03 守護騎士はマジギレしたようです
急きょ決定したメリッサの守護騎士だったが、教会側は大層喜んだ。
何と言っても、元騎士団副団長で、腕も立ち、市民、特に女性に人気のあるファニスは願ってもない人材だった。
ファニスの本性というか、メリッサラブな状態を知らない教会側は、エビで鯛を釣った、大物を引き当てた位に思っていたが、本性を知ってしまった宰相と、ミリアは子羊の群れに猛犬を解き放ってしまったとばかり内心恐怖を感じていた。
メリッサには甘い顔しか見せないが、メリッサ以外には一切の容赦もなく切って捨てることが目に見えたからだ。
もし、今後教会側がメリッサに無体な事を強いれば、教会は壊滅してしまうのではないかと。
そこで、宰相とミリアはお互いに何も知らなかったということで、何かあっても知らぬ存ぜぬで通そうと心の中で決めたのだった。
こうして、ファニスは念願のメリッサの守護騎士の座を手に入れたのだ。
なお、守護騎士の任務は常に守護対象を守り、時には守護対象の願いを叶える。
そう、ファニスの望んだ楽園がそこにあったのだ。
その日から、ファニスはいつ寝ているのかと周りが心配になるほどメリッサの守りを固めた。
そう、メリッサが寝ているときも不審な者が彼女の眠りを妨げることが無いように、常に部屋の扉の前に立っていたのだ。
食事の時も、勉強の時間も、お風呂の時間も、さすがにトイレの前に立たれた時にメリッサは「お兄ちゃんのお馬鹿、おトイレにはついてこないで!!」と言って涙目でファニスにやめるようにお願いをしていた。
ファニスは、慌てて謝りながらトイレの時はついて行かない事を約束をした。
ただし、その時の涙目で訴えるメリッサが可愛すぎて、たまには困らせるのもいいかな?とか思ったのはメリッサには絶対に知られてはいけない極秘事項となった。
しかし、メリッサも常に側にいるファニスを「常に側にいてキモイ!!」と思うこともなく、自然にいつもそばにいることが普通だと受け入れていた。
ファニスの本性を知るミリアは、「メリッサは洗脳されているから、あの異常な執着に気が付かないのではないか?」と心配するほどだった。
そんなある日のことだった。メリッサは、さすがにいつも側にいてくれるファニスの身体が心配になって質問をした。
「お兄ちゃん。いつも一緒にいてくれて凄くうれしいんだけど、いつお食事をして、いつ寝ているの?」
「睡眠は一時間もあれば足りるし、食事も栄養が摂取出来れば問題ないから大丈夫だ」
それを聞いたメリッサは、ファニスを怒った。
「お兄ちゃん!!ちゃんと寝て、ご飯食べて!!じゃないと絶交だよ!!」
―――メリッサ!俺の事を心配してくれるのか?俺は、メリッサ成分が補給出来ればそれで元気になれるんだ。それに、絶交って……可愛すぎる!!!!
「ごめん。だが、俺はメリッサが心配でならないんだ」
「もう、お兄ちゃんは心配し過ぎだよ。教会の中は安全なの」
「それでも、心配なんだ」
「本当に、お兄ちゃんは仕方ないんだから。恥ずかしいかもしれないけど、今日からは一緒に寝よう?そうしたら、安心できる?」
―――いっしょに、ねる?練る?ネル?寝る!!!!!同衾!!えっ、メリッサのベッドで一緒に!!!!
「さっ、さすがにそれは。いくら幼馴染とはいえ、未婚の男女が一緒のベッドで寝るのは」
そこかいな!!未婚の男女って……、メリッサはまだ11歳の少女なのだ。普通なら、「一緒に寝るには狭いだろう?」となるところを、流石、メリッサ大好きファニス。心配するところが違うね!!
しかし、メリッサもある意味負けてはいなかった。
「それなら問題ないよ?私、お兄ちゃんだったらいいよ?」
―――ふぁっ!!!それって、けっ、結婚してもってことかメリッサ!!
「メリッサ、それは……」
「だって、フィーニス君とお昼寝した時、ベッドから落ちなかったから、寝相は大丈夫だから、一緒のお布団に寝ても大丈夫だよ。それでも、私の寝相が心配なら、お部屋にベッドをもう一つ入れて寝ればいいしね」
―――フィーニスには、後でお仕置きが必要みたいだな。俺のメリッサと一緒に寝るなど、その時の記憶がなくなるようにしなければ、くくくっ
「別に寝相の心配をしているわけではないよ。メリッサがいいのなら今日からは、一緒に寝よう」
「うん。ご飯も一緒に食べよう?今まで食べているところを見られていたのちょっと恥ずかしかったから!!今日からは、一緒に食べよう!!」
「分かった、今日からは何でも一緒だな」
「やったーーー。お兄ちゃん大好き~」
―――俺も超、超、超愛してる~~~
「ああ、俺もメリッサが大好きだよ」
「うふふ。お兄ちゃん」
「ん?どうした?」
「えへへ、何でもないよ。呼んだだけ~」
―――可愛すぎる!!なんだこの可愛い生き物は!!メリッサだ!!尊い!!
