02 準聖女の守護騎士になりたいようです
愛しのメリッサの側にいられる仕事があると知ったファニスは、騎士団を脱退したその足で、王城に向かった。
王城に着くと、知り合いの門番がいたので丁度いいと声をかけた。
「おい、近衛兵の募集があるはずだ。俺は、自分で言うのもなんだが、腕に自信がある。今すぐに採用するように宰相に掛け合いたいので、ここを通して欲しい」
「……へ?」
門番は、ファニスの突然の話に目を白黒させて、どうしたらいいのか戸惑っていた。
すると、丁度交代の時間になり、別の門番がやってきた。これ幸いと、「ファニスさん、ちょっと確認してくるので、待っていてくださいね」とその場を交代の門番に頼みそそくさを去っていった。
残された交代要員の門番は、どういった経緯か知らないが、時間がたつにつれて、いらだちをあらわにする、騎士団副団長に顔を青くさせていった。
そろそろ、門番の精神が天元突破しそうになったタイミングで、やっと去っていった門番が戻ってきた。更に言うと、困り顔の近衛兵隊長を連れて。
「あの、ファニス殿?近衛兵の採用とは?どなたかを紹介してくれるということですか?」
「違う。俺を今すぐ採用して欲しいという話だ」
「はい?しかしながら、ファニス殿は騎士団副団長――」
「先ほど脱退したので今は無職だ」
「は?えっ?」
「腕がいい、近衛兵を探しているだろう?俺なら腕もたつし、打ってつけだ。だから今すぐ採用を!」
「すみません。私の判断では……。それに、ここで話す内容でもないので、一旦こちらに来ていただけますか?」
そう言って、近衛兵隊長の男はファニスを城の一室に連れて行った。そして、しばし待つようにと言って退室してしまった。
―――何をしているんだ、早くしないとメリッサの守護騎士がどこの馬の骨とも知らない男に取られてしまう
そんなことを考えて、イライラが頂点に達しようとしたタイミングで、近衛兵隊長が宰相のジョエル・サーストと共に現れた。
「やあ、ファニス殿。今日は近衛兵の採用で来たとか?」
「そうです。腕の立つ近衛兵を探していると聞いたもので、是非俺を使って欲しいと思い来ました」
「まぁ、確かに腕の立つ者を探してはいたが、君は副団長――」
「脱退済みなので問題ないです」
「はぁ。君がどういった目的でここに来たかはあえて聞かないことにしよう。ただし、君が望む仕事に着けるかは、準聖女殿次第ですがね」
「それはどういうことですか?」
「実は、君が来る前に別の者を準聖女殿の守護騎士に推薦したのだが―――」
宰相の話をそこまで聞いたファニスは、途中にも関わらず席を立って宰相に詰め寄った。
―――くっ!時間が無いというのに、待たせるからだ。俺のメリッサが!!
「それは、どういうことですか?」
「まぁ、待て待て。話はまだ続きがある。守護騎士を推薦したが、準聖女殿に却下されてしまった。何でも、騎士成分が足りないので、守ってもらえそうにないとかなんとか」
宰相の話を聞いてファニスは安堵の息をついた。
―――そうか、まだメリッサの騎士の座は空席!!これは、ここで一気に決める!!
「それならば、俺が最適でしょう。何と言っても元、騎士団副団長の俺ならば、何の問題もない!!」
ファニスは胸を張ってそう言った。
力強いファニスのその台詞を聞いた宰相は、「うむ。元騎士団副団長なら安泰だな!」という訳がない。
その時のファニスは、目は血走り、ちょっと息も荒く、普段の彼を知らない者が見れば、ちょっと危ない人だった。
ただし、イケメン補正のため大分、危ない人成分は抑えられていたが、あふれ出るメリッサへの熱い思いは、ダダ漏れだったため、有能な宰相であるジョエルには不安に思うとことがあったので、すぐに返事をすることが出来なかったのだ。
「あ~、うむ。一度あってもらって、準聖女殿に判断してもらおうか?」
「はい。是非そうしてください!!」
―――決まった!!メリッサが俺を選ばないはずがない!!これで、メリッサと寝食を共にすることが出来る!!ああ、薔薇色の未来しかない!!ようこそ、二人の輝かしい未来!!!!
