04 守護騎士様は準聖女様の口から聞きたいようです
メリッサが泣き疲れて、気を失った瞬間ガルドも白目をむいて倒れた。
ファニスからのプレッシャーに耐えきれずに。
ファニスは、ガルドをゴミでも見るかのように一瞥した後に、メリッサを優しく抱えて部屋を出て行った。
この騒動を見ていた者達は、この事件を「第一回、トラウマ事件」と呼び、ファニスに対する考えを改めたのだった。
さらに、この事件には恐ろしい後日談もあった。
それが、「第二回、トラウマ発展事件」だ。
事件の翌日、メリッサの声が出なくなってしまったのだ。
ただし、数日で回復したが、数日間メリッサの声が聞けなくなったと、ファニスの機嫌はメリッサのいないところで急降下した。
その急降下ぶりは、ある意味魔物の脅威にも勝るとか何とか。
また、メリッサはこのことが原因で、ガルドを見ると悲鳴を上げるようになってしまったのだ。
ガルドを見たメリッサが「ひっ!!」と悲鳴を上げると、ファニスが殺気を放つといった負のスパイラルがここに完成した。
そのため、ガルドは教会から出禁を言い渡されたのだった。
それからというもの、メリッサとファニスの仲を割こうとする者は現れることはなかった。
それから、歳月は経ちファニスは、25歳。メリッサは15歳になっていた。
メリッサは、準聖女のお役目として、数か月に何度か魔の森の結界の補修、強化をするため、魔の森と街の間に建てられた、屋敷に赴く仕事が増えていた。
年々、補修、強化が必要な頻度が多くなっていった。
屋敷に滞在するときには、騎士団総出で、守りを固めていた。勿論ファニスも一緒である。
ただし、ガルドはメリッサに近づくこと自体を禁止されていたため、参加はしていない。
ファニスは、ほぼ魔物討伐に駆り出されるため、滞在中はメリッサの側にいられるのは、食事の時と、寝るときくらいだった。
メリッサの安全を思えば、魔物退治も進んでいくファニスだが教会に居る時はいつも一緒のため、少しさびしく思うこともあった。
それに、最近メリッサが、一緒に寝るのを恥ずかしがり始めたのだ。
そのため、毎日ではなく、何日かに一度の頻度になり寂しさが留まる事が無い状態だった。
それに、気のせいだと思いたいが最近メリッサがよそよそしい。
一年前までは、抱っこをしても嫌がったりしなかったが、最近は抱っこを嫌がるようになってしまった。
理由を聞いても、「私はもう、子供じゃないんです。お兄ちゃんに抱っこしてもらうのは卒業したんです」と言って、理由を言ってくれない。
そんな中で、メリッサと一緒にいる時間が減るお役目はファニスに精神的ダメージを与えるには十分だった。
その日も、魔物討伐を終えて屋敷に戻ると、「お帰りなさい」と言ってくれるも、前のように抱きついて来てくれないことを寂しく思いながらも、身だしなみを整えるべく風呂に向かった。
いつもなら、入浴中の目印を出すのだがメリッサ成分が不足しがちなファニスは、すっかり出し忘れてしまっていたのだ。
ファニスほどの腕前になると、帰り血を浴びることはない。そのため、汗と埃を流して素早く風呂場を後にした。
身体を拭いていると、誰かが浴室の扉を開けた。
ファニスは背中を向けたまま、身体を拭いて下着を穿いていく。
扉を開けた人物が一向に入ってこないことを不審に思い、振り返ってみるとそこには誰もおらず、扉が少し開いた状態になっているだけだったが、特に気にすることもなく服を着てから浴室を後にした。
宛がわれている部屋から、食堂に移動する途中でメリッサを見かけたが、ミリアと何か真剣に話しているのを見たので、声をかけるのを迷ったが、メリッサの顔が赤くなっているのが見えたため、熱があるのかと心配になり、声をかけることにした。
「メリッサ、顔があ――」
「おっ、おにいちゃん!!あっ、わっ、わたし、あの、なにも、みてないから、その、あのね、なんでもないから!!」
そういって、走り出してしまった。後を追おうとしたが、ミリアに止められたので、断念する。
因みに、ミリアは去年準聖女の役目を終えて、現在は教会でメリッサの世話役として働いている。
「はぁ、ファニスさん。貴方気が抜けてますよ。しっかりしてください」
「何だ?」
「貴方の気の緩みの所為で、メリッサが大変なこと――」
「どういうことだ!!」
ミリアが何か言い終わる前に、ファニスはどういうことだと、問い詰めた。
「ちょっと、話は最後まで聞きなさいよ。はぁ。貴方さっき、お風呂を使ったときに使用中の目印を出さなかったでしょう?」
ミリアにそう言われて、ファニスはそうだったか?と考えを巡らせた。
「それが?」
