01 騎士団を脱退することにしたようです
この世界は、魔法も魔物も存在する。
そして、この物語の主人公の暮らす世界は、魔物の脅威に晒されている少し恐ろしい世界。
ただ、世界を守るためにある国家が壁役を果たしているのだ。
その国家は、ステイル聖王国と言った。
この世界は、魔の森と呼ばれる魔物達があふれる場所があった。
その森からは、沢山の魔物が生まれては、周辺の村や街を襲い、日々人々はそれに脅えていた。
ところが、ある時不思議な力を持った聖女が生まれたことにより世界は一変した。
その聖女は、力を持って魔の森に結界を張り巡らせ、魔物が外に出ないように力を尽くした。
その聖女を守るため、正教会という組織が誕生した。さらに、魔の森の近くに防衛都市としてステイル聖王国が誕生した。
しかし、聖女もいつかは衰え死を迎えるだろう。
そうなれば、世界はまた恐怖することだろう。
それを思った聖女は、自分の力を後世に残すために儀式を行った。
その結果、聖女の容姿に似た、異双の瞳の乙女が誕生し、その乙女は聖女の張った結界を維持する力を持つ巫女と呼ばれる存在となった。
そして、聖女のように結界を張り直すことはできないが、補修、強化をすることが出来る準聖女と呼ばれる存在も生まれた。しかし、準聖女は成人を迎えるころにはその力を失ってしまうのだ。巫女は、生ある限り力は継続して使うことが出来た。
聖女は今後出生率が落ちた時のために、100年の充電期間は必要になるが、異世界から力のあるものを召喚する秘術も後世に残していたとも言われていた。
そんな世界に生まれた、この物語の主人公はステイル聖王国の騎士団に所属する21歳の男だ。
その男の名は、ファニス・リムと言った。
その男は、リム家の長男として生を受けた。
リム家は、ステイル王国で代々錬金術を生業としていた。ただ、この家系の者は何かに強い執着を持つ家系だった。
ファニスの父親は、妻に。
姉のフェルトは、リム家には珍しく執着するものが無かったと思われていたが、それは幼少期の頃の話。フェルトが大人になった時に、お酒という、美味なる飲み物に執着を見せるようになった。
弟のフィーニスは、聖女に。
さて、ファニスは一体何に執着を持つようになったのでしょうね。
皆様はもうお分かりですよね。
そう、歳の離れた幼馴染のメリッサという少女に。
元々、メリッサは近所に歳の近い子供がファニスの弟のフィーニスしかいなかったため、いつもフィーニスについて回っていた。
そんなある日、フィーニスが風邪で寝込んでしまい、一人ぼっちでいたところを、騎士団に入ったばかりの新人だったファニスが面倒を見たのが二人の出会いとなった。
当時のファニスは、騎士団に入ったばかりの新人ではあったが、騎士学校を首席で卒業したことや、容姿端麗で物腰も柔らかで街の女性に人気もあったため、一部の先輩騎士にやっかまれていた。また、毎日のように女性達にもてはやされて疲れ切っていたのだ。
そんな時に、純真無垢な少女が「おにーちゃん?おつかれなの?だったらメリッサがいいこいいこしてあげるね」と言って優しくしてくれたらもう、イチコロでしょう?
えっ?イチコロじゃないって?
まぁ、普通の人ならほっこりする程度でしょうね。
ただ、その時のファニスにとっては、天使、否!!女神対応だったんですよ。
「何の打算もなく、ただ純粋に俺をいたわってくれるこの無垢な存在。尊い」
はい。それからというもの、時間があればメリッサの面倒を進んで見るようになったのはいうまでもない。
いえ、時間があればではなく、時間を作ってが正しいですね。
しかし、幸せな時は続かなかったのです。ファニスが21歳になった時でした。
ファニスは、異例の出世を果たし騎士団の副団長になっていました。
彼は、街の平和を守った功績で望まない出世を果たしたと言ってもいい。いや、望んで出世をしたのか?
