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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第肆章
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第九十話 帰還


「そらそらァ!『唐紅』」


蝦夷の叫び声と共に見えざる刃が伸びる。


金剛の首を狙った一撃は、その強固な鎧を破ることは出来ず、金属音を立てて弾かれた。


「チッ! これなら、どうだ!」


そのまま手を止めず、蝦夷は追撃を放つ。


「秘剣『紅蓮血河』」


自在に伸縮する刃が嵐のように金剛の周囲を廻る。


刃の嵐は金剛を捕らえ、その全身を余すことなく切り刻む。


「………」


だが、その刃は金剛の身には届かない。


『金剛』の名に偽りはなく。


鋼の鎧に傷を付けることすら出来ない。


(硬ェな。一体何で出来てやがるんだ)


蝦夷の刃は薄く鋭く、軽い。


人や鬼の肌を切り刻むことに特化しているが、その分硬い鎧を砕くことには不得手だ。


炎や氷などの妖術が込められた妖刀なら未だ打つ手もあるが、蜘蛛切の能力は伸縮のみである。


(…それにしても)


苛立ちを顔に浮かべながら蝦夷は金剛を見る。


手に金剛杵を握ってこそいるが、金剛は防戦一方だった。


どれだけ全身を切り刻まれても、たまに金剛杵を振るって見せるだけで攻めて来ない。


一見、蝦夷が優勢に見えるかもしれないが、実際は逆だ。


こちらの攻撃はそもそも相手に届かないのだから、金剛は強引に攻めに転じることがいつでも出来る。


そうならないのは、何故か。


(コイツ、手を抜いてやがる…!)


加減されている事実に気付き、蝦夷の顔が憤怒に歪む。


どんな理由か知らないが、鬼に手心を加えられるなど。


「舐めやがって! 絶対ぶっ殺す…!」


「………」


激高する蝦夷を金剛はただ、静かに見つめていた。


攻撃を躱す素振りすら見えず、消極的に動き続ける。


まるで、何かを待っているかのように。


「…何だ?」


その時、パキンと氷が割れるような軽い音が聞こえた。


思わず手を止め、視線を向ける蝦夷。


空間に亀裂が走っていた。


あの場所は、先程まで信乃が立っていた場所の筈だ。


「アイツ、倒したのか…!」


蝦夷が納得したように叫んだ時、完全にそれは決壊した。


眩い光が一瞬放たれ、それが晴れた時には信乃が一人立っていた。


傍らに橋姫の姿は無い。


「先を越されたのは気に喰わねえが、良い所に来やがった! 信乃!」


「…あ、ああ。蝦夷か? 今、どういう状況だ?」


「見れば分かんだろ! 手を貸しやがれ! 敵はアイツだ!」


ぼんやりとしていた信乃へ蝦夷は金剛を指差す。


自信過剰気味な蝦夷だが、金剛との不利は悟っている。


一人では倒すことは出来ないが、信乃の加勢があれば倒すことも不可能ではない。


「了解だ。取り敢えず凍らせて動きを封じるぞ」


「応よ! 邪魔くさい鎧をぶっ壊せば、後はどうとでも料理できる!」


他人の実力を認め、その力を頼る。


それは今までの蝦夷には無い発想だったが、蝦夷は自覚していなかった。


何度も戦ったことで無意識の内に『信乃』と言う他人を認めていたことに、気付くことは無かった。








「チッ、金剛は一体何をしている…!」


蝦夷と信乃の二人を相手取る金剛を見て、果心居士は舌打ちをした。


コレは予定とは違う。


本来なら橋姫が信乃を篭絡し、頼光と蝦夷は金剛が始末する筈だった。


橋姫の能力は、条件付きだが無敵に近い能力だ。


信乃がその条件を満たすように仕向け、計画通りに捕らえた。


それなのに、信乃は戻ってきた。


橋姫は倒されたと見て間違いないだろう。


「………」


それに、金剛の行動も妙だ。


今の金剛なら蝦夷程度、十分に倒せる筈だった。


なのに、未だ倒せていないのは何故だ。


(…まさか、術が弱まっている? 額の傷が原因か?)


