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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第肆章
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第八十二話 英雄


『頼光様。私は絶対に、父様の名に恥じない英雄になります!』


幼い頃の私は、毎日のようにそう口にしていた気がする。


訓練を終えた時、何か新しいことを覚えた時、いつも口癖のように。


それは、自分が女であることに失望されてきた反動だったのかも知れない。


女であっても、父のようになれると証明したかった。


『千代君。では、君はどうすれば英雄になれると思うのかな?』


『はい! 誰よりも強く、誰よりも優秀な直毘衆になれれば、英雄にもなれると思います!』


私には目標があった。


父の妖刀、雷切を引き継ぐと言う。


その為には努力が必要だと思った。


才能があるとは言えないと自覚していたので、誰よりも努力することが大切だと思っていた。


『うーん。それも間違いでは無いんだけどね。強者と英雄は同義ではないんだよ』


『と言いますと?』


『英雄とはね。名乗る物ではなく(・・・・・・・・)認められる物だ(・・・・・・・)。きっと、道雪さんも英雄になりたいと思って刀を取った訳じゃないと思うよ』


英雄に強さは関係ない。


自分の信念を貫き、誰かに認められれば、それだけで英雄になれるのだ。


『目の前の一人を命を懸けて救う者。そんな存在を、人は英雄と呼ぶんじゃないかな?』


『………』


そうだ。


その強さに、私は憧れた。


力の強さではなく、心の強さに。


死ぬまで己の信念を貫いた父に。その志を引き継いだ頼光に。


自分もそうなりたい、と思うようになった。








「………」


千代は愛刀を構え、目の前の鬼達を睨みつける。


鈴鹿は、戦う力も無いのに身を挺して千代を庇った。


恐怖と苦痛に耐え、人の為に生きると言う自分の信念を貫いたのだ。


その強さは、千代の憧れた物だった。


英雄、だった。


「…英雄とは名乗る物ではなく、認められる物」


かつて頼光に言われた言葉を口にする。


どうしてその言葉を忘れてしまっていたのか。


今まで自分は何をしてきた。


鬼を殺し、多くの人を救った。


だが、たった一人でも助けた人に目を向けたことがあるか?


ただ今回も多くの人間を救った、と数でしか人を見れなかったのではないか?


「数なんて、関係ない。目の前の一人を命を懸けて救う者。それが、英雄だ…!」


千代は地面を蹴った。


刀を大きく振り被り、金剛の首を薙ぎ払うように刀を振るう。


「あなたの力では、金剛の鎧を破れませんよ………ん?」


金剛に迎撃させようとした時、果心居士は足下に転がる球状の物体を見つけた。


「忍法! 火遁の術!」


得意げな初芽の声と共に、それは起爆する。


破壊力は無い。


しかし、もくもくと立ち上る白い煙は果心居士の視界を覆い尽くす。


「チッ…『他心』」


舌打ちをしながら果心居士は他心を発動させる。


金剛の次は、果心居士の視力を封じるつもりのようだが、そうはいかない。


果心居士は稀代の妖術師だ。


この距離なら目を閉じていても、居場所を掌握できる。


「見つけた。金剛さん! 前方に四歩、右方に二歩の所に居ますよ」


「『金剛杵ヴァジュラ』」


煙で視界を覆われたまま、鬼は金剛杵を振るう。


放たれた雷霆は煙ごと千代を吹き飛ばした。


肉の焼け焦げる臭いを感じ、果心居士は笑みを浮かべる。


「まだ、まだ私は…」


煙の中から現れた千代には、左腕が無かった。


至近距離で雷霆を受けた為だろう。


むしろ、体がバラバラにならなかっただけ、まだマシな方だった。


「やれやれ、憐憫を超えて滑稽に見えてきましたよ。どうして人間と言う生き物は、いつの時代も分不相応な夢を抱く物なのか」


ちらり、と果心居士は視線を千代の後方へ向ける。


そこには初芽と局、そして意識を失った鈴鹿が居た。


彼女達を護っているつもりなのだろうが、全て無駄だ。


「分かっているんですか? あなたのしていることは何の意味も無い。あなたがどれだけ耐えても、私達には勝てない。そして、あなたが死ねばあなたが護りたかった者達は死ぬ」


