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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第参章
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第七十話 狂愛


その女は、物心つく前に親に売られた。


遊郭で少女時代を過ごし、選ぶまでも無く、遊女になることが決まっていた。


まともな教育など受けたことがない。


そんな物は、仕事をする上で必要なかったからだ。


彼女の人生を、人は不幸だと嘆くだろう。


だが、彼女はそれを悲劇だとは思わなかった。


彼女には友人がいた。


同じ商売仲間で年齢もバラバラだったが、皆優しく接してくれた。


彼女の雇い主もそうだった。


厳しい女性だったが、生きる為に必要な知識を与えてくれた。


彼女は一度も自分が不幸だと感じなかった。


ただ、一つだけ願いがあるとすれば、


『家族』が欲しかった。


他人と友人以上の繋がりが欲しかった。


だからこそ、彼女はとある孤児達を見つけた時、すぐに引き取ることを決めた。


孤児達の両親は知らない。


ここが娼館であることを考えると、きっと誰かが間違ってしまった(・・・・・・・・)のだろう。


それでも、彼女は子供達を本当の我が子のように愛した。


自分が親に愛されなかった分、この小さな家族を愛してあげたかった。


この子達だけは、自分が守って見せる。


何があっても、必ず…








「うふふ。ああ、愛しい。幼く、脆く、愛らしい子達はこんなにも…」


慈しむような表情で玉梓は鈴鹿達を見つめる。


その言葉に嘘はない。


彼女は本気で鈴鹿達を愛し、自分が護るべき存在だと思っている。


鬼の愛と人の愛は違う。


餓鬼が好意を抱いた者ほど喰らいたくなる本能を持つように、


餓鬼の母たる玉梓の愛も、相手の全てを奪い尽くすことでしか表現できない。


母性本能と言う名の狂気。


弱く脆い人間の子に同情し、それを鬼に変えようとする善意。


それが玉梓の本質だ。


「信乃さんを、解放して下さい!」


「あらぁ?」


矢を番えた弓を向ける鈴鹿に、玉梓は笑みを浮かべた。


武器を向けられているのに、まるで微笑ましい児戯を見るような顔だ。


やじりを潰した玩具で、どうするつもりかしらぁ?」


「この矢は、破魔の矢です! 肉を貫けずとも、あなたの魔性を断ちます!」


「まあ、怖い。ふふふふ…」


鈴鹿の脅すような言葉にも、玉梓は笑みを崩さない。


その矢には確かに何らかの術が施してあるようだが、霊鬼を滅ぼす程の物ではない。


矢自体の殺傷力も低く、手傷一つ負わせることも出来ないだろう。


いっそ受け入れるように玉梓は両手を広げた。


「私にはねぇ。不幸な子供達の悲しみが分かるの。平気な顔をして強がる子供達の泣き声が聞こえるの」


玉梓の従える餓鬼の一体が、鈴鹿の姿に変わる。


信乃や蝦夷に対しても使用した、この餓鬼の性質。


他者に化けることで、その心の傷まで盗み取る能力。


「信乃。蝦夷。千代。鈴鹿………心に傷を抱えた子供ばかりだわ。だから私が癒してあげないと。護ってあげないと」


「ッ…」


「抱き締めてあげる。さあ、私の腕の中に…」


「…撃ち抜くッ!」


両腕を広げた玉梓に対し、鈴鹿は破魔矢を放った。


鈴鹿の呪術を帯びた一本の矢は、真っ直ぐ狙い通りに玉梓へ向かっていく。


頭部や心臓。


人体の急所ではなく、その腹部へと…


「な…!」


矢の向かっている方向を見て、玉梓は顔色を変える。


咄嗟に右腕で腹部を庇い、矢は玉梓の腕に突き刺さった。


「…くッ」


血が流れることは無かったが、その衝撃に玉梓は顔を顰める。


あの程度の矢、体のどこに当たっても問題はない筈だった。


腹部に埋め込んだ『遺骨』を除けば。


(何で、遺骨の場所を正確に…!)


玉梓は顔を上げ、鈴鹿を見る。


何故、一目で遺骨を埋め込んだ場所を見抜くことが出来たのか。


遺骨は霊鬼六道の急所だ。


否、急所どころの話ではない。


本来死者である霊鬼六道をこの世に繋ぎ止める最後の楔だ。


コレが砕ければ、その瞬間に霊鬼六道はあの世に逆戻りだ。


元々生身の人間である玉梓であっても、その事実は変わらない。


「オイタが過ぎる子は、少し教育しないとねぇ…!」


玉梓は従えていた餓鬼を動かす。


無論、殺す気は無い。


殺す気は無いが、多少は痛い目に遭わせるつもりだ。


鬼の愛は、相手の都合を考えない。


自分の想いは必ず正しく、それが全てだ。


巨大化した餓鬼の腕が鈴鹿へと伸びる。


「そうはさせない!」


その寸前、餓鬼の腕は宙を舞った。


鈴鹿を護るように前に出た千代は、そのまま餓鬼達を両断する。


すぐに再生が始まるが、再生した部分から切り刻んだ。


「…悪い子ねぇ。邪魔をしないで!」


新たな餓鬼を呼び寄せようと玉梓は腕を振り上げる。


その腕に、一本の苦無が突き刺さった。


「!」


それに驚く間もなく、玉梓の体に奇妙な痺れが走る。


まるで酩酊したように思考が霞掛かり、体が思うように動かない。


「どうでござるか、対鬼用の毒の味は? 神便鬼毒酒じんべんきどくしゅと言うのでござるよ?」


才蔵が目を細めながら嘲笑うように言った。


揺らぐ意識を保ちつつ、玉梓は才蔵へ顔を向ける。


トン、とその背に何かが当たった。


「『邪鬼調伏』…滅びろ」


静かに頼光がそう呟いた時、玉梓の体が炎に包まれた。


妖力で燃え続ける浄化の炎。


全身を焼かれ、玉梓は悲鳴一つ上げることすら出来ない。


「うーわ、一人の女に寄ってたかって酷い奴らですね」


その時、風に乗って男の声が聞こえた。


強い風と共に、燃え続ける炎は一瞬で吹き消される。


段々と近付いてくる気配に、頼光と才蔵は急いで距離を取った。


「大丈夫ですか? 鬼子母神さん」


「…大丈夫そうに、見える?」


黒ずんだ体のまま、玉梓は起き上がった。


それでも鬼の不死性故か、既に肉体の再生は始まりつつあった。


「それだけ話せれば十分でしょう。お疲れさまでした」


「…その様子だと、目的は済んだの?」


「ええ」


玉梓と会話しながら、その男、海若は告げる。


「目的は終わりました。ついでに、こちらの方も」


片腕で今まで抱えていた物を投げる。


地面を転がる力ない人影。


それは…


「帝…!」


この国の頂点に立つ人間だった。

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