第四十四話 男
「今日中には都に着きそうだな」
道を歩きながら信乃は言う。
思うところはあるが、直毘衆として、国民として、帝の勅命には逆らえない。
信乃と千代、そして鈴鹿は都へと向かっていた。
道中、特におかしなことは起きなかった。
国中で暴れていた鬼達も、今は大人しい。
不気味な静けさだった。
「都。都か…」
「千代さんは都に戻るの、久しぶりなんですか?」
どこか足が重そうに呟く千代に、鈴鹿は首を傾げる。
当初は維那村の人々から離れることを気にしていたようだが、都が近付くと別の意味で憂鬱そうな顔を浮かべ始めた。
「い、いや、そう言う訳じゃ、ないんだけどね…」
言い辛そうに暗い顔をする千代。
それを心配そうに眺める鈴鹿を見て、信乃は呆れたように息を吐いた。
「どうせ、頼光に合わせる顔が無い、とか思ってんだろ」
「んな…!」
図星を指されて声を上げる千代。
その顔は僅かに赤みを帯びている。
「そうなんですか?」
「ち、ちが…!…いや、違わないけど…」
そう言いながら、千代は段々と気が落ち込んでいく。
人一倍生真面目で責任感の強い千代は、酒吞童子に敗北し、雷切も焼失してしまったことに深い罪悪感を感じているのだろう。
都に戻れば、頼光と顔を合わせてしまう。
彼に何を言われるか、と考えるだけで気が滅入る。
「…頼光さんってそんなに怖い人なんですか?」
「別に? アイツとは七年くらいの付き合いだが、アイツが本気で怒った所なんて見たことねえし」
むしろ、真逆だ。
温厚すぎて相手に軽く見られるような人間である。
それでも曲がりなりにも曲者揃いの直毘衆を率いているのは、彼が実力者で、それを誰もが内心認めているからだろうが。
「コイツが頼光のことを気にするのは、年上好きだからだろう」
「え? それって…」
「ち、違うわよ!?」
目を輝かせる鈴鹿と顔を真っ赤にする千代。
「頼光も今年で三十過ぎだからなぁ。コイツの好みに合ったんだろう」
「だから違うと言っているでしょうが! 私は! 純粋に! 頼光様のことを尊敬しているだけよ!」
息を荒げながら千代は叫ぶ。
頼光と千代の付き合いは、信乃よりも長い。
千代の父である道雪と友人だった頼光は、彼が亡くなった後、千代のことをよく気に掛けていた。
幼い頃から良くしてくれた彼に対し、親愛以上の物を抱くのも自然なことだったのかも知れない。
「一応、頼光は俺の義理の親父ってことになっているから、頼光とお前が一緒になれば………うへえ、お前が俺の母親になるのかよ」
「へ、変な話をしないで!」
「国がヤバいって時に色恋沙汰かよ。これだから女ってやつは…」
「!」
勝手なことを言いながら、馬鹿にしたように笑う信乃。
その態度が癇に障ったのか、千代は据わった目で信乃を睨んだ。
信乃が女扱いされることを嫌うくらい、千代も女と見下されることを嫌っているのだ。
「お? やる気か? 良いぜ。本当に傷が完全に癒えたか、確かめてやるよ」
「そちらこそ、まだ前の傷が残っているんじゃないの?」
ぴりぴりとした空気の中、両者とも刀を抜く。
「お、お二人とも待って! こんな所で暴れるのは待って! 仲良く…」
「「止めるな!」」
「ヒィ!? 仲良いじゃないですか!?」
息ぴったりに叫ぶ二人に、鈴鹿は頭を抑えて身を震わせる。
何だかんだ言って、この二人は性格が似ている所があるのだ。
「そこのお二方」
その時、今にも剣を交えそうな二人の前に黒ずくめの男が現れた。
いつからそこに居たのか、影のように存在感の薄い怪しい男。
「その刀。陛下の勅命を受けた直毘衆と推測するが………如何に?」
(何者だ? 声を掛けられるまで、気配を感じなかったぞ…)
刀を抜いたまま、信乃は男の顔を見る。
「拙者は才蔵。天文道の者でござる」
「天文道、か」
信乃はじろじろと才蔵の恰好を見ながら呟く。
妖術師集団の天文道なら、その妙な格好も納得だ。
あまり詳しいことは知らないが、天文道は怪しげな妖術を開発することを目的とするらしい。
その思考も、信乃には理解できない所にあるのかも知れない。
「拙者だの、ござるだの、その変な口調も何か妖術的な意味があるのか?」
「はっはっは、コレは拙者自身の趣味でござる。特に深い意味はござらん」
「そうかい。良い趣味とは言えねえな」
怪しさしか感じない男だ。
素肌を隠した黒装束同様に、本心も影で隠し、嘘で塗り固めている。
千代は何も語らないが、刀を鞘に戻さずに睨んでいた。
「あなたとは仲良くやれそうでござるな」
「そうか? 俺はそうは思わないが」
「そんなことは無いでござる」
ニッと目元だけで笑みを浮かべ、才蔵は手を差し出す。
「男同士。仲良くなりましょうぞ」
「!」
「え!」
「な…」
才蔵の言葉に三人に衝撃が走る。
女顔で、派手な着物を着た信乃に対し、才蔵は男と言ったのだ。
どこからどう見ても女にしか見えない信乃の性別を初見で見破ったのだ。
「お前、良い奴だな! 友達になれそうだ!」
信乃は、今まで見たことないくらい爽やかな笑みを浮かべて才蔵の手を取った。
鈴鹿は違う意味でギョッとなる。
「ちょ!? 何、あっさり懐柔されてるんですか! いつもの警戒心はどこに行ったんですか!」
「うるせえ! お前に俺の気持ちが分かるか! 会う奴会う奴に女と間違われ! 挙句の果てに、自分でもそれに慣れちまって! 最近ではあんまり腹が立たなくなってきた俺の気持ちがー!?」
「分からないですよ! そんなの!?」
どうやら、内心かなり不満を溜め込んでいたようだ。
女相手なら、鈴鹿など初見で男と見破った者が何名かいるが、男相手なら百発百中。
頼光ですら、引き取った当初は信乃を女と間違えていたのだ。
初対面で男と分かった人間は、生まれて初めてだった。
「仲良くやれそうで何よりでござる。都はもうすぐです。ここからは拙者が案内いたします」




