第七十五話 野望
「苦しゅうない。皆、楽にすると良い」
宮城にて、玉座に座りながら帝は告げた。
「言葉を畏まる必要も無いぞ? この場には、我々しか居らんからな」
「陛下、そう言う訳には…」
「無礼と言うなら、才蔵と名乗っていた時に散々したであろう? それにその程度で目くじらを立てる程、余の器も小さくない」
帝は想像以上にさっぱりした態度でそう言った。
装いを改めた帝の姿は、その地位に相応しい高貴な雰囲気を持つが、権力者特有の傲慢さは少しも感じられなかった。
信乃達を見つめる視線にも見下すような色は無く、支配欲や権利欲とは無縁の人物であるようだ。
「………」
ただ、その眼は決して慈愛に満ちた物ではない。
むしろ、自分も相手も全て等しく、生き物として見ていないかのような冷たい眼だ。
礼儀を気にしないのも、その合理主義故にだ。
国にとって優先すべき対象を見定め、冷酷に行動する。
必要と判断すれば、誰であろうと犠牲にし、自身の命を捨てることさえ躊躇わない。
悪人では無いが、油断のならない人物であることには変わりない。
「陛下。一つ良いですか?」
「許す。何かな、千代殿」
「何故、この男までここに?」
千代が鋭い視線を向けた部屋の隅には、荒っぽく座る蝦夷が居た。
「何だよ、アンタ。俺だけ仲間外れにする気か?」
挑発するように皮肉気な笑みを浮かべる蝦夷に、千代の視線はより険しくなる。
「直毘衆を裏切って天文道についた件を怒っているのか? 才蔵が帝だったなら、どっちが官軍か分かりそうなもんだがな」
「今となっては、双方に罪はない。蝦夷の罪は余の名の下に恩赦した。今は一人でも戦力が必要だ」
「………」
帝が認めるのならば、千代が不満を口にする訳にはいかない。
渋々千代も視線を帝へと戻した。
蝦夷もそれ以上は何も言わず、無言で帝を見る。
「さて、では何から話していこうか」
思案するように帝は顎を撫でる。
「陛下はあの果心居士について、どこまで知っているのですか?」
頼光は真っ先に疑問に思っていたことを尋ねた。
この場に集まった人間の中で、彼を知る人物は帝だけだ。
伝説に語られる妖術師が、何故鬼の一員になっているのか。
「果心居士か。奴について知ることは、余もあまり多くない」
苦い表情を浮かべて帝は語る。
「あれはそう、十五年前の遠方への公務の帰り。余は賊に襲われたのだ」
「賊、ですか?」
「余が誰かも知らなかったゴロツキだ。当時はまだ十六歳で、華奢な美少年だった余はあっさりと命の危機に瀕した」
(美少年?)
「そこを助けたのが、奴よ」
帝はその時を懐かしむような表情を浮かべた。
高僧が付けるような上質な法衣。
青い瞳。白い肌。金色の髪。
顔に刻まれた『調和制伏』の刺青。
不可思議な術を操る男は、汗一つ流さずに賊を退治した。
『私は果心居士と申しマス。以後、お見知りおきヲ』
男は一風変わった独特な発音でそう名乗った。
この国の人間とは異なる風貌と雰囲気、何よりその術に帝は興味を持った。
「聞けば、奴は元々とある寺の修行僧だったらしいが、その奇術と風貌が異端視されて追い出されたらしくてな。救って貰った礼も兼ねて余は都へ招くことにした」
その辺りは世間に広まっている話と相違ない。
帝の寵愛を受けた果心居士は、天文道と言う地位を与えられ、帝への献身を続けるのだ。
「奴は余の盟友となった。立場を超えた、初めての友だった」
「………」
「少なくとも、余はそう思っていたよ」
少しだけ暗い声で帝は呟いた。
果心居士が帝と共に在ったのは十二年前まで。
出会ってから三年後、果心居士と帝は決別する。
「果心居士と言い、道雪と言い、余の盟友は必ず余の下を去っていくのだよ」
「…一体、何があったんだ?」
信乃は訝し気な顔で尋ねる。
過去の帝は恩を忘れず、友人を大切にする人間だった。
それが現在のように誰一人信じず、自分を含めて駒の如く扱うようになったのは何故か。
一体どんな酷い裏切りを受ければ、そのようになるのか。
「奴は余の下に居た頃から『死人帰り』に強く執着していた」
「それって死人を…」
鈴鹿が噂で聞いたことを思い出す。
そう、果心居士が都を追放された表向きの理由もそれだった。
死者を冒涜する外法。
その歪んだ願いを達成させる為、多くの人間を犠牲にしたことで帝の怒りを買った、と。
