出会いと貧困
可憐なバイオリンの音が暖かな風に運ばれてくる。路上奏者といったところだろうか。ギルムの中央広場で演奏するバイオリニストの周りには沢山の人が集まっている。
首都ギルムはバイオリニストを囲む沢山の人々の構図と同じく、国の中央にギルムがあり、その周りを6つの地区が囲っている。
住んでいたメリーラ地区は、そのうちの一つだ。
僕と妹のミーナは、強面の男性から助けてくれた魔法が使える"メイジ"である女の人に案内されるがまま、首都ギルムを見て回っていた。
ギルムはやっぱり凄い。食物一つにしても、質がいいし種類も多い。全地区の食材が集まる訳だ、必然的にそうなるだろう。ただ、物価は相対的に高い。あくまでも首都らしい。
「あの、案内してくれてありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか」
僕はメイジの女性に一礼した。
すると女性は両手を前に出し微笑む。
「ああ、気にしないで!私も暇だったから!悪党やっつけて気持ち良かったし!」
街の案内以外にも色々と教えてほしい所だが、人間としての質が違すぎる。僕は田舎の貧乏人。彼女はエリート中のエリートだ。案内してもらっただけありがたい事だ。あとは自分でなんとかしよう。
「ありがとうございました!ではこれで失礼します!」
僕とミーナはもう一度会釈して振り向いた。すると僕とミーナの間に割って入った女の人は後ろから肩を組んできた。なんか、嫌な予感がする。
「自己紹介がまだだったわね!私の名前はナタリア!君達、もしかしなくても暇でしょ?ひとつだけお願い事があるの!」
彼女の裏表の無い笑みはとても富豪の家系とは思えない、綺麗なものだった。
城下町の酒場に案内された僕とミーナは、テーブルについてナタリアの話を聞いていた。
「「やめた!?魔法学校を!?」」
僕とミーナはナタリアの話を聞いて驚いた。
どうやらナタリアは通っていた魔法学校を中退したらしい。通う事すら叶わない人も沢山いる中で中退とは、何か大きな理由でもあったのだろうか。
「へいお待ち」
酒場の筋肉質の店員は、何か分からない透明なお酒らしきものが入っているジョッキと、オレンジジュースを2つ運んできた。黒い服に赤いエプロンをつけている。ナタリアと同じ格好だ。
「本当に何から何まですみません。飲み物まで……。ご馳走様です。それで、ナタリアさんはこのお店と何かご関係があるんですか?」
僕はそう言うと、届いたオレンジジュースを2人のコップとコツンと合わせて、勢いよく口に運ぶ。程よい酸味がまた味覚を良く刺激する。水以外の飲み物を久しぶりに飲んだ。早くお金を稼がないと。
「ああ、いいのよ別にお金は!…プハァ〜!やっぱここの酒は美味いわぁ!このお店との関係かぁ、私がここで働いてるって意味では関係してるわね」
やはり、僕の予想は合っていた。むしろ、答えはそれくらいしか無いだろうけれど。そうなって来ると、暇そうな僕達へのお願いっていうのも、ある程度は予想が出来てくる。このお店はお昼なのに人が沢山入っている。でもそれに対して接客の店員さんが1人しかいない。明らかに
「このお店、人手不足なの」
「ですよね…」
ナタリアは僕の手を掴んでそう言った。茶色のポニーテールが揺らりと揺れる。言いたい事は分かっている。ここまで優しくしてくれたのはここで働いて欲しいと言う事なのだろう。
「分かってる。まだ住む家が見つかってないんでしょ?使ってない空き家があるの。そこを使っていいわ。だから、ね?お願い!」
ナタリアは目をキラリと光らせる。断る理由は何もない。家まで用意してくれるなんて、運がいい。悪い人ではなさそうだし、僕はナタリアの言葉に甘える事にした。
「ゴホッゴホッ」
ミーナは家の扉を開けるなり咳込んだ。
それもそのはず、ナタリアが空き家と言っていた家は、しばらく手付かずのボロ家で、埃まみれだったのだ。もう少しまともな家に住ませて貰えると思った贅沢な自分を殴りたい。住処があるだけ有難いじゃないか。
「あっれ〜!こんなに汚かったっけ……!ごめんね!あはは!」
ナタリアは家を見るなり笑った。
「大丈夫です!私がちゃんと掃除しますから!」
手で口を押さえているミーナはナタリアへ向かってそう言った。口元は見えないが目は笑っている。どうやら、自分の仕事があるのが嬉しいようだ。
「なら良かったわ。じゃあ、この家の掃除はミーナちゃんに任せるとして、ヴァルくんは酒場に戻りましょ!」
ギルムの街中と比べると人通りの少ない住宅密集地だ。心地いい風に押されて、木の枝にかかっている衣服が揺れている。
僕は、ナタリアに手を引かれて振り返った。
するとそこに立っていたのは、ボロボロの衣服を着た男性だった。
「お嬢ちゃん、頼む。水を恵んでくれぇ〜」
