06 守護騎士様はブチ切れだそうです
集団気絶事件もとい、リム兄弟の喧嘩の翌日にさらなる悲劇が起こった。
その日は、朝から魔物討伐のためファニスと騎士団員達は出払っていた。
屋敷には、護衛のための人員とメリッサ、ミリア、フィーニス、当番の巫女達、屋敷で働く者達が残っていた。
昼ごろになり、屋敷に残っていた者達は昼食をとっていた。
すると、屋敷の門が騒がしくなったので、護衛で残った騎士が様子を伺いに行った。
様子を見に行った騎士は、屋敷の門のところに騎士団長と数人の騎士が居るのを見て、慌てて駆け寄った。
「団長、今日はどうされたのですか?」
「おう、ご苦労だな。今日は、昨日のことで様子を見に来た」
「昨日ですか?」
「ああ、昨日の報告で、謎の集団気絶があったと聞いたのでな」
その言葉を聞いた騎士は昨日幸いにも、その場にいなかったため内容を詳しくは知らなかった。
ただ、仲間の騎士達は揃って、「魔物よりも恐ろしい魔物が……」と、話し詳しくは教えてくれなかった。
「そのことですか。被害にあった者達は揃って、何かに脅えた様子で詳しくは教えてくれませんでした」
「そうか、そうなると、精神汚染系の魔物でも現れた可能性もある。今まで、精神系の攻撃をしてくる魔物はいなかったからな、万が一のことを考えて俺が様子を見に来た」
「そうですか、団長が居てくれるのなら安心です」
騎士はガルドの言葉に安堵してそう言ってから、彼を屋敷の中に案内した。
ただし、この騎士は比較的新入りだったため、実はガルドが教会への出禁が実際のところ、メリッサへの接近を禁止する意味合いを持っていることを知らなかったのだ。
そのことを、暗黙の了解とし、周知徹底をしていなかった騎士団側に問題があって、この比較的新入りの騎士には非はないと言ってもいいだろう。
騎士は、ガルド達を案内しつつ、被害にあった騎士達は討伐に出ていて居ないので、戻ってくるまで待ってもらうように話した。それと同時に、昼食は取ったのかを確認し、まだだと答えがあったため、食堂で昼食を取りながら帰りを待ってもらうように提案した。そして、自分は厨房に追加の昼食の用意を頼みに行った。
ガルド達は、食堂に向かいながら今回現れた、新種の魔物について話していた。
食堂に入ろうとした時、入れ違いで先に食事をしていた者達が食堂から出てくるところだった。
女性達の楽しげな会話が聞こえてきて、ガルドと騎士達は巫女達が食事をしていたのだと考え挨拶をしようと思い、声の方に近づいた。
食堂の扉を開けようとしたタイミングで、内側から扉が開き、小さな影が扉から外に出てきた。小さな影は、外側に人がいるとは思わずに、外にいたガルドに追突した。
さらにいうと、ガルドはビクともしなかったが、ぶつかった人物は、追突した衝撃で後ろにひっくり返りそうになっていたので、ガルドは怪我をしないようにと思い、慌ててその人物の腕を掴んで支えた。
「ごっ、ごめんなさい!!外に人がいるとはおも――、ひっ!!」
助け起こした人物は、ガルドにお礼を言いながら顔を上げた瞬間、悲鳴を上げた。
そう、ガルドにぶつかったのは、幼いころにトラウマを植え付けられたメリッサだったのだ。
ガルドも、あの事件があった後、いろいろあり教会の出禁という名のメリッサに近づいてはならないというお達しがあったため、数年ぶりに姿を見たため、悲鳴を聞くまでその人がメリッサだとは気が付かなかったのだ。
事情を知っていた団員達は、まさかの事態に硬直して、意識が遠のいていた。
メリッサの顔色は真っ青を通り越して、真っ白になり、身体は小刻みに震え、歯をガチガチと鳴らして硬直してしまった。
さらには、呼吸が荒くなり、過呼吸を起こしてしまった。