しかし、残念なことに運命は微妙にファニスに味方をしなかった。
宰相の後について、教会に向かった。その時のファニスは、これからの薔薇色の生活に想いを馳せていた。宰相に「ここで待つように」と言われて部屋で、大人しく、待っていると、宰相が一人の女性を連れてやってきた。
「準聖女殿、彼が守護騎士希望のファニス・リムだ」
「まぁまぁ、素敵な騎士様。わたくしの騎士を自ら希望してくださるなんて」
ファニスは、入ってきた女性を見て固まった。顔には出さないが、絶望で心が埋め尽くされていた。
しかし、それに気が付かない女性は更にファニスに話しかけてきた。
「ファニス様とお呼びしても?それと、わたくしのことは――」
「―れだ……」
「はい?今何と?」
「だから!誰なんだ!!!」
ファニスの声にその場にいた、宰相と女性は凍りついた。
しかし、ファニスはそれに気づくことなく宰相に説明を求めた。
「宰相!!こちらの女性はどなたですか?メリッサは?メリッサはどうしたんですか!!」
その言葉を聞いた宰相は思った。
―――そっちか!!
しかし、宰相はなんにも気づいてませんよ?と言った風体でファニスに答えた。
「何を言っているのです。あなたが守護騎士になることを望んだ準聖女の、ミリア殿だ」
「知りません。俺は、メリッサの守護騎士になることを望んだのであって、見知らぬ女性の騎士になる気は毛頭ありません」
そう言って、宰相に詰め寄った。
「いえ、今回守護騎士を望んでいる準聖女は、ミリア殿で間違いないです」
「くっ!!騙された!!」
「誰も、騙してなんていませんから!!変なこと言わないで下さい!!」
ファニスと、宰相がそんな不毛な会話を繰り返していると、部屋に近づく小さな足音がファニスの耳に届いた。
―――はっ!!この足音は、メリッサ!!くぅ、足音さえも可愛い
そう思ったファニスは、ものすごい速さで身なりを整え、何もなかったようなそぶりで椅子に座り直した。
そのタイミングで、部屋に可愛らしい声が届いた。
「ミリアお姉さま?騎士様は決まりましたか……あ、あれ?お兄ちゃん?えっ、お兄ちゃんがミリアお姉さまの騎士様になるの?」
「そう――」
「メリッサ!!俺はたまたまここに来ただけだよ。そしたら、たまたま、ミリア殿が偶然居合わせただけで、何の、一切の関わりもない、先ほど初めて会った他人だよ」
「そうなんだ。たまたまでも、お兄ちゃんに会えたの凄くうれしい!!」
―――五日ぶりのメリッサが尊過ぎて、召されそう。ああ、メリッサ成分が補給されていくぅ
「ああ、俺も久しぶりにメリッサに会えて嬉しいよ」
―――ねぁ、宰相さん、彼ってロリ――
―――ミリア殿それ以上の発言は危険です。命にかかわります
―――そうね。でも、この状況一体どうするつもりですか?
―――任せてください。穏便に、尚且つファニス殿に貸しを作りつつやり過ごす方法があります。ただ、ミリア殿の守護騎士は……
―――ああ、それは見送りで良いわ。見た目はいいし、腕は立つみたいだけどこんな危険極まりない男、こっちから願い下げだわ
ファニスが幸せに包まれている間に、素早く作戦会議を終えた宰相は、その場を丸く収めるためにこう言った。
「そうそう、突然ですが、メリッサ殿に守護騎士を決めていただきたいと思ってですね、腕の立つファニス殿に打診をしていたところなのですよ」
その言葉を聞いたファニスは、一瞬のうちに宰相と目で会話を成立させた。
―――感謝する
―――これは貸しですからね
―――分かった。借りは返す
―――交渉成立ですね
そんなことに一切気が付かないメリッサは、宰相の言葉に喜びの声を上げた。
「えっ!!お兄ちゃんが私の守護騎士様に!!嬉しい!!!あっ、でも騎士団副団長のお仕事が……」
「騎士団は、俺がいなくても大丈夫だから。メリッサには、俺しかいないだろう?」
急に甘々モードになったファニスは、とろけるような表情でメリッサに語りかけた。
中身を知ってしまった、宰相とミリアも危うく騙されそうになるほどの、極上の顔面攻撃を受けて、先ほどのロリ、じゃなくて騎士っぷりを一瞬忘れるほどだった。
そう、この男はメリッサの前では決して本性を見せず常に蕩ける様な、極上のイケメンオーラを振りまいているのだ。