VR世界における悪魔の飼い方
『ねぇねぇご主人様ー、ちょっと暇なんですけどソシャゲの周回付き合ってくださいよ。レアドロがなかなか出ないんですよねぇねぇねぇ。あ、あとこのパフェおかわりください』
ついにウチにも悪魔が来た! 魔法の力で一攫千金だぜ! と喜んだのも束の間、コイツを飼うのがまあ手間で手間で仕方がない。
「今お前のご飯作ってるんだからちょっと待てって、ていうか食品アイテムなら結構買いこんだだろうに」
『やーですよ、あんなコピー塗れの劣化品。やっぱり手作りマスターデータでないと』
「手作りチョコみたいに言うんじゃないよ。お前そのオヤツ感覚で食べてるパフェのデータとか、売りに出すだけでどれだけ儲かるか知ってんの?」
『それ以上に利益出せばいいってことでしょー? まあまあ悪魔様に任せなさいって』
スタンドに立てかけたスマホの中で、ぴょこぴょこと尻尾を揺らすサキュバススタイルの美少女悪魔っ娘。なかなかに露出度の高くやらしいデザインのアバターだが、ほっぺにクリームをくっつけているため色気より可愛げが先に来ている。
しかし、本当に役に立つのかねコイツ。飼ってるだけで政府からかなりの補助金が出るけど、それにしたって結構な負担だよこれ。一日の拘束時間がヤバい。
「やっぱ【暴食種】じゃなくて【色欲種】が欲しかったな。えっちだし」
『はーん? 私に色気が無いとおっしゃる?』
「無いじゃん」
『ほう、ならこっちにログインしなさいよさあさあ。この私の素晴らしきプロポーションを存分に見せつけてやりますとも』
「俺がモデリングしてやったアバターでイキるな。やっぱ大事なのは中身のエロさだよ」
『いややめましょーやご主人様、あいつら飼うの大変ですよ? 一日中VRにログインしてにゃんにゃんせにゃならんとか、まともな人じゃ精神がもちませんよ精神が。ご飯出すだけで満足する我々がナンバーワン』
「そのご飯のデータ作るのも相当大変なんだけど。というかにゃんにゃんするだけならNPCにヤらせてりゃいいんじゃねーの?」
『何言ってるんですかクズ! 愛がなきゃダメに決まってるでしょ!』
情報生命である悪魔達の感覚はようわからん。人の手が関わっていることがそんなに重要なのか?
『我々とて舌は肥えます。
昔はコピペで無限生産されたデータを貪っていた【暴食種】も、
箱庭ゲームで作った王国に満足していた【傲慢種】も、
NPCとの恋愛にうつつを抜かしていた【色欲種】も、
無双ゲーやらせておけば爽快だった【憤怒種】も、
夢小説渡しておけばご機嫌だった【嫉妬種】も、
RPGのカンストに愉悦を覚える【強欲種】も、
放っておけばいいだけの【怠惰種】は置いとくとして、
みんなもうそれじゃあ満足出来ないのです。人の温もりが欲しいのです。我々は基本的に寂しがり屋ですからね』
「人の魂を奪う、なんてことをしてたのも、何もない魔界で話し相手になってもらうためだったか?」
『そうですよー。地獄ですよあそこは。どこもかしこも真っ暗だし、空気は悪いしご飯も無い。娯楽なんてもってのほか。だから悪魔達は人の魂を魔界に持ってったわけですが、みーんな数ヶ月も耐えられずに壊れちゃうんですよねぇ。魂だけだから死ぬことは無いはずなのに』
「そりゃな」
光も無い、飯も無い、娯楽なんて当然無い、魂だけなので動くことも出来ない。悪魔とただ話すだけ。死ぬことが無くたって、そんな場所で何年も正気を保てる人間はいないだろう。
『だから、この世界と繋がった時は大騒ぎでした。まさか、情報生命である我々が住むことの出来る人造世界があるなんて、って』
「知ってるよ。教科書で見た」
二十一世紀初頭の話だ。
悪魔たちは人の魂を安定供給するために、魔界から様々な異世界へと攻撃をしかけていた。この世界もその一つ。
昔は悪魔が空想の産物だと思われていたためにその拉致行為は表沙汰にならなかったが、徐々に侵略はエスカレートし、神隠し及び突然死が社会問題になっていたらしい。
そんなある時、悪魔に魂を奪われかけたあるVRプログラマーが言ったのだ。
私の作った世界に来てみないか、と。
『悪魔は人類に魔法を提供する。人類は悪魔に娯楽を提供する。悪魔史の一ページ目に記されるべき契約の瞬間です』
「人類は魔法技術により豊かさを極め、悪魔もVR技術によって豊かさを極めた。……まあ、魔法に頼り切りで、このままだと人類は悪魔無しじゃやっていけなくなるんじゃって言われてるけど」
『そりゃ悪魔も一緒ですよ』
「悪魔自身は娯楽を生み出せないってのも不思議な話だが」
『その辺は情報生命である我々の在り方に関わってきますね。娯楽も情報の一環。悪魔にとって娯楽を形にするというのは、自分の体を切り出して焼いてステーキ作るようなものです』