どちらにせよ、この状況はマズイ。


「…やむを得ない。来い、金剛!」


「御意」


果心居士は声を張り上げ、金剛を傍らに呼び戻した。


それを追いかけ、信乃と蝦夷も近付いてくるが、構わなかった。


果心居士は、例え直毘衆全てを相手にしても勝てる『切り札』を持っていた。


「封印を一部解除」


バギン、と音を立てて金剛の腕と足に掛けられていた鉄の枷が弾ける。


霊鬼強制解放(・・・・・・)


果心居士が手を翳すと、金剛の体がバチバチと火花を放つ。


金剛から放たれる妖力が桁違いに上昇した。


自由になった手足の調子を確かめつつ、金剛の頭がゆっくりと頼光達へ向けられる。


「…手足が軽い。これなら十全に動ける」


「それは何より。急かすようで悪いが、さっさと事を済ませてくれるか?」


封印が解け、更に自我を取り戻した金剛が余計なことをする前に命令を下す。


一部解除したが、まだ封印の大半は残っている。


果心居士の命令に逆らうことは出来ない。


「すぐに終わる」


瞬間、金剛の姿が消えた。


姿を見失った頼光達が急いで周囲へ視線を向ける。


「ぎゃあああああああああ!」


誰かの悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。


全ての人間の視線が、声の方へ集中する。


「遅い」


鎧を返り血で汚しながら金剛は呟いた。


その周囲にはバラバラになった人間の死体が転がっている。


殺した誰かから奪ったのか、金剛は血に濡れた刀を手にしていた。


(一人、二人………今の一瞬で三人も…!)


