第四十二話 影
直毘衆とは、帝の親衛隊を前身とする組織だ。
元々は帝の身を護る為だけに存在する十人の護衛だった。
直毘衆と名を変え、鬼切の名目で各地に派遣されると、帝の護衛と言う本来の役割は薄れていった。
それに伴い、帝との繋がりも弱くなり、帝直属の組織でありながら、殆ど帝は干渉しなくなった。
「………」
しかし、唯一例外が居る。
直毘衆の隊長である頼光だ。
彼だけは十年前の戦いを生き延びた元親衛隊であり、都を鬼から護った実績を持つ彼の言葉だけは流石の帝も耳を傾ける。
その筈だった。
(まさか門前払いされるとは…)
有無を言わさず追い返され、頼光は渋い顔で都を歩く。
直毘衆である頼光と帝は主君と配下の関係にあるが、個人的にも知らない仲ではなかった。
自身の責任を理解し、民を第一に考える彼を頼光は尊敬していたのだ。
ここ数年の間、全く顔を合わせることが無かったが、時は人を変えてしまうのか。
「………」
直接会わずとも、都に居るだけで悪い噂は耳に入ってくる。
曰く、帝は色に溺れて政治に関心を持たなくなった。
曰く、現実から逃れる為、贅の限りを尽くしている。
最初に聞いた時は根も葉もない虚言だと思ったが、質の悪いことにそれは真実らしい。
(…鬼、か)
かつては自身の親衛隊を民を護る為に動かす高潔な人格を持っていた帝。
帝が乱心した理由は、都攻めだと予想されている。
自身の親衛隊が次々と殺され、最も信頼していた道雪さえも命を落としたことで、鬼の恐怖に耐えられなくなったのだと。
その恐怖を忘れる為、贅と色に溺れているのだと。
「ッ」
彼の心が弱い、とは言わない。
あの時の都は、地獄だった。
何百、何千と言う鬼によって繰り広げられた大虐殺。
アレに比べれば、今各地で起きている襲撃など天国のようだ。
頼光が生き残ったのも、別に彼が特別優れていた訳ではない。
単に親衛隊の中で最も若かった為、重要な所を任せられなかっただけだ。
あの『勅命』を下したことも、納得は出来ないが理解は出来る。
それだけ帝にとって、鬼は恐ろしい存在なのだろう。
「そこの方」
「?」
物思いに耽る頼光は、一人の男に声を掛けられた。
「そう、あなただ。あなたを探していたのでござる」
(…ござる?)
それは、影のように黒ずくめの男だった。
つま先から頭まで黒装束にすっぽりと身を包み、口元まで隠している。
手には黒く塗った包帯を巻き、暑苦しい程に露出を抑えていた。
腰には皮の紐と苦無を数本ぶら下げている。
露出しているのは目元だけだが、目つきは愛想が良く他者を威圧する雰囲気はない。
「誰だい? どこかで会ったかな?」
「拙者の名は、才蔵。『天文道』の才蔵でござる」
「天文道…!」
その怪しげな男、才蔵の言葉に頼光は警戒した表情を浮かべる。
天文道。
それは帝が保有するもう一つの組織だ。
かつて、まだ直毘衆が親衛隊と呼ばれていた頃から存在し、現在は直毘衆に代わって帝の身辺警護をしていると言われる。
妖刀に頼らない『妖術師』の集団であり、本来の役割は天文異変を予測し、様々な災いを帝に伝える帝の相談役。
実力は直毘衆に劣るが『六明の術』を初めとする様々な妖術を開発した組織だ。
その性質上、鬼との戦いで表に立つことは少なく、直毘衆と関わることは殆どない。
「そんな親の仇を見るような目で拙者を見ないでくだされ。あなたに凄まれると、刀も持たない拙者は怖くて怖くて」
「………」
「まあ、あなたからすれば無理からぬことでござるな。元親衛隊である頼光殿から見れば、拙者達はその立場を奪ったようにしか見えぬのだろう」
「…いや、そこまでは」
「とは言え、陛下も何か考えがある筈でござる。それを信じて、忠を尽くすことが本当の臣下と言う物ではござらんかなぁ?」
どこかおどけた様に話しながら、才蔵は視線を頼光に向ける。
露出しているのは目元だけだが、笑っているように見えた。
(…何だ、この男)
しかし、頼光は険しい表情を崩さない。
一見、温厚そうに見えるこの男の底が見えない。
直毘衆である頼光は『他心』を習得しており、蝦夷ほどではないが多少相手の心を読むことが出来る。
こうして直接会って言葉を交わせば、その言葉が真実か否か、自身にどんな感情を抱いているか、など言葉だけでは分からない物まで理解できる。
だが、この男からは何も読めない。
一体何を考えているのか、口から出る言葉がどこまで真実なのか。
何一つ分からない。
(…天文道)
彼らは直毘衆の使う三明の大本である『六明の術』を開発した者達だ。
それに対抗する術を用意していても不思議ではないか。
「それにしても、直毘衆の方々が都の加勢に来て下さるようで助かった。拙者、星占いは得意でござるがこと戦闘に掛けては、能無しでござるので」
「…だが、それでは民が危険に晒される」
思わず、頼光の口から声が漏れた。
「陛下の身は確かに重要だが、民無くして王は成り立たない。屍の上に立つ者など、王ではない」
「………………」
帝の側近を前に、まるで帝を蔑ろにするような言葉を吐く頼光。
本来なら不敬罪で処罰されてもおかしくなかったが、才蔵は嬉しそうに手を叩いた。
「素晴らしい! 何と国を想った言葉か。拙者、感動しましたぞ!」
どこか嘘臭く聞こえる声で称賛する才蔵。
「しかし、それなら尚のこと、ここを護らなければならないのでござる」
「…どう言う意味だい?」
「何故ならこの都こそ、あの鬼達の狙い。民殺しなど、都から人を減らす為の陽動に過ぎないのだ」
才蔵の言葉は、確かに的を射ていた。
十年前の時も、鬼達はただ都のみを狙った。
どれだけ仲間に犠牲が出ても、ただ都を攻め続けた。
まるで、何か求める物が都にあるかのように。
「君は、何を知っているんだい?」
「いえいえ、拙者の知ることであなたの知らぬことなどありませぬよ。頼光殿」
何かを誤魔化すように才蔵は大袈裟に頭を下げた。
「とにかく、今は仲良くしましょう。我々と直毘衆。この国を護りたいと言う思いだけは同じだと信じておりますので」
そう言って、その怪しげな男は立ち去った。