「………」


「英雄になりたいようですが、この世の中には思い通りにならないことなんて幾らでもあります。頑張っても手に入らない物は、諦めるしかないんですよ」


「…ふ」


「…何が可笑しいんですか?」


小さく笑みを零した千代に、果心居士は眉を動かす。


「いや、死人を蘇らせ、鬼の力を操る妖術師は、どんな化物かと思ったら、意外と人間臭いことを言うなって思って…ね」


まるで実体験を含めた諦観だ。


悲観的であるが故に、相手にも諦めさせようとする人間の弱い心だ。


「私はね、諦めが悪いのよ。分不相応だってことも、子供の頃からずっと言われてきた。女らしく生きることだって何度も考えたけど、諦められなかった」


「………」


「それにね。私の夢は、もう叶っている」


「…何?」


果心居士は訝し気な顔で、満足そうな千代の顔を睨んだ。


この女は何を言っている。


何故、この状況でそんな顔が出来る。


「目の前の一人を命を懸けて救う者。その信念を貫くことが英雄だと言うなら、私は本懐を果たせた」


「何を、言っている?」


「…まだ気付かないの?」


「ッ…!」


ハッとなり、果心居士は視線を鈴鹿達の方へ向ける。


そこには変わらず、三人の姿があった。


怪我をしていると(・・・・・・・・)言うのに(・・・・)身動き一つしていない(・・・・・・・・・・)状態で(・・・)


(まさか…!)


慌てて他心を発動させる果心居士。


聞こえない(・・・・・)


心の声が、何も聞こえない。


「『幻月げんげつの舞』解除」


ゆっくりと三人の姿が消えていく。


妖刀の力で作り出した幻影。


この三人は、偽者だった。


「欺いていたのか! こ、この俺を…! お前如きが…!」


怒り狂う果心居士は、天耳を発動させる。


逃げる者達の足音が聞こえるが、遠い。遠すぎる。


果心居士の足では、追い付くことが出来ない。


「私は道雪の娘にして! 妖刀『三日月宗近』の担い手千代! この私の眼が黒い内は、あなた達の好きにはさせない!」


「殺せ、金剛! 塵一つ残すな!」


「コレが私の置き土産よ! 奥義『佳宵かしょうみかづき』」


残った右腕で千代は妖刀を振り上げた。


全妖力を込められた刀が、光を纏う。


夜闇を照らす三日月の如き、千代最大の一撃だ。


狙うのは金剛の頭部。


光り輝く一撃は、鬼の頭蓋骨すら両断する威力を持つ。


「――――ッ」


その一撃を金剛は武器で防ぐことなく、兜で受ける。


尋常ならざる強度を持つ兜は、千代最大の一撃すら正面から受け止めた。


(…ああ、せめてこの鬼だけは、と思ったんだけどなぁ…)


妖刀に亀裂が走る。


長く使ってきた刀が壊れていく。


(今までごめんね………私を選んでくれて、ありがとう)


愛刀を失った千代に金剛杵が迫る。


バチバチと火花を散らす金剛杵から、止めの一撃が放たれる。


(…父様。私は、あなたの名に恥じない、娘でしたか…?)


視界を埋め尽くす光の中、父の顔を思い出す。


鬼を殺せず、ただ人を救う為だけに命を落とした自分を、あの人はどう思うだろうか。


褒めてくれるだろうか?


失望せてしまうだろうか?


それだけが、気になった。


「――――――見事」


最期に、懐かしい声を聞いた気がした。








「ああ! クソッ! クソッ! クソッ! 逃げられた!」


地団太を踏みながら果心居士は叫ぶ。


鈴鹿を取り逃がしたことと、千代にまんまと嵌められたことが腹立たしい。


あの娘を捕え、新たな霊鬼六道に変えるつもりだったのに。


予定が狂ってしまった。


「…まあいい。一応、素材は手に入った」


そう言って果心居士は、息絶えた千代の遺体を見る。


予定には無かったが、コレでも問題は無い筈だ。


何やら満足そうに死んでいたが、人の未練など分からない物。


少しでも自分の人生に不満を持っていれば、未練は生まれる。


「代わりをコイツを霊鬼六道に変えてあげましょう」


それで少しは溜飲が下がる。


アレだけ英雄だの、人を護るだの、と叫んでいた女を鬼に変え、人を殺させたらきっと気分が良いだろう。


そんな悪辣な考えを浮かべながら、果心居士はその手で千代の遺体に手を伸ばす。


その腕が、一刀のもとに斬り落とされた。


「………何をやっているんですか? 金剛さん」


斬り落とされた腕を見て、果心居士は呟く。


「鬼が人を殺すことに異論はない。人を鬼に変えることに異論はない」


「…それで?」


「だが、己が仕留めた獲物を横取りされるのは、気に喰わん」


淡々と、されど確かな意思を感じられる口調で金剛は言った。


自我を封じられている筈なのに何故、と果心居士は金剛を見る。


(額に…)


鬼を模した兜の額に、小さな傷が出来ていた。


生半可な攻撃では傷一つ付かない鎧にひびが入っている。


千代の最期の一撃。


アレは金剛自身には届かなかったが、その兜に傷を刻んでいたのだ。


(傷が入って、僅かに自我が戻ったか。面倒な)


「…分かりましたよ。私としても本意ではなかったですからね」


ここで金剛と争うのは危険だ、と果心居士は手を引っ込めた。


「では、山に戻りましょうか。そろそろここへも直毘衆が現れそうですから」


「御意」


そう言って、二つの鬼はその場から立ち去った。

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