コレが本来の金剛の速度。


強固な鎧の重量を感じさせない風のような動き。


「う、あああああああ!」


「怯むな! 殺せ、殺せえええええ!」


金剛の周囲に居た直毘衆達が妖刀を手にして駆け出す。


頼光や信乃には劣るとは言え、個々が長年鬼と戦ってきた実力者だ。


刀を取った理由はそれぞれだが、鬼を倒して来た自負があった。


人は努力次第で鬼(・・・・・・・・)に勝てるのだと(・・・・・・・)、信じていた。


「………」


金剛は手にした刀を振るった。


鬼の腕力で力任せに振り回した訳では無い。


むしろ、この場に居る誰よりも洗練された技量だった。


「脆い」


直毘衆達が、彼らが長年愛用した妖刀が容易く砕かれていく。


金剛は彼らの得物を奪い、戦士としての心を折ってから、その首を刎ねた。


勇気を出して金剛へと立ち向かった直毘衆が、五人。


それと同じ数の首が、地面を転がった。


「弱い」


「ッ!」


目の前で起きた虐殺に、頼光は激高しかける体を抑えた。


冷静にならなければならない。


あの鬼は強い。


強固な鎧だけでなく、機動力まで手に入れてしまった。


倒す方法を考えろ。


とにかく先ずは、機動力を…


「くははははは! 俺達も弱いかどうか、試してみるかァ!」


「蝦夷、油断するなよ!」


頼光の目の前で、蝦夷と信乃が金剛へと向かっていく。


縦横無尽に飛び交う蝦夷の刃が金剛の足を止め、その場に釘付けにする。


「凍てつけ!『氷雨ひさめ』」


「!」


更に、金剛の動きが止まった隙を狙い、信乃はその足を凍結させた。


金剛の体が未だ鎧に包まれているが、枷が外れた腕と足は剥き出しとなっている。


機動力が封じられた。


「今だ! 頼光、ぶちかませ!」


「分かっている!」


信乃達もまた頼光と同じ思考に至ったのだ。


まずは厄介な機動力を封じる。


その上で最大の攻撃をぶち当てて、金剛の鎧を破るのだと。


「金鬼!」


残った鬼を消し、全ての妖力を金鬼に集中させる。


金鬼の能力は純粋な身体強化。


それを最大まで強化すれば、如何なる物であろうと破壊する。


「無駄だ。金剛の足を凍らせたからと言って、動きを完全に封じた訳でも無し」


果心居士はその様子を見ながら、余裕の笑みを浮かべた。


まだ金剛の腕は空いている。


瞬く間に敵を斬り殺す刀は握られたままだ。


金剛なら鬼が攻撃するよりも速く、その首を斬り落とす。


そう確信していた。


(…?)


金鬼が段々と金剛へ迫るのを見つつ果心居士はふと首を傾げた。


(何故、構えない…?)


もう金鬼は目と鼻の先に迫ってきていると言うのに、何故か金剛は手にした刀を構えなかった。


刀を下ろし、ただ頭だけを金鬼へ向けている。


(…ッ! コイツ、まさか…!)


ハッと金剛の思惑に果心居士が気付いた時には、遅かった。


金鬼の拳が金剛の兜に突き刺さり、衝撃で鎧にも亀裂が走る。


バキバキと致命的な音を立てて、鎧が砕け散る。


「――――」


瞬間、轟音が辺りに響き渡った。








「………」


頼光は無言で、前を睨んでいた。


舞い上がった土煙で見えない。


金鬼の拳は確かに金剛を捉えたように見えたが、倒したのだろうか。


「おい、どうなった? 俺はよく見えなかったが」


「右に同じく。頼光、倒したのか?」


「いや、分からない」


駆け寄ってきた蝦夷と信乃にそう告げる。


「鎧は壊したと思うけど、中身までは…」


「そうか。まあ、何にせよ。鎧さえ壊せばこっちのもんだな」


蝦夷は気楽そうな笑みを浮かべ、そう言った。


あの鎧のせいで殆ど攻撃が通らなかったのだ。


アレさえ無ければ、金剛など恐れるに足らず。


そう、思っていた。


「マ、ズイ…」


声が聞こえた。


果心居士の声だ。


しかし、今まで聞いたことの無い程、焦燥した声だった。


「マズイ…マズイ! いつからだ! いつから自我を取り戻してやがった!」


まるで頼光達など見えていないかのように、果心居士は焦った表情で土煙を見つめる。


「まさか、額に傷が出来た時には既に…! この機会を、待っていたのか…!」


僅かに、恐怖すら滲んだ表情で果心居士は叫ぶ。


封印を施した鎧を(・・・・・・・・)壊す機会を(・・・・・)…!」


その時だった。


土煙の中から一本の刀が飛び出した。


人間離れした力で投擲された刀は、放った物の狙い通り、


果心居士の心臓に深々と突き刺さった。


「が、あ…!」


苦悶の声を上げ、膝をつく果心居士。


「ハァァァァ………ようやく自由になれたか。こう言うのを生き返ったようだ、と言うのだろう」


土煙を払い、男が現れる。


兜に隠されていたのは、顔を横断する大きな傷跡がある厳めしい容姿の男。


法の番人のような厳格な雰囲気を持つが、同時に抜身の刃のような荒々しさも内包している。


ずっと腰に差していた刀は手の中にあり、その後方には奇妙なことに帯電する四つの太鼓が浮いていた。


「あなたは、まさか…」


頼光は自分の目を疑った。


そこに居たのは、十年前に死んだ英雄。


顔も雰囲気も手にした刀すらも、全て何も変わらない。


ただ一つ。


鬼の特徴である、その赤い眼以外は。


「自己紹介が必要か? 必要だろうな、何しろ十年ぶりの娑婆だ」


「………」


「我が名は道雪。地獄より舞い戻った“夜叉”道雪である」

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