無造作に髭を生やした男性は、地面に頭を擦り付ける。水を恵んで欲しいと言うことは、お金がないのだろうか。ギルムにも僕みたいな貧民はやはり存在するのか。ただよく見ると僕なんかよりももっと身体は細く、げっそりとしていた。
「水?分かったわよ、ほら、持っていきなさい」
ナタリアは持っていた瓶を手渡すと男は喜んだ様子で去っていった。
「今の人は……?」
僕はナタリアに問う。ナタリアはため息を吐きながら口を開いた。
「"ギルム"は、私達が住む"ギルダー帝国の首都"だけれど、首都とはいえ、貧富の差はそれなりにあってね。貴族達は貧相な人達には目もくれず、のうのうと生きているのよ」
ギルムにも貧富の差はある、とは言っていたが、それは僕が住んでいたメリーラよりももっと凄いものなのかもしれないと、僕は思った。あの男性の痩せ方は異常だ。きっと、僕が知らないだけで、この街には、この国には、大きな闇がある事は間違いない。
ただ、僕がそれを知る日はきっと来ないだろう。
僕は所詮、貧民だから。
「そうなんですね…!……では戻りましょうか!ナタリアさん!僕もお仕事頑張らなくちゃ!」
「お、気合入ってるねぇ!」
2人の笑い声が青空に響いた。
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赤いふわふわとした羽を纏ったローブを羽織る髪の長い女性は、黒いハイヒールを脱いでタイツに包まれた脚をガラステーブルに乗せた。チュッパチャプスの様な丸い形の飴を舐めると、赤い口紅が光を反射する。
赤いローブを脱いで投げると、タイトな際どいラインのドレスが姿を現わす。投げられたローブは影の中から現れたスーツの男性がそっと拾い上げる。ガラステーブルとその女性にスポットライトが当たるその空間は、異様な、華麗な、怪奇的な雰囲気であった。
女性は飴をガラステーブルに置き、隣に置いてある赤ワインを口に運ぶとゆっくりと口を開く。
「彼は、もう此方側なのかしら」
何処からも声はしない。彼女に返答している者も見えない。
ただ、そう言うと彼女は笑った。
「まあいいわ。もう全て、終わるのだから」
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「まぁ、ざっとこんなところかな〜」
酒場に戻って、接客のノウハウを教えてもらっていた。ミーナの笑顔を見るために、精一杯頑張らなくては!
配布された黒いシャツに赤いエプロンをかけて襟元を正した。
「大丈夫そうだね!ヴァルくん、物覚えよさそうだし!早速今から働いて貰おうかな〜!うーーん、じゃあ、あそこの赤いローブの女性に注文を聞いて来てください!」
先程酒場に入ってきた赤いローブの女性は、隅っこの席に座るとじっと外を見つめていた。
「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文をお受けします!」
接客なんて初めてだ。怒られないだろうか。胸の鼓動が早まるのを感じる。僕が問いかけても、女性は全く動かず外を見つめている。
「あ、あの、すみません、お客様」
僕がもう一度話しかけると女性は僕の方へ振り返った。
「あら、ごめんなさいね。じゃあ、オススメの赤ワインを貰おうかしら」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」
教えてもらった通りに言葉を返す。女性は首を縦に振るとまた外を見つめた。
「接客出来た?」
ナタリアが心配そうに僕を見つめる。
初めての接客だ。簡単なやりとりだけなのでなんとか大丈夫そうだ。
「オススメの赤ワインをくださいとの事です」
僕は注文をありのままを伝えた。
すると厨房の奥の方から男性の声が聞こえた。
「困るねぇ、オススメとかうちはそういうのやってないんだよなぁ」
厨房から出てきた男性はこのお店の店長のゴーン。
ゴーンは、基本的にはキッチンの中で料理を作っている。ナタリアと僕が接客だ。
筋肉質で、ヒゲが似合うワイルドな男性で、一部の女性客から人気がある。らしい。
「ロマネスで良いんじゃない?とりあえず1番高いし!文句は言わないでしょ」
ナタリアは棚に置いてあるワインを手にとってグラスに注いだ。それを僕に渡すと僕はトレーにそれを乗せた。
「お、お待たせしました。当店オススメのロマネスです」
赤ローブの女性のテーブルにロマネスと言う名の赤ワインを乗せる。女性は外を見つめたままだ。女性が見つめる先に何があるのは僕には分からない。が、女性はゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、坊や。貴方のお父様の居場所、知りたい?」
頭の中で話は出来てるので、ちょこちょこ書いていきます!