「そうだ。とは言え、当初は余も黙認していた。誰だって一人くらいは蘇らせたい者が居るだろう。他人を傷つける訳でも無いなら、好きにさせてやろうとな」
「他人を傷つける訳でも無い、ってことは、やっぱり広まっている噂は虚言ですか」
頼光は納得したように頷く。
恐らく、多くの犠牲者が出たと言う噂は帝自身が広めたのだろう。
果心居士が都を追放された本当の理由を隠す為に。
「奴が本当に蘇らそうとしていたのは、人間などでは無かった」
「…まさか」
「奴が外法を使ってまでこの世に呼び戻そうとしていたのは古の『鬼』だ」
「ッ!」
それは、今の果心居士の行動と繋がる。
人間の遺体と鬼の骨を用いて、新たな鬼を創造した果心居士。
その野望を、帝の下に居た頃から抱いていたのだ。
「果心居士が望んでいたのは死者との再会ではない。ただ、伝説に残る古の鬼を復活させ、それを意のままに操ることだけだった」
その為だけに帝へ近付いた。
天文道と言う地位を利用し、その野望の準備を進めた。
いずれ天文異変が起きる、と帝に告げて各地から『妖刀』を集めさせた。
鬼が未だ生きていた時代から存在すると言われる妖刀は、彼の研究を捗らせたことだろう。
「それに気付いた余は、奴から一切の権力を奪い、都から追放したのだ」
命まで奪わなかったのは、温情か、若き日故の甘さか。
いずれにしても、今の帝はその当時の判断を後悔している。
「…果心居士の故郷が焼け落ちたと言う話は?」
「それには一切関与していない。偶然とは思えんが、少なくとも余の指示で起きたことで無いことは確かである」
「………」
それは真実だろうか。
果心居士は同胞を殺されたことに怒り狂っていた。
彼の故郷を襲った火災が事故では無かったことは明白。
一番怪しいのは、やはり帝となるが。
「嘘は言っていないぞ」
その時、黙って話を聞いていた蝦夷が口を開いた。
「あの果心居士同様に心が読み辛いが、その言葉が嘘かどうかくらいは分かる」
蝦夷は黄色い輝きを放つ眼を帝へ向けながら言った。
蝦夷が帝を庇う理由は無いので、この言葉は真実だろう。
つまり、帝も本心を語っていると言うことだ。
「果心居士対策にと他心に対抗する術を会得したのだが、蝦夷殿には完敗であるな」
「俺が特別優秀なだけだ。並の他心しか使えない直毘衆には十分通用するから心配するな」
どこか得意げに言う蝦夷。
さらっと嫌味を言われた他の直毘衆達は聞き流すことにした。
「しかし、十年前に都攻めがあった時はまさかと思ったが………術を完成させていたとは」
十年前に何の前触れもなく発生した鬼達。
それを見た時から帝は嫌な予感を感じていた。
そして、再び蘇った鬼達を見て予感は確信に変わったのだ。
果心居士は生きていると。
「全ての黒幕は、果心居士ってことか」
「結局のところ、奴の求めていた術はどんな物なんですか?」
「確か、奴は『神憑りの術』と呼んでいたな」
「神憑り、ですか?」
帝の言葉に真っ先に反応したのは、鈴鹿だった。
妖術に詳しい初芽達や直毘衆である頼光達より先にそれを理解したのは、それが妖術ではないから。
「確か、神様を体に降ろす術ですよね? そのような呪術があると聞いたことがあります」
「ほう、本来は呪術だったのか。果心居士が元修行僧であることに関係があるのかも知れんな」
破門されたとは言え、果心居士も修行を受けた身。
彼の使う怪しげな術も、その修行の中で編み出した術なのかもしれない。
「奴がその身に降ろすのは霊鬼と呼ばれる鬼の怨霊だ。果心居士は、どうやら死んだ鬼を自身に憑依させることでその力を得られると考えていたようなのだ」
「霊鬼六道に近いな」
彼らの場合は死者と霊鬼の融合だが、玉梓のように生身のまま融合した例もある。
果心居士が狙っていたのは、後者の方だろう。
「と言うことは、今の果心居士は鬼の怨霊を宿した状態ってことか?」
「それはまだ分からんが。人ならざる存在になったのは確かだろう。十二年前と殆ど外見が変わっておらんからな」
敢えて言うなら、髪が金色から白色に変わり、体が痩せた程度だろうか。
肉体年齢は以前と変わっていないように見える。
「どちらにせよ、倒すべき敵であることは変わらん。そうだろう?」
最後に確認を取るように帝はそう告げた。




