ナタリーのアトリエ
すっげぇ田舎にポツンと一軒家。見るからに耐震強度が弱そうな貧弱丸出しのボロハウスに住みつく怪しい女、ナタリー自称21歳。
「誰が怪しい女だって?」
きったない壺の中で臭過ぎる液体をゴトゴトと混ぜる混ぜる。たまにヤバそうな草を投入しては、また混ぜる。
「臭くて悪かったわね……!」
棚には古今東西違法合法健康病魔良薬毒薬その他諸々何でもござれの詰め放題な薬品瓶が、日の目を見ること無くズラリと並んでいる。
「そのうち使うのよ……そのうちね」
机の上には使い古されたばっちいガラス器具や道具の類がギリギリのバランス感覚で積まれている。
「…………」
そんな彼女が作る薬を求めて、正気の沙汰とは思えない人々が今日もナタリーのアトリエに押し寄せる……!
―――ゴトゴト ゴトゴト
…………押し寄せる!!
―――ゴトゴト ゴトゴト
「…………誰も来ないじゃない」
そうである! こんなクソ田舎のポツンと一軒家に来る奇特な人は……居ないのだ!!
―――キィィ……
その時! 我々の願いが神に通じたのか、一人の来訪者が―――
「ナタリー! 今日もお薬頂戴な~♪」
このクソ田舎で唯一とも言って良い金持ちのお嬢様『チチデ・ケーナ・モマセロー』がナタリーの臭いアトリエに……!!
「あんたそろそろ抹殺するわよ?」
すみません。
「ナタリー誰と話してるの?」
「んーん、何でも無いわ。今日はどうしたの?」
ケーナはナタリーのその言葉に堰を切ったかの様にわんわんと泣き出した!
「クライズが私の顔を『ブス』だって言うのよー!」
「……それは酷いわね」
「右から見たら『ゴブリン』左から見たら『オーク』斜め45°から見たら『ドボルザーク』だって言うのよー! うぇぇぇぇん!!」
「…………」
ナタリーは何も言わないが、私は言おう! そのクライズとやらは何も間違ってはいない!!
ああ!! 何たる非道!! ナタリーは笑いを堪えるのに必死の様子だぞ!!
「いいわ、ケーナ。今日もお薬をあげましょう」
「ぐずっ……! 本当……!?」
「ええ。だから早く何処かへ行って頂戴」
「ありがとうナタリー!」
ケーナは手渡された小さな薬瓶を握り締めボロハウスの扉を盛大に開け放ち外へと出ていく。大変にご満悦な様子だ。
ナタリーは服に付いた埃を払い、壺を再び混ぜ始めた。一体ケーナに何の薬を持たせたのか……?
「ふふ……右から見たら『楊貴妃』左から見たら『クレオパトラ』そして斜め45°から見たら『小野妹子』に見える薬を渡したのよ」
何かが間違っている気がするが、見る角度によって絵柄が変わる定規を思い出したのは……自分だけでは無いはずだ!
そして正面から見たら一体何が見えるのか―――!?
「知らない方がいいわ」
あ、はい。
―――キィィ……
「ナタリー……コホン!……いるかしら?」
続いて現れた奇特な人は、クソ田舎に療養してやってきた未亡人『サリィ』。夫を亡くし病に倒れ、安住の地を求めてこのクソ田舎へやって来たと言うわけだ。可哀相に……。
「どうしたの? また咳が出て来たの?」
「ええ……コホン……!……おくすりを……コホンコホン!!」
「……はい」
サリィは出された黒いゴツゴツとした塊を削り取ると、一気に口へと頬張った。するとサリィの表情はすーっと良くなり笑顔が溢れ出た。
「ありがとう♪ ナタリーのゴホンおくすりはゴホッゴホッ世界一ねゴホッ!!」
「……お大事に」
「それじゃあゴホッゴホッ……バイバイゴホッゴホッゴホッ!!」
笑顔で咳をするサリィ。よく見ると口からは僅かに赤く血が滲んでいる。
「…………サリィはね、もう治らないのよ。だから……せめて良くなった気がする薬を飲ませてるの。病は気から……と言うわけよ」
何処か寂しげなナタリーは壺へヤバそうな草を次々と放り込んだ。いくら錬金術とは言え万能ではない。力及ばすな時ほど無力さを感じるのだ……。
「……私、呪術師よ」
―――へ?
「だから、『錬金術師』じゃなくて『呪術師』なの!」
先程から謎の薬ばかり出ているのは、そう言う訳なのだろう。
「残念だったわね。『やったぁ♪』とか『たーる♪』とか言わなくて」
ナタリーは壺の中に蒼い液体をドバドバ入れながらニシシと笑った。その笑顔は紛れもなく怪しい呪術師のそれだ。
「さて、と……これから酒場にコレ届けてモンスター退治して来ますか」
何だかんだ錬金術師っぽい事をしているナタリーは、薬品の臭いが強く染み込んだバスケットに出来たての薬を詰め込んでボロハウスを後にした。その軽快な足取りは彼女の生き様そのものなのだろう。
「ふんふんふーん♪」
不思議そうに頭を捻るクライズと笑顔のケーナの横を通り過ぎ、ナタリーは酒場へと歩いて行った…………
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