ガルドは、慌てた。
あの時の悲劇を思い出して。
ファニスからの殺意を思い出して。
「どうか、メリッサ、落ち着いてくれ!!」
慌てるあまり、さらにメリッサを怯えさせる結果に気が付かず、落ち着くように声を掛ける。
しかし、メリッサは幼少のころにみた、悪鬼のような男が居ると思うだけで、呼吸が乱れ身体が震えた。
まだ、食堂の中にいたミリアがその騒動に気が付き顔を覗かせて、悲惨な状況に悲鳴を上げた。
「ちょっ!!どうして、騎士団長がここにいるの!!誰か早く団長をここから追い出して!!」
ミリアは慌てて、ガルドを追い出すようにいい、メリッサに駆け寄った。
事情を知らない団員達は困惑し、ミリアに言った。
「ミリアさん?この人は、ちょっと、山賊っぽいですが、これでも騎士団長なので、大丈夫ですよ?」
「違うの!!早く追い出して!!」
「そうは言っても?」
理由を知らない団員達は困惑した。いくら、準聖女のお世話をしているミリアの命令でも、直接の上司にあたるガルドを訳も分からず追い出すわけにはいかないと。
団員達が迷っている間、ミリアはメリッサにガルドの姿が見えないようにしながら、布を口に当て過呼吸が治まるように処置をしていた。
処置の間、慌てるガルドと困惑する団員達はその場でただおろおろするばかりだった。
メリッサの呼吸が落ち着いたところで、ミリアは視線も向けずに今度は落ち着いた声で言った。
「はぁ。もう手遅れかも知れないけど、早くここを退室してくださいね」
その言葉を聞いたガルドと団員達は何が手遅れなのか分からなかったが、背後から漂ってくる死の気配に、ただただ自分の行く末が地獄だということだけは理解した。
「ただいま戻りました。それで、そこにいる害獣は今度は一体何をしたんですか?」
「お帰りなさい。この子なら、今は呼吸も落ち着いて意識を失っているけど、もう少ししたら意識も戻ると思うわ」
「ありがとう、メリッサについていてくれて。メリッサを部屋に運ぶから、目が覚めるまで付いていてもらえるか?」
「はあ、分かったわ。それで、あなたは?」
「ちょっと、害獣の駆除をしないといけないからね」
「ほどほどに……、と言っても無理か」
「無理だな」
そう言った後、ファニスはメリッサを慎重に抱きかかえ部屋に連れて行った。
ガルド達は、その場を一歩も動けずにただ固まっていた。
しばらく経つと、ガルド達はこのままでは命にかかわると気が付き、その場を離れようとしたが、もう遅かった。
メリッサを部屋に運んだファニスが足音もなく戻ってきたのだ。
そして、ガルドと、騎士達に言った。
「それでは、害獣の駆除を始めようか?そうそう、最後に言い残すことはあるかな?いや、ないな。俺の大事なメリッサをあんな目にあわすなど、死んで、生まれ変わってもまだ足りない。言葉を交わす価値もないな」
その言葉を聞いた瞬間、ガルドと騎士達はこれまでの人生で一番の速さでその場を駆けだした。
未熟な騎士達は、駆けだしたつもりがもうすでに意識を刈り取られていた。逃げ出したのは夢、いや悪夢の中だ。
ガルドや、熟練の騎士達は、最初に撃墜された哀れな犠牲者に詫びつつ、散開しながら、屋敷の外に逃げ出していた。
ただし、その後ろから魔王のようなファニスが近づき、一人つず意識を刈り取り、最終的には意識のない騎士団員全員を吊し上げてから、ガルドに最上級恐怖を与えて制裁を加えたのは言うまでもない。
そして、屋敷の外から獣のような雄たけびが辺り周辺に鳴り響き、その声を聞いた者は恐怖に脅えながらこう思った。
―――絶対に、騎士団長を準聖女様に近づけてはいけない。そうでなければ、死よりも恐ろしい目にあう―――と。