「ふふ。メリッサは本当に可愛いな」
「むう~」
突如発生した激甘空間に、偶然居合わせた人間はこう思っただろう。
「もう、結婚しちゃいなよYOU達!!」
ただし、メリッサが、11歳の幼女でなければの話だが。
しかし、その中にたまたまファニスの本性を知っている人間がいた。
そう、準聖女のミリアだ。彼女は砂を噛んだような何とも言えない表情でその場をやり過ごしていた。
そしてこう思った。
着実に、メリッサの洗脳が進んでしまっていると……。
そんな、ファニスの幸せ空間が突如崩れ去ることになった。
何と、騎士団が教会にファニスの事で文句を言ってきたのだ。
しかし、ファニスとしては、騎士団は脱退済みで、文句を言われる筋合いはないと言ったところだ。
ただし、騎士団側は「あの時の相談を断らなければ、優秀な副団長を失わずに済んだ」と。
「団長、俺はもう騎士団を脱退した身。そちらに何かを言われる筋合いはないですが?」
「おいおい、俺はお前の脱退を認めたつもりはない。勝手に抜けられては困るのだ」
「別に俺がいなくても、別の団員が――」
「そんなことはない。お前ほど、仕事熱心な団員はいないさ。だから、騎士団に戻ってこい。ここに居たってつまらんだろう?子供のお守などお前の仕事ではない」
「……」
騎士団長の言葉を聞いて、ファニスは急に殺気を出した。
薔薇色の毎日を否定されただけではなく、愛するメリッサを虚仮にされたのだ。
殺意が芽生えるのは当然とばかりに、一瞬のうちに殺気をみなぎらせた。
しかし、このやりとりを見てしまったメリッサは、「自分のせいで、お兄ちゃんが怖いおじさんに責められている」と目に映ったのだ。
「おっ、おじさん!!お兄ちゃんをいじめないで!!わっ、私……、私が悪いの!!」
「ん?」
「ひっ!!」
勇気を振り絞ったメリッサがそう言ったが、それを聞いたガルドを、何事かと想い「ん?」と答えただけだったが、むくつけきおっさんにそう言われただけで、まだまだ子供のメリッサは脅えた声を上げてしまった。
これは、誰が悪いわけでもない。子供なら、だれしもがするガルドへの反応だった。
ただ、この場には、メリッサ至上主義のファニスがいたことが、悲劇の始まりだった。
怯えたメリッサの声を聞いた瞬間、ファニスの身体は反射的に剣を抜いていた。
ファニスの発する殺気に警戒をしていたお陰で何とか、その一撃を防ぐ事が出来たガルドだったが、まさかファニスが本気で剣を抜くとは思っていなかったため、反応が少し遅れた。
「団長……。これは俺が決めたこと。文句を言うなら、俺だけにしてください」
そう言って、すぐに剣を引いた。
あまりにも早い動きだったため、周りにいた人間は、ファニスが剣を抜いたことには気が付かなかった。ただ、気が付いた時には金属のぶつかる音が鳴っていて、ガルドが何故か剣を抜いて立っていたことしか分からなかっただろう。
そう、傍目にはガルドが突然凄い形相で剣を抜いたようにしか見えなかったのだ。
幼いメリッサにはその光景がとても恐ろしいものとして、目に映った。
「ひっ!!うっ、うわ~~~~~ん!!こっ、こわいよ~、こわいよ~~~~」
火が付いたようにメリッサは泣きだした。
これには、ファニスも、ガルドも、そしてその声が聞こえたもの全員が驚いた。
今まで、メリッサは辛いことがあっても泣くこともなく、笑顔で過ごしていた。ニコニコした顔以外では、怒ったり、むくれたりと表情をころころ変えていたが、ここまで泣きじゃくることは今まで一度もなかったのだ。
ファニスが宥めても、抱きしめて背中を優しく撫でても、泣きやむ気配がなかった。
ファニスはメリッサを優しく抱きしめていたが、泣きやまないため徐々にある一部、元凶のガルドに向けて殺気を強めて行った。それに比例するように、ガルドの顔色は、青から、白、土気色へと、変わって行った。
結局、泣き疲れて、意識を失うまでメリッサは泣き続けたのだった。