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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第八話 般若


「…仮面?」


般若の面を被った男を見つめながら、鈴鹿は思わず呟く。


やけに精巧な面だ。


今日は祭りでは無かった筈だが。


「この面が気になりますか?」


「え? あ、えっと…」


「私も趣味じゃないんですがね。よりによって般若(・・)なんて」


被った面を手で触りながら、般若面の男はため息をつく。


「般若と言うのは、本来嫉妬や恨みを抱いた鬼女のことですからね。男の私が被るのもおかしな話だ」


「…だったら、どうしてそんな面を?」


不思議そうに首を傾げ、鈴鹿は尋ねる。


「生憎、人に見せるような綺麗な顔をしていないのですよ。面を被る理由なんて、他に無いでしょう?」


ボロボロの布から見える男の身体は痩せ細り、まともな状態では無いことが見て分かる。


路上で生活する孤児でも、もう少し肥えているだろう。


その上で隠そうとする面の下は、一体どんな顔が…


「私は海若かいじゃくと言います。あなたのお名前は?」


「鈴鹿、です」


「鈴鹿。良い名前ですね。あの『鈴鹿山』から取ったのですか?」


どこか弾んだ声色で、海若はそう言った。


直毘国に於いて、鈴鹿と言う名前は然程珍しい名前ではない。


何故ならこの国には、鈴鹿山と言う最大の霊山が存在するからだ。


神職に就く者は特にその霊力に肖ることを望み、その名前を娘に付けていた。


「…あまり縁起の良い名前ではありませんよ」


しかし、その風習は今では廃れてしまっている。


理由は一つ。


その鈴鹿山には鬼が住まう(・・・・・)と言う噂が流れ始めたからだ。


十年前、鬼が都を強襲した時と同じ頃から、鈴鹿山付近で神隠しが起きるようになった。


村から人が消え、修行目的で山へ向かった山伏達が帰ってこなかった。


都から近いこともあって、度々調査隊が派遣されたが、帰ってきた者は一人もいない。


今では魑魅魍魎が蔓延る人外魔境だと言われている。


「………」


その為、最近では一転して子供には絶対に付けない名前となってしまった。


親が遺してくれた名前を今更捨てる気はないが、思う所が無い訳でもない。


「何でそんなことを言うのです? あんなに良い所なのに(・・・・・・・・・・)


「…え? 今何て?」


「死屍累々。穢れに満ち、怨霊溢れる不浄の地。地獄とは、正にあの場所のことを呼ぶのでしょうね」


ぞくり、と鈴鹿は寒気を感じた。


見た目は面を被った小柄な男のままだが、纏う雰囲気が一変した。


穢れ、又は妖力と呼ばれる物が海若から放たれる。


「この感覚、は…」


胡蝶が本性を現した時にも感じた悪寒。


しかし、それは胡蝶の比ではない。


十や二十では効かない数の怨念。


まるで、数百の怨霊が集い、人の形をしているような異様な雰囲気だった。


「あなた、珍しい素質を秘めていますね。何より、情の深さが素晴らしい」


道具でも見るような冷たい目が、仮面の下から覗く。


「そうですねェ。何なら、六人目(・・・)はあなたでも…」


「見つけたぞ!」


海若の言葉を遮るように、叫び声が聞こえた。


鈴鹿の横を風が通り抜け、刃が陽光を浴びて煌めく。


「おっと。危ない危ない」


身に迫る刃に気付いた海若は危な気なく、それを飛び退いて回避する。


「信乃、さん?」


「チッ、躱しやがったか………あん?」


海若を睨みながら舌打ちをしていた信乃は、そこで初めて気づいたように鈴鹿を見た。


「おお、また会ったな小娘。一日に二度も鬼に狙われるとは、幸運だな」


「…う、嬉しくないです」


そう言いながらも、鈴鹿は安堵の息を漏らした。


まだ出会ったばかりだが、信乃の強さは十分に理解している。


知らず知らずのうちに頼りにしていた。


「おや、お二人は知り合いで? 一体どう言う関係…」


「問答無用ッ!」


喋る言葉は無いとばかりに信乃は海若に接近し、刀を振るう。


又してもそれを躱した海若は、信乃の容赦の無さに苦笑した。


「鬼と見れば全力を以て殺しに来る。『直毘衆なおびしゅう』の鑑のような男ですねェ」


(直毘衆? それって確か…)


