侍女は囁きを直視できない
放置しまくっていた小説を思い出したので更新しました。
いつもお読みいただきありがとうございます。
オルレリア嬢とのお茶会から戻ってきたお嬢様は輪をかけてぼんやりしている。
オルレリア嬢は最後にお嬢様に「あなたもそろそろ自分の幸せを考えてもいいんじゃない?」と言葉を投げかけた。それでお嬢様は窓から公爵家の見事な庭を眺めてぼんやりしているのだ。
「お嬢様、どこからどう見ても恋煩いです」とミーシャは言いたいが、相手があのオスカーであるしムカつくので言わない。
ゴキブリ退治は拍子抜けするほどあっさり終了した。
ラティウス公爵の出仕しないという脅しはなかなかに効いた。慰謝料も希望額があっさり通った。明日から宰相あたりが金策に走るだろう。
こんなことならお嬢様の婚約を最初からお断りして欲しかったが……それは王命だったので仕方ない。
ミーシャはぼんやりしているお嬢様もステキとガン見していたが、聞きなれた足音が聞こえたので盛大に顔をしかめた。完全にデキル侍女失格である。
「お嬢様、今少しよろしいでしょうか?」
ノックで入ってきたのはやはりオスカーであった。ミーシャの顔がさらに歪む。
「何かしら?」
お嬢様は物憂げな顔でオスカーを迎える。お嬢様!そんな顔をコイツに晒してはいけません!
ハンカチを噛みたい衝動を抑えつつ、ミーシャはリラックスできるお香を焚く準備をする。
「そうだ、丁度良かった、これを渡しておくわ。お礼にと思ってハンカチに刺繍をしたのよ」
お嬢様は思い出したように脇に置いていたハンカチを大切そうに取り出す。
私だってそのハンカチになりたい、なんて思いつつ香を焚いた。いや待てよ、あのハンカチにはオスカーの名前が刺繍されていたはずだ。やばい、そんなハンカチにはなりたくない。お嬢様にあんな風に大切そうに触られるハンカチにはなりたいが。
ミーシャが煩悩で悶えている間にオスカーはハンカチを大切そうに受け取って、カメリアの前に跪く。
「カメリア様に釣り合うように二年以内に修業を終えて戻ってまいります。その間、私を待っていて頂けますか?」
「え? オスカー? これって……」
くそぅ、絵になるな、こいつ。プロポーズ気取りかよ、いやもうプロポーズかよ、ムカつく。しっかり指輪まで用意してるし。
でも公爵家を運営するような能力を身につけるのに二年かぁ。スパルタだな。この腹黒執事ならやりそうだけど。裏の運営ならもうやってのけてるからなぁ。
「でも私は殿下をつなぎとめられなかったのに……いいのかしら……魅力もないし……」
お嬢様、そこは素直になってください。元殿下はノーカウントです。お嬢様に魅力がないならこの国の9割の女性は石ころです。あと、私はオスカーの甘い言葉なんてもう聞きたくないぃぃ。
「私はずっとカメリア様しか見ておりません」
あ、こいつ。元殿下を殺す算段を頭の中でしてるな。強制労働所にいるから造作もないだろう。怖っ。オスカーはイイ笑顔でお嬢様の指に指輪を嵌めて口付ける。おい、返事まだだろう。
「卒業パーティーも一緒に出てくださいますね? 旦那様の許可は頂いております。以前お渡しした髪飾りとこの指輪も付けてくださいね」
言葉は決して多くはないが……雰囲気が甘すぎる。空気がお砂糖。吐きそう。ストレートな紅茶をがぶ飲みしたい。特に苦いやつを。
お嬢様、私がこの空気に耐えられずに気絶する前にお願いだから素直になって。
二人の距離が近づいたのでミーシャはさすがにそっと目を逸らした。夕日がとても綺麗だった。