デートの後の囁きは
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「オスカーありがとう。とても楽しかったわ」
王子の婚約者だった時は見ることができなかった輝く笑顔を少女はオスカーに向ける。
その様子を影から見守っていた使用人たちの中には久しぶりに見るお嬢様の偽りのない笑顔に涙している者もいる。
少女の髪には出かけるときにはしていなかった小さな髪飾りがついていた。カフェの後で行った雑貨屋で買ったものだ。
「喜んでいただけて良かったです。お嬢様、そちらは普段使いで、こちらは学園の卒業パーティーでお付けください」
「え?」
オスカーが差し出した包みを広げると中には青と緑の小さな宝石を花の形にあしらった髪飾りが入っていた。明らかに雑貨屋で買ったものではない。繊細な細工が施された上品な品だ。
「まぁ、綺麗ね……」
「お嬢様、学園の卒業パーティーに行きたいのでしょう? 1度しかないことですし、これを着けて出ていただければ私も嬉しいです。今日、手袋を選んでいただいたお礼です」
「でも……私がもらいすぎているわ……」
困り切った様子で目を伏せる少女の様子は大変可憐だ。
「気になさるようでしたら……そうですね。お嬢様、私にお礼をしていただけますか?」
微笑みながら言うオスカーの目がすっと獲物を前にしたように細くなる。
「あら、それがいいわね。でもオスカーにお礼というと何が良いのかしら? 私にできることと言ったらハンカチに刺繍とか。あとは……」
少女はオスカーの様子に気付かずに思案する。
「お嬢様の刺繍されたハンカチも大変魅力的ですね。でも、できれば、今すぐお礼を頂けませんか?」
「え? 私はそんなに早く刺繍できないわ。せめて数時間待ってもらわないと」
オスカーは戸惑う少女の様子にさらに口角を上げると、見せていた髪飾りをそっと側の机に置く。
「ここ最近、いつも私からお嬢様にしていることを、今日はお嬢様からしてくださいませんか?」
少女の細い腰に手を回しながらオスカーは顔を近づける。
「え……」
少女はさらに戸惑ったように声を上げ、一気に詰まった距離に顔を赤らめる。
「カフェでも私からしました。あのケーキは殊更甘かったですね」
何のことかやっと思い当たった少女は耳まで赤くして俯くが、オスカーの指が少女の顎に触れて上を向かせる。
「お、オスカー……あの……」
少女は恥ずかしさのあまり身じろぎをするが、すぐにオスカーの腕に抱き込まれる。オスカーが数歩踏み出したことで少女の背中が壁に当たる。
「お嬢様がお嫌でしたら諦めます」
少女の顔にかかった髪をそっとよけながらオスカーは切なそうにつぶやく。
「嫌ってわけじゃ……その……恥ずかしくて」
攻撃力のある少女の無自覚な言葉にオスカーは息をのんだ。
「きっとうまくできないし……」
少女の美しい碧の瞳がすでに涙で潤み始めている。
「お嬢様……、いえカメリア様……」
オスカーが思わず少女の名前を呼ぶと、少女の手がぎゅっとオスカーのシャツを握る。
「だから……あの、オスカーからしてもらった方が……お礼になると思うの……」
頬を赤く染め瞳を潤ませて少女はオスカーを見上げる。
少女の唇からオスカーの口付けをねだるような内容がこぼれた。体は密着していてお互いの鼓動が聞こえそうだ。
「っ」
少女の無自覚な言葉はオスカーに効果てきめんだった。オスカーは少女をきつく抱きしめると、唇をいつもと違って荒々しく奪う。
「んん……」
少女の苦し気なくぐもった声に我に返ると、ゆっくり味わうように口付ける。
「ふあ……ん……」
口付けの合間に少女の甘い声が漏れる。
甘い声を合図にオスカーの指が少女のワンピースのボタンにかかり、上から2つほどボタンを外す。
「あっ……」
オスカーの唇が少女の白い首を伝い、鎖骨まで下りるとそこに吸い付いた。
少女は驚いたような声を上げてさらにオスカーに縋りつく。
「カメリア様。カメリア様……」
オスカーは少女の名前を愛おし気に呼ぶ。
「んあ……お、オスカー」
「カメリア様、このようなことを許して頂けるなら……少しでもあなたに想われていると自惚れていいのでしょうか?」
口付けの合間にオスカーは熱く少女の耳元で囁く。そして少女の返答を待たずにまた口付ける。
「オスカー、あの……私……」
「オスカーさん、奥様がお呼びです」
少女が合間にやっと紡いだ言葉は部屋の外からかかったミーシャの尖った声に遮られた。扉の外ではエイデンが般若の形相のミーシャを押しとどめていた。
ミーシャの声ではっとしたオスカーは少女の頬を名残惜しそうに撫で、そして鎖骨の上にできた赤い痕に指を這わせた後、ワンピースのボタンを元通りにはめた。
扉を開けて出て行こうとノブに手をかけたが、開ける前に少女の方を振り向いた。
「お嬢様、今日は私もとても楽しかったです。次もぜひ一緒に出掛けましょう」
少女が口付けの余韻に夢見心地で頷くのを満足げに眺め、オスカーは廊下の先に消えていった。