都を護る帝直属の怪異狩りの専門家達だった筈だ。


十年前、鬼が都に現れた際に活躍し、都を護り抜いたと言う達人の集団。


それが、信乃だと言うのか。


「十年前は我々も辛酸を舐めることになりましたからねェ………とは言っても、まだ若い君には関係の無い話でしたかね?」


チラッと信乃の顔を確認してから、海若は首を傾けた。


信乃はどう見ても二十歳前後にしか見えない。


十年前当時はまだ子供だっただろう。


「『霧雨』」


信乃は答えず、村雨から濃霧を発生させた。


日差しさえ覆い隠す暗い霧は、徐々に信乃の姿を隠していく。


「水を操る妖刀? 随分と変わった刀を使っていますね。何の役に立つのです?」


「そうか? コレで結構、役に立つぞ!」


「!」


その声は霧の中ではなく、海若の背後から聞こえた。


いつの間に。


そう思うよりも早く、回避行動を取る。


しかし、信乃の刀が振り下ろされる方が早かった。


「ぐっ…!」


鮮血が飛び、海若の右腕が宙を舞った。


斬られた部分から血をドクドクと流しながら、海若は信乃を見る。


「『神足じんそく』…直毘衆の使う高速移動術ですか。失念、していましたよ」


「―――止めだ。散れ!」


腕を斬った程度では鬼は死なない。


狙うのは首。


鬼の急所である頭部を破壊し、止めを刺す。


「…はははッ!」


「なっ…」


海若は嗤いながら予想外の行動に出た。


自身の手が傷付くことも恐れず、残った左腕で刀を掴んだのだ。


刃が海若の左手を切り裂き、刀身が血に濡れる。


「はは、はははははは! 素敵な贈り物を、あなたに」


ニタリ、と海若は仮面の下で笑みを浮かべた。


邪鬼変生(・・・・)。生死は流転るてんする。変われ。変われ。変われ!」


呪いの言葉を吐きながら、海若は更に深く刃を握り締めた。


じわじわと刀身が血に濡れる程に得体の知れない何かが流れ込んでくる。


目に見えない呪詛によって、村雨が内部から作り変えられていく。


その浸食は刀のみならず、それを握る信乃の手まで蝕む。


「ッ!」


皮膚の下を蛆虫が這うような不快感。


吐き気がするような悍ましい感覚を覚えた。


手足が動かない。


血肉が腐り落ち、骨まで溶けてしまったかのようだ。


意識が、保てない。


「ッ! 鳴弦『六根清浄』」


意識が闇に堕ちる寸前、弦を弾く音を聞いた。


その瞬間、信乃の意識が覚醒し、手足に熱が戻る。


「う、おおおおおおおおお!」


「何…?」


大声を上げ、信乃は刀を引いた。


発生した流水が、村雨に付着した血を洗い流す。


呪詛を振り払ったことに驚く海若に向かって、信乃は刀を振り上げる。


「死ね!」


首を刎ねる横薙ぎの一撃。


海若はそれに反応出来ない。


「き、きゃああああああああ!」


「!」


その時、第三者の悲鳴が聞こえた。


信乃でも、海若でも、鈴鹿でも無い。


偶然通りがかった女が、刀を振り上げる信乃を見て悲鳴を上げている。


「ひ、人が襲われてる! 誰か! 人殺しよ!」


面を被った海若は、普通の人間にしか見えない。


故に、この状況を事情を知らない者が見たらこのような反応になるのも無理はなかった。


そして、突然聞こえた悲鳴にほんの一瞬、信乃の刀が止まってしまった。


「は、ははははははははは!」


「ッ! この、野郎!」


嘲笑と共に海若の姿が消える。


一瞬の隙をついて信乃の脇を抜けた海若の向かう先は、悲鳴を上げた女。


「無様! 無様ですねェ! 護っている者達に人殺しと罵倒され! 挙句、鬼を逃がしてしまうのですから! あははははははははは!」


「え…?」


ずぶりと海若の左腕が、女の胸を貫く。


そのまま心臓を抉り出し、仮面を付けたまま喰らった。


「お前…!」


「全く、儘ならない物ですね! 人の世と言う物は! はははははは!」


追いかける信乃に向かって事切れた女を蹴る海若。


「今回は勝負はお預けです。続きはまた会った時にでも」


「待ちやがれ!」


「最後に改めて自己紹介を。私の名は海若…」


嘲笑を続けながら海若は人ごみの中に消えていく。


「又の名を…『天邪鬼あまのじゃく』と申します。ではまた」


最後にそう言い残し、海若は完全に姿を消した。


追いかけようとした信乃だが、あれだけ目立つ容姿の海若は気配すら残っていない。


何か、気配を絶つ能力でも持っているのか、索敵が苦手な信乃では追うことは不可能だった。


「おい、アレ…」


「あそこに誰か倒れて…」


そうしている内に、通行人達がこちらに気付いてしまった。


血の跡が残る地面に、事切れた女。


「し、信乃さん…」


「チッ! お前も来い!」


恐る恐るこちらを見つめる鈴鹿の手を掴み、信乃は逃げるように走り去った。


屈辱に顔を歪めながら。

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