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ヴァルの旅  作者: ほうかご
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首都ギルム





視界いっぱいの小麦畑から、風に煽られ擦れた後の心地いい音色が辺り一帯を包み込む。

なのに何故だろう。気持ちは沈む一方で、足取りは未だ重い。

肩に担いだ大きな米袋もまた、僕の足取りを一層重くさせる。


額に溜まった汗を服の袖で拭う。元々何色であったかも分からないような複雑な色をした僕の半袖の服は、その色からかなりの年季を感じさせる。

ただ、今は服にかける程のお金はない。

父に出稼ぎに行くと言われてから早5ヶ月。1週間で帰ってくると言っていた父は手紙一つ寄こさずに何処かに消えてしまった。何処かでくたばっていたとしても、それを知る術はない。僕と妹はひたすらに産みの親の帰りを待つ他無かった。でも心の何処かでは分かっていた。僕達はもう、捨てられていると。


僕は担いでいた米袋を地面に下ろした。

一面畑のこの辺りではかなり目立つ豪邸だ。

食物の生産が主なこのメリーラ地区を管轄する富豪、マミルダ邸だ。


「マミルダさーん。お米、持って来ました」


僕がそう告げると目の前にある黒い門が青白く光った。すると、門がゆっくりと開いていく。これは魔法の一種だろうか。僕は魔法についての知識はまるでない。首都のギルムにある魔法学校に通うことの出来る御曹司の中のエリートのみ、魔法の勉強をすることが出来る。田舎のメリーラに住む貧乏な僕なんかでは、到底学ぶことが出来ない英知だ。


僕は米袋を担ぐと玄関へ向かった。門から玄関へは結構な距離がある。大きな庭の中央に引かれた道を歩いて行く。途中両サイドにある丸い噴水から水が吹き出す。その水の周りには水の精霊らしき生き物が楽しそうに舞っている。まるで異世界だ。僕の様な一般人には辿り着けない世界。気にしている暇はない。早くお金を受け取って、妹の元に帰ろう。今日は美味しいご飯を食べさせてあげられる。


玄関の扉を二回叩くと、大きな扉にぶら下がっていたラッパの様な楽器が青白く光った。するとラッパはぐにゃりと曲がって先端が大きく広がって音を出す。


「ああ、ヴァル君ね。米袋は玄関に置いておいていいわ」


ラッパから発せられたのはマミルダの声だった。きっとマミルダの声が魔法を通してこのラッパの様なものに伝わっているのだろう。


「あの、マミルダさん。今日でお米の配達が10回目なので、銅貨を2枚頂けるという事でしたが、受け取りはどうすれば…」


「10回?そんな事私言ったかしら?100回の間違いじゃないの?ご苦労様。また来週も宜しく頼むわね」


違う。そんな事はない。10回の米の配達で銅貨2枚と言ったのはマミルダだ。何かお金を稼ぐ方法を教えてくださいと頼み込んだらそう言ってくれたんだ。僕は、また騙されたのか?今日一文無しで帰るのは妹に合わせる顔がない。きちんと報酬を貰わなければ。


「マミルダさん!」


その瞬間、大きな黒い影が周りに現れて僕の身体を拘束した。大きな影は実体を持って僕の身体を包み込む。僕は強制的に門の方へ引きずられた。


「マミルダさん!!!!あんたも人をコケにする様な人間だったのかよ!!!!」


僕は影を引き剥がす様に抵抗した。しかし影は絡みつく様に僕から離れようとはしない。そのまま僕は門の外へ投げ出され、門は大きな音を立てながら勢いよく閉まった。


現実なんてこんなものだ。

所詮庶民は搾取される運命。

味方なんて誰もいない。


米袋が無い分身軽な僕は、行きよりも足取りが重い帰路に着いた。











《ヴァルの旅》


著:ほうかご










「私は全然大丈夫だよ」


マッチに火を付けて短いろうそくにかざす。

質素な服を着て微笑む妹を見て顔を俯ける。

陽はとっくに落ちて、辺り一面は暗闇。小麦が擦れる音がここが自宅だと感じさせてくる。


「それじゃあ今日も、いただきます。ほら、お兄ちゃんも!」


「…いただきます」


僕と妹は両手を合わせる。

木のテーブルに白いご飯がよそってある器が二つ。幸い僕達には残された畑の分の米はあった。ただ、残された資産はそれくらいで、米をお金に変える方法も知らず、ただただ米を食べる日々が続いていた。