「はぁ、目印が出てなかったからうっかり開けちゃったのよ」
「あの時の気配はお前だったのか。別に俺は、お前に見られても何とも思わん。安心しろ」
「そうじゃないわよ。確かに、イケメンの半裸?」
「全裸だった」
「はぁ。全裸を見たら多少はラッキーと思わなくもないわ。私だったらね」
「……」
「どうしたの?」
「どういうことだ?『私だったら』ということは、お前じゃなかったのか?まさか……」
「ああ、ラッキースケベはメリッサよ――」
「早くそれを言え!!」
そう言うなり、ファニスは駆けだした。
別に全裸、しかも後ろ姿を見られてもどうということはない。ただし、それがメリッサであれば大問題だ。
大切に守ってきた、メリッサのことだから、きっと男の裸は初めて見たことだろう。
それなら、たとえ後ろ姿だとしてもショックを受けてしまうことだろう。
ファニスは、持てる力を総動員してメリッサの居場所を見つけた。
そして、怖がらせないように優しく声をかけた。
「メリッサ。どうしたんだ?」
ファニスに背中を向けているメリッサからの返答はない。ただ、後ろから見えるメリッサの耳が真っ赤になっていることが見てとれた。
吃驚させないように、そっと後ろから包み込むように抱きしめながら、さらに優しく声をかけた。
「メリッサ」
少し様子をうかがっていると、メリッサから微かな返答があった。
「あの、ね。私、お兄ちゃんが、お風呂使ってるって、分からなくって、わざとじゃないのよ。でも、勝手に覗いてしまってごめんなさい。怒ってる?」
「あれは、目印を出し忘れた俺が悪い。変な物を見せて悪かったな」
そう言うと、メリッサは無言で首を横に振った。
「私は、悪い子なの。だって、わざとじゃなかったけど、偶然見ちゃったお兄ちゃんの裸を~~~」
「ん?俺の裸がどうした?」
「お兄ちゃんの意地悪。何でもない。もう、忘れて」
「そこまで言われると気になってしまってな。それに、メリッサは、いい子だぞ。悪い子なもんか」
「悪い子なの!!だって、だって、お兄ちゃんの裸をみて!」
「うん。俺の裸を見て?」
「あの、あのね。恰好いいって、思っちゃったの!!」
メリッサはそう言って、顔を手で覆ってさらに俯いた。
―――まさか、メリッサが、俺の裸で?さらにいくべきが、ここは一旦引くべきか……。ここは一気にいくべきだな。今までこんな雰囲気になったことはなかった。これは、俺を男として意識させるチャンスなのでは?そうだ、ここは押して押して押すところだ
そう判断したファニスは、さらに追撃にかかった。
「俺は、メリッサが、俺を意識してくれたことが嬉しいよ?」
「嬉しい?なんで?」
「俺は、メリッサを一人の女性として愛しているから。メリッサが俺の裸を見て恥ずかしがってくれているってことは、俺を男としてみてくれていると思えて、俺は凄くうれしいよ」
「お兄ちゃんは、私を好きなの?」
「大好きだ。愛してる。好きで好きで堪らない」
「どうして、私なんてお兄ちゃんから見たら子供でしょう?」
「子供じゃない。メリッサはとても魅力的な女性だよ」
「うそよ」
「どうして?」
「だって、普通好きな人と一緒に寝て何もないって、何とも思っていないってことでしょう?今まで、一緒に寝ていて、何もなかったのが私を子供だと思っている証拠だよ」
メリッサのその言葉を聞いて、ファニスは衝撃を受けた。
―――メリッサ!!俺のこと男として意識してくれている!!それなら、ここは一気にいくしかない!!
「そんなことない」
「嘘だよ!!」
「男はね、大事な人のためなら我慢が出来る生き物なんだよ?」
「ガマン?」
「そう、日々魅力的に成長するメリッサに手を出して嫌われないように必死に我慢をしていたんだよ」
「それって、私なんて我慢が出来る程度ってことでしょ」
「ごめん。ちょっと格好つけた。全然我慢できてなかったよ。だから、魔物討伐で、いろいろ発散させてたし、隙あらば、メリッサに触ろうとしたしね」
「本当?」
「ああ。誓って」
「そっか、お兄ちゃんは私が、その、女の人として好きなんだね」
「そうだよ。メリッサは?」
「む~~う。分かるでしょう?」
「言葉にして欲しいな」
「すっ、す――」
「準聖女様~~どこですか~~。お食事の時間ですよ~~~」
「「……」」
―――折角の告白を台無しにしたあの、団員は後でお仕置きが必要だな。はぁ、仕方ない。告白は仕切り直しで、また今度か。
「メリッサ、ご飯が冷める前に戻ろうか?」
「うん」
「次は容赦しないからね」
「うん……」
その日の夜、一人の騎士団員が人知れずこの世のものとは思えない、恐怖体験をしたのはいうまでもない。