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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第参章
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第七十二話 修羅


「果心居士…彼が…?」


頼光は露わになった海若…『果心居士』の顔を見る。


芸術品染みた顔には、何の表情も浮かんでいない。


六明を生み出した天文道の創設者が、この男だと言うのか。


「十二年前に死んだと聞いていたが…」


才蔵は不思議そうに呟く。


「生きていたのか? それとも霊鬼とやらを埋め込まれて地獄より戻ったのか?」


警戒した目で才蔵は果心居士を顔を睨んだ。


「………」


果心居士は何も答えない。


ただその無表情に、僅かに苛立ちのような物が浮かんだ。


「聞きたいことは山ほどあるが、一番知りたいことは…」


「………」


「お前は何の為に、この都へ戻った?」


十二年前に都を追放された果心居士。


今に至るまで仮面で顔を隠し、海若と言う鬼として生きてきた理由は何か。


十二年経った今になって、都へ戻った理由は何か。


「は」


果心居士の表情が歪んだ。


整った顔を醜悪に歪め、その眼に憎悪が宿る。


「何の為に? 決まっているでしょう」


海のように青い瞳を濁らせて、果心居士は吐き捨てる。


「『復讐』だ!」


長年の恨み辛みをぶちまけるように、叫ぶ。


「お前達は我が同胞を虐殺した! 一人残らず! 畜生を屠るように! この恨み! この憎しみ! 例えこの身が朽ちようとも! 永劫消えることなどない!」


それはまるで、怨霊の慟哭だった。


頼光は、これほど強い感情を見たことが無かった。


人はこれほどまでに、何かを憎むことが出来るのか。


(…同胞)


