅が始まった感じがしますね。またまったり更新します。