第六十一話 女
翌朝、信乃と鈴鹿、そして話を聞いた千代は頼光の家へと集まっていた。
「本当、なんですよね?」
苦虫を嚙み潰したような表情で千代は、ここへ来るまで何度も聞いたことを改めて頼光に尋ねる。
昨夜一人で過ごしていた所に、頼光から知らされた事実。
天文道が女性を襲っている所を目撃したと。
頼光以外の言葉なら、信じられなかった。
仮にも帝の側近を務めている者達が、都の人間を襲うなど。
「信じたくないのは、僕も同じだよ」
険しい表情で頼光は深いため息をついた。
「その襲っていた女は、本当に天文道だったのか?」
「それは確かだよ。名前までは知らないが、顔を合わせたことも何度かある」
暗がりの中だったが、頼光は相手の顔を見た。
凶器を構える女は、確かに天文道に所属する者だった。
「だとしたら、次の問題は…」
「それが個人的な犯行なのか、組織的な犯行なのか」
千代の言葉に、信乃が続ける。
個人的な犯行なら、まだ良い。
天文道に異常者が一人出ただけで、そいつを処刑すれば話は終わる。
しかし、
「恐らく、組織的な物だろう」
頼光は重苦しい表情のまま、そう告げた。
「都は単なる異常者が生き残れるほど甘くは無い。もし、最近の行方不明者も彼女の仕業だとするなら…」
「組織的な犯行であることは間違いない、か」
コレは単独犯では無く、天文道全てによる犯行。
そして、衝動的な犯行では無く、計画的な犯行であると言うことだ。
「だが、何故だ? 何で天文道がそんなことをする?」
「あんな邪術師共の考えることなんて分からないわよ。単に、人に対して新しい術を試したくなっただけじゃないかしら?」
「だとしても、だ」
信乃は真剣な表情で、コツンと机を指で叩く。
「仮に奴らがイカレた邪術師で、人間の素材を求めていたとしても、どうしてそれを夜にこそこそやる必要がある?」
そう、信乃は現在の都の状況を知っている。
帝は天文道を疑うことを知らず、彼らの言葉なら何だって信じる。
その気になれば、適当な人間に適当な罪を擦り付け、帝の名の下に処刑することすら可能だろう。
「連中はこの殺人を隠したかった。帝の名の下に罪が消えるとしても、自分達が殺したことを誰にも知られたくなかった」
「………」
それは、何を意味するのだろうか。
犯罪が犯罪で無くなるとしても、殺人が明るみに出ることを避けた。
誰かに見つかれば、全てが台無しになる危険を犯しながらも、殺人を続けた。
一体何故?
「あ、あの、頼光さん」
「…ん? どうかしたかい、鈴鹿君」
今まで黙りながらも、何やらそわそわしていた鈴鹿に気付き、頼光は首を傾げる。
「昨夜襲われていた女性は、大丈夫ですか?」
「ああ、あの人か」
納得したように頼光は頷く。
昨夜、頼光が発見した時には、既に女は重傷を負っていた。
駆け付けた鈴鹿によって治療を施されたが、意識が戻らなかったので、そのまま頼光の家に運んだのだ。
「今朝一度目を覚ましてね。その時にある程度の状況説明はしたよ」
「そうですか。意識が戻って…」
「今はまた眠っている筈…」
そう頼光が言った時、奥の部屋の扉が開いた。
ギシギシと木が軋む音を立てて、足音が近づいてくる。
「………」
それは、落ち着いた雰囲気を持つ妙齢の女だった。
艶のある髪は長く、垂れた前髪が顔の右半分を覆っている。
やや病弱に見えるほど白い肌を持ち、シワ一つない白い着物に身を包んでいた。
露出の少ない服装は清楚だが、その艶やかな肢体は隠し切れない魅力を放っている。
(昨日見た時は暗くて気付かなかったけど、綺麗な人ですね…)
同性でも魅了されそうな容姿を見て、鈴鹿は思う。
あまり良い意味では使われないが『傾国の美女』と言うのは、こう言う女性を言うのかも知れない。
「はじめまして。あなた方は、私を助けて下さった人達ですね」
女は端正な顔立ちの割に、親しみ易い笑みを浮かべて言った。
「私は玉梓。どうぞよろしくお願いします」
「状況は、あまり良くないでござるな」
ある宿屋の一室にて、才蔵は呟いた。
目の前には、真っ青な顔をした局と、それを心配そうに見つめる初芽が居る。
状況は良くない。
局によると、暗殺対象である女を取り逃がしてしまった。
しかも、相手はよりによって頼光。
今頃は直毘衆の他の面々もこの事実を知った頃だろう。
「きっと暗殺対象は頼光殿に匿われている。彼の性格的にそう簡単には手放さない」
権力をちらつかせても無駄だろう。
彼は帝よりも民を選ぶ男だ。
大義よりも人を優先する人間だ。
全く以て、扱い辛い。
「………」
帝から勅命を下させるか。
そうすれば大義はこちらにある。
(いや、これ以上派手に動くのは危険だ)
『暗殺対象』はまだまだ残っているのだ。
奴らに感付かれて逃げられる前に処刑する為、一人ずつ静かに消してきたのだ。
ここで予定を狂わせることは出来ない。
「札が足りない」
「え? 今、何か言った?」
「…いえ、何でも無いでござる」
初芽と局だけでは戦力不足だ。
少なくともあと一人、戦力が要る。
「直毘衆、か」
「怪我はもう大丈夫ですか、玉梓さん」
「ええ、大丈夫よ。治療してくれて、ありがとうね」
ニコニコと笑いながら玉梓は鈴鹿に礼を言う。
国を傾けそうな美貌を持つが、美人特有のどこか近寄り難い雰囲気は無い。
むしろ、家の中で子供に囲まれていそうな家庭的な雰囲気を持つ。
「それにしても、意外だったわ」
きょろきょろと視線を信乃達に向けた後、玉梓は呟く。
「頼光さんが直毘衆がやって来ると言ったから、てっきり逞しい殿方ばかり来るのかと思っていたら…」
千代と信乃はまだ二十そこそこの若い男女。
鈴鹿は直毘衆では無いが、まだ十六歳だ。
確かに、妖刀を手に鬼と戦う武人には見えないだろう。
「最近の直毘衆って、若い子が多いのねぇ。子供ばかりじゃない」
「俺はもう子供って歳じゃねえよ」
子ども扱いに少しイラついたように信乃が呟く。
その反応に、玉梓は更に微笑まし気な笑みを浮かべた。
「本当の大人は、そう言うことにムキならない物よ」
「む」
「それに、私からすれば年下であることに変わりないわぁ」
「………」
玉梓の態度に毒気が抜かれたように、信乃は口を閉じる。
(調子が狂う)
初対面のくせに距離が近い。
それも男女関係の類では無く、家族のような。
もう七年も前に失われた、母親のような。
(…しかし、コイツは何なんだ)
妙な方向に向かっていた思考を戻し、信乃は玉梓の顔を見る。
確かに一般的な人間に比べたら優れた容姿をしているが、それだけだ。
特別な力など何も無い普通の人間だ。
(こんな只の女が何故、天文道に狙われていたんだ…?)
口に出すことなく、信乃は心の中でそう呟いた。