半年前に父にお金がないからと言われ、学校を辞めされられた。別に僕は良かったが、妹は学校に行きたいだろうなと思っている。大丈夫とは言ってくれるが、妹の優しさを感じると、少しだけ、泣きそうになる。


もう味もしない米をかきこむと、茶碗を置いて僕は立ち上がった。

前々から考えていた事ではあるが、自分の中の何処かで期待していた父の帰りを待つリスクを悟った今。僕の中での決断が言葉になった。


「僕、ギルムに行こうと思う」


妹は驚いた様子でご飯を食べるのを辞め、茶碗を置いた。


「ギルムってあの首都ギルム!?」


「そう。首都ギルム。やっぱり、行きていくにはお金が必要なんじゃないかなって」


妹は黙り込んでしまった。父の次は僕が何処かに行くと言い出して、妹は複雑な気持ちだろう。ただ、妹は優しい。僕を送り出してあげたい気持ちと葛藤しているのだろうか。妹は考え込んでいる。


数分の後、妹はゆっくりと口を開いた。


「いいよ」


妹は俯いたまま続ける。


「そのかわり、私も連れて行って。もう、もう誰かが行ってしまうのは我慢出来ないの……。ごめんね。ごめんね、お兄ちゃん」


妹は服をグッと掴み震えている。泣いている。涙がヒビの入った木のテーブルに染み込んでいく。


2年前、父親の過度な暴力により、母親が逃亡。その後父親は酒に溺れた。貯金が底を尽きた父親は僕達に学校を辞めさせて逃亡した。これで僕まで家を出てしまったら妹は、ミーナは、本当にひとりぼっちだ。妹を連れて行くという事を断る理由は無かった。


「分かった。ミーナも一緒に行こう」


16歳の僕からしたらまだ耐えられる試練だが、10歳のミーナには重すぎないだろうか。その心配とは裏腹に、ミーナの赤くなった目元から感じる視線と気迫は、10歳では到底向けられるものではなかった。