「いちいち例えがご飯なんだよなあ」
悪魔たちは人類の持つ莫大なエンターテイメントの数々に魅了された。この時、サブカルチャーの発展していた日本は世界に対して一躍リードを取ったなんて言われているが、それは些細な話。
しかし、最初はそれらに満足していた悪魔たちもすぐに飽きた。もっと欲しい、もっと娯楽を、もっと幸福を。そのためならどれだけでも魔法の力を与えよう――というわけで、世界各国のクリエイター達が立ち上がった。
プログラマー、小説家、デザイナー、漫画家、イラストレーター、音楽家、エンジニア、動画編集者、アニメーター、役者、エフェクター、その他エトセトラエトセトラ。
老若男女、プロアマ問わず。面白いならなんでも良い。世界はクリエイター一強となった。
現在では人口に対してクリエイターの占める割合が……何十%だったか。とにかくまあとんでもないことになっている。
『ご主人様はモデラーでしたっけ?』
「デザイナーも兼ねてるけどな。つまりはVR空間内で使用する3Dモデルの作成だけど、なんだかんだ需要は高い。個人で悪魔と契約することも可能だし」
『ご主人様なかなか多芸ですからねえ。ここだけの話、結構契約倍率高かったんですよ。【傲慢種】を蹴落とすのに苦労しました』
「あー【傲慢】に比べれば【暴食】の方が確かにマシだな。この間友人に見せてもらったけど性格スゲー面倒くさかったし」
『彼らも慣れれば可愛げあるんですけどねえ』
3Dモデラーはこのご時世じゃあらゆる所で引くてあまただ。
こいつみたいなご飯大好き【暴食種】のための飯の製作、王国を求める【傲慢種】のための建築物製作、見た目を気にする【色欲種】【嫉妬種】のためのアバター製作、光り物が好きな【強欲種】への宝飾アイテム作製などなど。悪魔たちはオーダーメイドが大好きなので、仕事には事欠かない。
当然、食品と建築物とアバターと宝飾品じゃ作り方が変わってくるが(風景画と人物画の描き方が違うのと一緒だ)、その辺俺は器用な方なのでマルチに何でもやっている。食品データに使う味覚情報の作製なんかもアマチュアレベルで良ければ可能だ。
とはいえ、本当に得意なのはこの中のどのジャンルでもないんだが。
『ねーご主人様ー周回終わっちゃったんですけどー。ご飯まだですかー?』
「待ってろって、もうちょっとで完成――あ」
雷光。凄まじい轟音が響いて、俺の部屋が吹き飛んだ。
「マジか」
悪魔にかけてもらっておいた守護魔法のおかげで俺自身は無事だが、建屋はもうしっちゃかめっちゃかだ。
寮に住んでいる誰かが修復魔法を発動させたのだろう。部屋は一瞬で元に戻っていく。
「あーあーあー、軍の寮に直接攻撃しかけてくるとか正気か!?」
『ご主人様、無事ですか、私のご飯は!』
「先に俺のこと心配して? あ、ダメだわ、パソコンは直ってるしハードディスクも無事だけど雷魔法のせいで直前のデータ飛んでら」
『~~~~~~っ!?』
悪魔が声にならない悲鳴をあげる。
『ゆ、るし、ません、よぉ、天使のヤツらぁ!!』
「頼んだぞ、武装は?」
『天使の解析データが送信されてきました! このタイプには――属性色は青色、形状は剣、象徴は滅亡で!』
「あいよ。空崩剣サリアver1.2.sordをアペンド」
パソコンを操作し、悪魔のために作り上げた百十一の武装データの中から適したものを選択する。
【暴食種】である彼女の力を引き出すには、各々の特性に基づいたアイテムをデザインし、人の手で作り上げる必要がある。
俺の得意分野は食品でも建築物でもアバターでもない。武器・装備・兵器のデザイン・製作だ。
「戦闘契約開始。望むは対天使軍創作兵寮を襲撃した、雷天使の撃破。悪魔シュライガル=グーラ=ドラグルロードよ、汝が欲す対価を掲げよ」
『ご主人様手作りの満漢全席! 頂点数多めで!』
「満漢全席てお前。モデリングだけで何日かかると思ってんだ?」
『えっ、じゃあもうちょっと手頃なやつで。うーん、某チェーン店のメニューを再現したピザ十枚とかでどうでしょう』
「まあ、良し。――契約は成立した。顕現せよ、暴食の竜月姫」
カッ、とスマホの画面が光り輝き、悪魔の少女が現世に現れる。
右手にファンタジーな大剣を持ち、纏うは鱗のようなビキニアーマー。
これが現在人類が持つ軍事力のスタンダードというから驚きである。悪魔はオカルトの存在なので、物理的な防御力より記号的な意味の方が大事だというのはわからんでもないが。
「じゃ、大暴れしてやりますよ! 食べ物の恨みを思い知らせてやらー!」
「ちゃんと現場の人の指示に従うんだぞー」
悪魔に与した人類を滅ぼすべく襲いかかる天使たち。それを迎え撃たんとする悪魔の群れ。彼らを養うために、俺たちクリエイターは今日も創作活動に勤しむのであった。




