真夜中の庭
いつもお読みいただきありがとうございます!
そろそろ完結です。
ミーシャは荒れていた。
ミーシャの隙をついて腹黒執事がお嬢様の首の後ろに跡をつけていたからだ。あの白くて美しい滑らかなお嬢様の肌にあの野郎。
舌打ちがアンストッパブル。
うっかり真夜中に藁人形を持って庭に出てきてしまったくらいである。
オスカーの姿絵などないので、持っているのは元殿下と公爵家の元養子であるステファノの姿絵だ。
「あのアホ殿下は殺すともったいないのでほどほどにしてくださいね」
いそいそと準備しようとすると、聞きたくない声が耳に入る。
「あんただってさっき一瞬殺気出してたでしょーが」
ミーシャは荒れているので自然と口調も乱れる。
「少しでも長く働いてお金を稼いで頂かないといけないのですよ。民の血税を慰謝料に回したままではお嬢様が気にされるでしょう」
「む……それは確かに」
「あと、口調が乱れすぎです。スラムに戻っていますよ。お嬢様の前では気をつけてください」
「はいはい。で、何の用?」
「あなたほどお嬢様に忠誠を誓っている人はいないのでね」
オスカーは皮肉っぽい笑みを浮かべると、勢いよく頭を下げる。
「なっ! 何やってるのよ! 絶対頭下げない人が頭下げるなんて縁起悪い!」
「勉強は1年半以内に終わらせる。だからお嬢様をよろしくお願いします」
「当たり前よ。私のお嬢様よ。何なのよ、あんた」
「いえ、私のお嬢様です」
「うっさいわ。腹黒陰険ドS執事。あとロリコン」
「あなたのその気の強さなら大丈夫だとは思いますが……。私も不安なのですよ。私と婚約して学園の卒業パーティーでお嬢様との仲を見せつけまくったとしても。どこぞの国の王子がお嬢様に惚れるかもしれませんし、無謀でアホな令息がお嬢様に近づくかもしれません」
「あんた、恋愛小説でも読んだの?」
「あくまで可能性の話です。お嬢様は頭も良く、お優しい上にお美しい」
「そうよ、当たり前よ。私のお嬢様だもの」
「いえ、もう私のものです」
「お嬢様はものじゃないっつーの」
言い争いが不毛である。
「あなたにしかお嬢様のことは頼めません。手紙は毎日書くし、会いに来れる時は必ず会いに来ますが。それでも……お嬢様が不安になった時にすぐに隣にいれるわけではありません。だから、私が離れている間はお嬢様のことをよろしくお願いします」
オスカーは頭を深く下げた。
ミーシャは藁人形を持ったまま腕組みしてオスカーを睨む。
「見損なわないで欲しいわね。私はあんたの願いなんか聞かない。お嬢様があんたを望むなら、他の男なんてお嬢様には寄らせないわよ。でもお嬢様が少しでもあんたのことを嫌がったら、辺境だろうと隣国だろうと離島だろうとお嬢様と逃げるからね」
「ふふ。あなたらしいですね」
オスカーはいつもと違う自信のなさそうな笑みを浮かべて頭を上げた。
「だから、さっさとお勉強を終えてお嬢様を迎えに来なさいよ。お嬢様が寂しがる前に。そんな自信なさげにすんじゃないわよ、ホントあんたらしくもない。帰ってきたら私の昇給をするのよ」
「これはやられましたね」
オスカーは目を見開く。
「では早く帰ってきます。あなたのその性格では私が帰ってくるまでに結婚は難しそうですねぇ」
「一言多いんだよ!」
ミーシャは藁人形をオスカーに投げつけるが、オスカーはひらりと躱す。
「いえいえ、あなたがご結婚されて子供ができていれば、お嬢様の子供の乳母になって頂くのもアリかなと。お嬢様の子供と一緒にあなたの子供が育つのもいいと思いませんか?」
ミーシャは想像したのだろう、ちょっと顔がにやけている。主にお嬢様の子供を妄想しているのだろうが。
「エイデンも頑張ってくれるといいんですがね」
オスカーはミーシャに聞こえないように呟きながら藁人形を拾った。