僕とミーナは最低限の荷物をまとめて、机に置き手紙を残して、家を出た。

これから本当の、本物の人生が始まる。


養われる人生は終わった。


これからは、僕が妹を守る。







---------



「それでは、今回の題については、救済しない方針で決定ですな」


赤いローブの上に高級そうな布を羽織った、白ひげの老人はそう告げた。


円卓の周りには同じ服を着た貴族が一定の間隔を空けて座っている。


議会。


ここはそういう場所。首都ギルムの中央に建っているギルム城の一室にて、国の方針を決める会議が行われる。


「そんなのおかしいです!!何故、困っている人々を見捨てるのですか!?」


俺は立ち上がり両手を広げる。

貴族の老害達は血も涙もない。

きっと彼等はこう言うだろう。


「セイン君。まあ座りたまえ。貧民は、救済しても貧民な事に変わりはない。我々貴族が貧民を助けるメリットがどこにあるのかね。彼等は労働力になってくれれば良いのだよ」


議会を取りまとめているダートがそう告げた後、皆一斉に立ち上がった。


「そうね〜。貧民って自分が無力な事すら知らずに立ち向かってくるのもキモいわよね〜そゆことで、じゃあねセイン君。そんな怖い顔しちゃダメよ」


メリーラ地区を管轄しているマミルダがそう言うと、国の財政に関わる有力な富豪達は気怠そうに次々と部屋を出て行く。


俺は議席を得てはいるが、父親の死により議席を得た、最も若い議員だ。

もちろんあの老人達に相手にされる筈がない。俺の意見はいつも流されてばかりだ。


最後に部屋を出て行こうとする進行役のダートが俺の肩を優しく叩く。


「お前の父親は、もう少しまともな考えを持っていたぞ。現実を見ろ。少年よ」


そう言い残すと、部屋には俺だけになった。


「現実ってなんだよ……。人を見捨てるのが現実だとしたら、俺は……」


俺は円卓の隅を強く叩いた。


「クソッ!!!!老害め!!!!」


自分の無力さと若さを恨む事は多い。ただ、最近一つ分かったことがある。この国は、他国を支配していい器ではない。


こんな国、滅びるべきなんだ。






-------



首都ギルムはメリーラからそう遠くはない。

歩いて半日ほどだ。僕が魔法を使えたらもしかしたら一瞬でたどり着くのかもしれないが…。妹も無言で歩き続けている。


夜通し歩き続けて、日が昇っても歩き続けて数時間。ようやく、ギルム城らしき建物が見えてきた。

話には聞いていたが始めて見る。

メリーラでずっと暮らしてきた僕達からすると、そこは完全に異世界だった。


「ようこそお兄ちゃん!首都ギルムへ!旅人さんかな?それにしては服がボロボロだねぇ。魔物にでもやられたか?あそこの角を曲がったところに服屋があるからそこへ行くといいよ」


見知らぬ髭を生やした男の人が話しかけてきた。

僕は会釈をして通り過ぎる。これが都会のノリなのだろうか。でも言われてみればこんなボロボロの服で雇ってくれる場所があるだろうか。だが、今は服を買うお金もない。


勢いだけでギルムに来たのはいいが、どうやってお金を稼いだら良いのだろう。役場のような場所を探して、聞いてみるとするか。


「すみません。ギルムの役場みたいな所はどこにありますか?」


僕は道を歩く背の高い男性に声を掛けた。

ただ、上を見た瞬間、声を掛けたことを後悔する。見るからに柄の悪そうなピアスを開けているタンクトップの男性は、僕の胸倉を掴んだ。


「お前、誰に口聞いてんだよコラァ。役場はこの大通りを1番奥まで歩いたらある。それじゃあ対価を貰おうか」


男は近くの建物の壁に僕を叩きつける。僕は鈍痛に耐えきれずしゃがみこんだ。こんな事ならもっと鍛えておけば良かった。米を運んでいたからそれなりの体力はあるけれど、この男をあしらうほどの力は持ち合わせてはいない。


男は僕が背負っていた荷物を漁り始めた。

中に入っていた小さな米袋を掴んで僕に見せつける。


「お前、金持ってねえのか。まあ見るからに貧乏そうだしな。お、これはなんだ」


「……やめ…ろ」


必死に抵抗しようとするが、身体が言うことを聞かない。男は思い切り米袋を引き千切った。すると中から溢れるように米が飛び出す。


「やめて!!!」


妹のミーナは大柄の男に背後からしがみ付いた。それを振りほどく様に左手を薙ぎ払う。

ミーナは弾き飛ばされて地面にうつ伏せに倒れた。


「触るなよ汚いな」


大柄の男が左手をパンパンとはたくと、後ろから茶髪のポニーテールで黒い服に赤いエプロンをした女性が男の左手を掴んだ。


「汚いのはどっちかしらね?」


左手を掴まれた大柄の男は必死に手を振り解こうと抵抗するが、掴まれた手を引き剥がすことが出来ない。

そこまでポニーテールの女性は筋肉質には見えないが、何故振りほどけないのだろうか。


「お前、まさか……」


大柄の男性の顔が青ざめている。

男は何かに気がついたようだ。


「そのまさかだったら、どうしましょうね。私が、もしもメイジだったらね!!!!」


女性はそう言うと思い切り右足を振り上げた。青白く光った左足はとんでもないスピードで大柄の男の後頭部を強打した。

男は顔を地面に擦り付けるように俯せのまま20メートルくらいスライドした。

土がえぐられて砂煙が立ち込めている。


周りがざわつき始めた。ギルムでも魔法使いは珍しいのだろうか。そういや、魔法を使える人の事をギルムではメイジって呼んでいた気がする。つまり、このポニーテールの女性はメイジ、魔法を使えると言う事か。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」


ミーナは起き上がって女性に話しかける。女性はしゃがんでミーナの頭をそっと撫でると、立ち上がって手を差し出した。


「私がギルムを案内してあげる。そこにうずくまってるのはお兄ちゃん?それとも彼氏?どっちでも良いけど、行くわよ。ギルムは広いんだから、日が暮れちゃうわ」




運命の出会いなんて言葉があるけれど、僕達は運がいいかも知れない。


ギルムでの生活が、幕を開けようとしていたーーーーー。










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