十二年前に滅びた果心居士の故郷のことだろうか。


どんな奇跡があって果心居士がここにいるのかは知らないが、彼の故郷が炎に包まれたのは真実だ。


彼が同胞と呼ぶ人々は、彼一人を残して死に絶えたのだ。


「―――」


果心居士は無言で玉梓へ視線を向ける。


完全に意識を失っていることを確認すると、彼女が従えていた餓鬼に目を移した。


「…あとで鬼子母神さんがガタガタ言いそうですが」


一人呟くと果心居士は二体の餓鬼に背後から近寄った。


そして、そのまま両腕で餓鬼の背中を貫いた。


「二匹ほど、貰いますね」


ブチブチと音を立てて、そこから目的の物を引き摺り出す。


赤黒く脈打つ物体は、餓鬼の心臓だった。


内臓を失ってボロボロと崩れていく餓鬼達を余所に、果心居士は躊躇いなくそれを口にする。


「餓鬼を、喰った…?」


悍ましい光景だった。


理性の無い餓鬼だって、同胞である鬼を喰らうことは無い。


手と口を血で穢しながら、ぐちゃぐちゃと果心居士は肉を咀嚼する。


「…ふう」


食事を終え、果心居士は瞼を閉じる。


外見的な変化は何も起こらないが、何か嫌な予感を感じた。


「何、あれ…」


「鈴鹿?」


人ならざる目を持つ鈴鹿だけは、それ(・・)を見ることが出来た。


果心居士の喰らった餓鬼の血肉が体内で焼却され、全身を巡る。


まるで薪をくべた炉のように、果心居士の内側で燃え盛る炎は段々と大きくなっていく。


それは災厄だ。


人の体に収められる筈も無い、世界を滅ぼす天変地異だ。


「『鬼火』」


その瞬間、炎は臨界を超えた。


果心居士の体から紅蓮の炎が吹き荒れる。


小さな人型の器では抑えきれなくなった災厄が、外へと溢れ出す。


「もう面倒臭え! 直毘衆も天文道も、この『俺』の邪魔をする者は皆殺しだァ!」


豹変した果心居士が瞼を開く。


その眼は先程までの青ではなく、炎のような()に染まっていた。


「我が道は修羅! 我が憎悪! 我が憤怒! 我が正義の所以を知るが良い!」


阿修羅が、解き放たれた。








灼熱が周囲を呑み込む。


妖力で生み出された炎の勢いは一切衰えることなく、建物を、大地を、焼き尽くしていく。


「何て、火力だ…!」


頼光の使用した火の妖術とは桁違いだ。


元々果心居士から放たれる妖力は、玉梓とそう変わらなかったと言うのに、


今ではその妖力は頼光や信乃以上。


あの酒吞童子に匹敵する程だ。


「先ずはお前からだ!『宗源火そうげんび』」


「!」


自身に迫る熱気に気付き、頼光はその場から飛び退く。


あの炎に呑まれれば、どんな人間だろうと生き残れない。


アレは生命を焼く炎だ。


血肉ではなく、生命力そのものを燃料に燃え続ける呪詛だ。


「逃がさん!『渡柄杓わたりびしゃく』」


躱されたことに気付いた果心居士は、大きく腕を振るった。


その手から鞭のように伸びる炎が放たれる。


細長い炎は術者の意思に従って、頼光を追尾する。


まるで生きているかのように、頼光の神足に勝る速度で追い続ける。


(躱し、切れな…)


「チッ」


炎が頼光の背に触れる直前、苛立つような舌打ちが聞こえた。


直後、頼光のすぐ後ろで炎が爆ぜる。


その熱気を感じながら、頼光は振り返った。


「さ、才蔵…?」


そこに居たのは、痛みに顔を顰めた才蔵だった。


頼光を庇ったのか、その左半身には大きな火傷の跡がある。


「どうして、僕を…」


「…情にほだされた訳では無い。状況的に、お前の方が優先度が高かっただけだ」


あくまで冷静に才蔵はそう告げた。


蝦夷は居らず、信乃は戦闘不能。


今、この場で最も戦闘能力が高いのは頼光だ。


彼が倒れれば、都は滅びる。


それだけは何としても防がなければならなかった。


大義の為なら命を惜しまない。


それが、才蔵の信条だった。


「直毘衆も天文道も関係ない。人は、自分の成すべきことを成す為に生きている」


グッと才蔵は黒ずんだ腕で頼光の胸倉を掴んだ。


刀を抜け(・・・・)


「ッ」


才蔵の言葉に、頼光は目を見開く。


それは禁忌だった。


呪われた刀。


抜き放てば、頼光自身が都を滅ぼしてしまうかもしれない危険物。


「天文道が周囲に結界を張っている。都の住人までは影響が及ばないだろう」


元々は玉梓を暗殺する時の人払いに使っていた結界だ。


頼光の妖刀が影響を及ぼす範囲に、人間が集まることは無い。


「この場に居る人間達が心配か? 妖刀が放つ穢れで狂ってしまうのでは、と」


才蔵は吐き捨てるように言った。


「なめるな。あの姉妹はその程度で正気を失うほど脆くない。それとも、お前の信頼する直毘衆はお前の隣で戦うことも出来ない程に弱いのか?」


「………」


「虫唾が走る。お前のそれは優しさなどではない。ただ、失うことが怖くて過保護なだけだ。信頼すると口にしていながら、実際は少しも信じていない」


だからこそ才蔵は頼光を心から嫌悪していた。


誰よりも強く、何もかも護れる力があるくせに、心が弱すぎる。


十年前に仲間を全て失った時から少しも成長していない。


周囲の影響など気にする必要はない。


そんな物で壊れてしまうほど、人々の心は弱くない。


「お前も自分の成すべきことを成せ。頼光(・・)


才蔵は頼光の眼を見て、そう告げた。


頼光の成すべきこと、果たすべき使命とは何だったのか。


それをもう一度思い出せ、と。


「さっきから何をごちゃごちゃ言っている…!」


放たれた灼熱が頼光を呑み込もうと迫る。


果心居士も理解しているのだ。


この場で最も脅威と成り得るのは、頼光だと。


だが、それも終わりだ。


例えどれだけの力を秘めていようとも、この炎に魂まで焼き尽くされて死ぬ。


「起きろ『童子切どうじぎり』」


「ッ!」


炎が、道を作るように二つに裂けた。


まるで頼光に触れることを恐れるが如く、炎は頼光に届かない。


「………」


幾重にも巻かれていた数珠を解き、抜き放たれた一本の刀。


刀身は百を超える鬼の血を吸って真っ赤に染まっており、息が詰まるような穢れを纏っている。


生半可な鬼よりも禍々しい呪具。


それが、果心居士へ向けられていた。


「は」


放った炎が弾かれるほどの妖力。


人の扱える領域を超えた力を感じ、果心居士は嗤った。


人の極み(・・・・)、と言うやつか。人の枠を超えた力。それが本当の怪物に通用するか、試してみるが良い!」


その穢れと血に酔い、阿修羅は頼光へと襲い掛かった。

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