表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第参章
61/120

第六十一話 女


翌朝、信乃と鈴鹿、そして話を聞いた千代は頼光の家へと集まっていた。


「本当、なんですよね?」


苦虫を嚙み潰したような表情で千代は、ここへ来るまで何度も聞いたことを改めて頼光に尋ねる。


昨夜一人で過ごしていた所に、頼光から知らされた事実。


天文道が女性を襲っている所を目撃したと。


頼光以外の言葉なら、信じられなかった。


仮にも帝の側近を務めている者達が、都の人間を襲うなど。


「信じたくないのは、僕も同じだよ」


険しい表情で頼光は深いため息をついた。


「その襲っていた女は、本当に天文道だったのか?」


「それは確かだよ。名前までは知らないが、顔を合わせたことも何度かある」


暗がりの中だったが、頼光は相手の顔を見た。


凶器を構える女は、確かに天文道に所属する者だった。


「だとしたら、次の問題は…」


「それが個人的な犯行なのか、組織的な犯行なのか」


千代の言葉に、信乃が続ける。


個人的な犯行なら、まだ良い。


天文道に異常者が一人出ただけで、そいつを処刑すれば話は終わる。


しかし、


「恐らく、組織的な物だろう」


頼光は重苦しい表情のまま、そう告げた。


「都は単なる異常者が生き残れるほど甘くは無い。もし、最近の行方不明者も彼女の仕業だとするなら…」


「組織的な犯行であることは間違いない、か」


コレは単独犯では無く、天文道全てによる犯行。


そして、衝動的な犯行では無く、計画的な犯行であると言うことだ。


「だが、何故だ? 何で天文道がそんなことをする?」


「あんな邪術師共の考えることなんて分からないわよ。単に、人に対して新しい術を試したくなっただけじゃないかしら?」


「だとしても、だ」


信乃は真剣な表情で、コツンと机を指で叩く。


「仮に奴らがイカレた邪術師で、人間の素材を求めていたとしても、どうしてそれを夜にこそこそやる必要がある?」


そう、信乃は現在の都の状況を知っている。


帝は天文道を疑うことを知らず、彼らの言葉なら何だって信じる。


その気になれば、適当な人間に適当な罪を擦り付け、帝の名の下に処刑することすら可能だろう。


「連中はこの殺人を隠したかった。帝の名の下に罪が消えるとしても、自分達が殺したことを(・・・・・・・・・・)誰にも知られたくなか(・・・・・・・・・・)った(・・)


「………」


それは、何を意味するのだろうか。


犯罪が犯罪で無くなるとしても、殺人が明るみに出ることを避けた。


誰かに見つかれば、全てが台無しになる危険を犯しながらも、殺人を続けた。


一体何故?


「あ、あの、頼光さん」


「…ん? どうかしたかい、鈴鹿君」


今まで黙りながらも、何やらそわそわしていた鈴鹿に気付き、頼光は首を傾げる。


「昨夜襲われていた女性は、大丈夫ですか?」


「ああ、あの人か」


納得したように頼光は頷く。


昨夜、頼光が発見した時には、既に女は重傷を負っていた。


駆け付けた鈴鹿によって治療を施されたが、意識が戻らなかったので、そのまま頼光の家に運んだのだ。


「今朝一度目を覚ましてね。その時にある程度の状況説明はしたよ」


「そうですか。意識が戻って…」


「今はまた眠っている筈…」


そう頼光が言った時、奥の部屋の扉が開いた。


ギシギシと木が軋む音を立てて、足音が近づいてくる。


「………」


それは、落ち着いた雰囲気を持つ妙齢の女だった。


艶のある髪は長く、垂れた前髪が顔の右半分を覆っている。


やや病弱に見えるほど白い肌を持ち、シワ一つない白い着物に身を包んでいた。


露出の少ない服装は清楚だが、その艶やかな肢体は隠し切れない魅力を放っている。


(昨日見た時は暗くて気付かなかったけど、綺麗な人ですね…)


同性でも魅了されそうな容姿を見て、鈴鹿は思う。


あまり良い意味では使われないが『傾国の美女』と言うのは、こう言う女性を言うのかも知れない。


「はじめまして。あなた方は、私を助けて下さった人達ですね」


女は端正な顔立ちの割に、親しみ易い笑みを浮かべて言った。


「私は玉梓たまずさ。どうぞよろしくお願いします」








「状況は、あまり良くないでござるな」


ある宿屋の一室にて、才蔵は呟いた。


目の前には、真っ青な顔をした局と、それを心配そうに見つめる初芽が居る。


状況は良くない。


局によると、暗殺対象である女を取り逃がしてしまった。


しかも、相手はよりによって頼光。


今頃は直毘衆の他の面々もこの事実を知った頃だろう。


「きっと暗殺対象は頼光殿に匿われている。彼の性格的にそう簡単には手放さない」


権力をちらつかせても無駄だろう。


彼は帝よりも民を選ぶ男だ。


大義よりも人を優先する人間だ。


全く以て、扱い辛い。


「………」


帝から勅命を下させるか。


そうすれば大義はこちらにある。


(いや、これ以上派手に動くのは危険だ)


『暗殺対象』はまだまだ残っているのだ。


奴らに感付かれて逃げられる前に処刑する為、一人ずつ静かに消してきたのだ。


ここで予定を狂わせることは出来ない。


が足りない」


「え? 今、何か言った?」


「…いえ、何でも無いでござる」


初芽と局だけでは戦力不足だ。


少なくともあと一人、戦力が要る。


「直毘衆、か」








「怪我はもう大丈夫ですか、玉梓さん」


「ええ、大丈夫よ。治療してくれて、ありがとうね」


ニコニコと笑いながら玉梓は鈴鹿に礼を言う。


国を傾けそうな美貌を持つが、美人特有のどこか近寄り難い雰囲気は無い。


むしろ、家の中で子供に囲まれていそうな家庭的な雰囲気を持つ。


「それにしても、意外だったわ」


きょろきょろと視線を信乃達に向けた後、玉梓は呟く。


「頼光さんが直毘衆がやって来ると言ったから、てっきり逞しい殿方ばかり来るのかと思っていたら…」


千代と信乃はまだ二十そこそこの若い男女。


鈴鹿は直毘衆では無いが、まだ十六歳だ。


確かに、妖刀を手に鬼と戦う武人には見えないだろう。


「最近の直毘衆って、若い子が多いのねぇ。子供ばかりじゃない」


「俺はもう子供って歳じゃねえよ」


子ども扱いに少しイラついたように信乃が呟く。


その反応に、玉梓は更に微笑まし気な笑みを浮かべた。


「本当の大人は、そう言うことにムキならない物よ」


「む」


「それに、私からすれば年下であることに変わりないわぁ」


「………」


玉梓の態度に毒気が抜かれたように、信乃は口を閉じる。


(調子が狂う)


初対面のくせに距離が近い。


それも男女関係の類では無く、家族のような。


もう七年も前に失われた、母親のような。


(…しかし、コイツは何なんだ)


妙な方向に向かっていた思考を戻し、信乃は玉梓の顔を見る。


確かに一般的な人間に比べたら優れた容姿をしているが、それだけだ。


特別な力など何も無い普通の人間だ。


(こんな只の女が何故、天文道に狙われていたんだ…?)


口に出すことなく、信乃は心の中でそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