彼は、愛するメリッサが安心して暮らせるように、街の中の安全を守った。特に、幼い子供に悪さをするような変態に容赦がなかった。
さらに、街の中に魔物が侵入することがあっては、愛するメリッサが怖い思いをしてしまうと思い、魔物退治に精を出した。
その結果ともいえよう。
ファニスは、副団長にならないかと打診された時に、最初は断ろうとしたが、メリッサが「騎士団の騎士様は恰好いいね!」と言っているところをたまたま聞いてそれなら、ただの騎士よりも、副団長は更に恰好いいのではないかと頭をよぎり、メリッサに好かれる要素が増やすためだけに副団長に就任することにしたのだった。
そんな、順風満帆なファニスに突然の悲劇が訪れたのだ。
愛するメリッサが、準聖女のお役目と保護を目的として、教会に移り住むことになったのだ。
それまでは、幼いことを理由に親元を離れて暮らすのはかわいそうだと許されていたのだが、11歳になった時に、そろそろお役目を果たしてもらいたいと正教会から要請があり、幼いながらも、準聖女がいかに重要か考え、反対する両親を自ら説得し教会に移り住むことにしたのだった。
ただ、両親以外に猛烈に反対した人物がいた。
そう、ファニスだ。
教会に行けば、そう易々と会いに行くことが出来なくなるからだ。
しかし、幼いながらも自分の役割を理解しているメリッサは教会に行くことを決意してしまったのだ。
止めることは出来た可能性はあるが、メリッサの気持ちをないがしろにすることも出来ないと思いとどまったが、実際に教会に住むようになってから、一度も会うことが出来なくなっている(まだ、3日)。
何かにつけて、教会の側を巡回したりしてみたが、外からでは中にいるメリッサに会うことは叶わない。
会いたい。声を聞きたい。会いたい。手を握って欲しい。会いたい。笑いかけて欲しい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
禁断症状が出始めたのはメリッサが教会に移り住んでから4日目のこと。
街の外に魔物が現れたため、被害が出ないうちに討伐に行くことになったのだ。
メリッサ渇望症の禁断症状が出ているファニスは、まさに魔物にあたりちらすように、団員が脅える位魔物を血祭りに上げた。
それでも足りないと、既に事切れている魔物をめった刺しのコマ切れのみじん切りにして、ほぼ原形がとどめないほどにぐちゃぐちゃにした。
あまりのむごさに、魔物相手だとしても、団員達は青ざめ、完全に引いていた。
団員達は思った。
――このまま、ファニスが荒んだままだったらいつかやられるのは俺たちかもしれない
しかし、団員達の命が脅かされる前に運命はファニスに味方した。
そう、ファニスが、一日中メリッサの側にいられる方法が分かったのだ。
それは、魔物ぐちゃぐちゃ事件の翌日。
騎士団長である、ガルド・アームズが正教会からの相談ごとで頭を悩ませていた時だった。
「はぁ、準聖女のお守役を騎士団に依頼するなど……。準聖女は大事な存在ではあるが、うちに余分に割ける人員はいない。従来通り、城の近衛から人選してもらうよう進言しよう」
そう、通常なら城の近衛兵から準聖女の守護騎士となる、守役を選んでいるのだが何故か騎士団にその依頼が来たのだ。
ここ数年、巫女の出生が低下し結界の強度が下がってきたため、魔物が森の外に出てくる頻度が増しているのだ。
そのため、街の守りの他に、魔物の討伐回数も増えてきたいるのだ。
そんな中で、大事な戦力を準聖女のためとはいえ、割くことはできない。
何より、準聖女は基本街の外には出ないので、必要な時だけ騎士団が付き、普段は城の近衛兵で十分なのだ。
ガルドはそう判断をして、正教会に不可の返事を出した。
それを聞いたファニスは、今まで見たこともないいい笑顔でガルドにこう言ったのだ。
「一身上の都合により、本日をもって騎士団を脱退します。今までありがとうございました」
それを聞いたガルドは、一瞬意味が分からずそのままファニスを行かせるところだったが、なんとか踏みとどまり、ファニスに突っ込んだ。
「何故そうなる!!それに騎士団をやめてどうするんだ」
「え?勿論近衛兵になりますよ?」
ガルドは思った。
――えっ?俺がおかしいのか?あいつ、それが何か?って感じで、さも当然と近衛になると言いやがった!!
「待て待て、だから何故そうなる!!」
「??」
――えっ?何その、何でこんなことも分からないの?って表情は!
「すみません。早くしないと間に合わなくなる可能性があるので、行きます」
ガルドは、何に!と聞こうとしたが、ファニスは今までで一番素早い動きで既に退室済みだったため、騎士団は訳も分からず気が付いた時には、主戦力である副団長を失っていたのだった。