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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第四話 名前


「………」


鈴鹿は先を歩く男の後ろ姿を睨んでいた。


路地裏のやり取りで、言葉が通じる人間であることは理解した。


しかし、それでも彼が胡蝶を斬り殺した殺人鬼であることに違いはない。


襲い掛かった所で返り討ちに遭うのは分かっている為、素直に従っているだけで、未だ鈴鹿は男のことを一切信用していなかった。


「あの、あなたは…」


「………信乃しのだ」


男は振り返らないまま、短く答えた。


「はい?」


「名前。俺のことは信乃と呼べ」


信乃。


それがこの殺人鬼の名前らしい。


(…外見だけでなく、名前まで女性のような)


口にすれば怒りそうなので、鈴鹿は心の中で呟く。


鬼と呼ばれて激怒した信乃の殺気を思い出し、少し震える。


「…それにしても、今日は最悪の天気だ」


「そう、ですか?」


鈴鹿は空を見上げる。


雲一つない青々とした空が広がっていた。


なのに、信乃はそれを見て苦い顔をしている。


「太陽は俺の敵だ。日差しが、辛い」


そう言って本気で辛そうに太陽を見上げる信乃。


心なしか、足元が若干ふらついていた。


「………」


何だか、ますます乙女みたいなことを言っている。


あまりにも呑気な言動に鈴鹿は毒気が抜かれてしまった。


「『殺し』をやるのは雨の日に限る。そうは思わないか?」


「ッ!」


突然振り返った信乃の言葉に、鈴鹿は脱力しかけていた気を引き締める。


そんな鈴鹿の態度が滑稽だったのか、信乃は口元を愉悦に歪めた。


「かはは! そんなに怯えるなよ。晴れの日は殺らねえって言ってるじゃねえか」


「…いつあなたの気が変わるとも、分かりませんから」


「それもそうだな、お前は頭が良い。かっはっは!」


何が可笑しいのか、大笑いしながら信乃は再び歩き出した。


「…本来なら。お前のような餓鬼に付き纏われた所で、わざわざ事情を説明してやるなんてこと、俺はしない。面倒だからな」


足を止めないまま、信乃は言葉を続ける。


「だが、この俺を鬼扱いすることだけは我慢ならねえ! だからお前にそれだけは必ず撤回してもらうぞ」


その言葉からは単なる怒りとは別に、鬼に対する憎しみが込められていた。


鈴鹿に真実とやらを教えるのは、親切心ではない。


あくまで、自身が鬼と間違えられるのが不快だから。


それに尽きる。


「………」


鈴鹿は無言で信乃の背を見つめる。


それだけ鬼扱いされることが嫌なら、鈴鹿を殺せば良いのではないか?


胡蝶を殺したように、鈴鹿を斬り殺すことくらい、容易いことだろう。


そうしない理由は何だろうか。


昨夜、胡蝶だけを殺し、鈴鹿を見逃した理由。


それが信乃の言う真実とやらだろうか。


「…ん?」


しばらく歩いていると、信乃の前に数人の男が現れた。


「よう、この辺では見ない顔だな」


「あんまり似ていないが、姉妹かい? 美人だねぇ」


どうやら、信乃の容姿に惹かれた単なる通行人のようだ。


完全に信乃を女だと思っているのか、ニヤニヤとした顔を隠そうともしない。


「良かったら、そこの店でお茶でも…」


退け」


「へ?」


スッと信乃の細い腕が伸び、男の腕を掴む。


メキメキと嫌な音が響いた。


「いでででで!? お姉さん、力強ッ!?」


「お姉さんじゃねえよ、このクソ野郎共!」


ざわざわと信乃の身体から見えない力が発せられる。


すると、その細い腕からは信じられない怪力を発揮し、片手一本で男の身体が持ち上がった。


(コレは、妖力…?)


男達は気付かなかったようだが、梓巫女である鈴鹿はその力を感じ取っていた。


鬼や妖怪、邪悪な者が放つ気配のような物だ。


(どうして、人間から妖力が…)


怒りのままに男達を投げ飛ばす信乃を見ながら、鈴鹿は警戒を強めた。








「ここは…?」


信乃を追いかけた果てに辿り着いたのは、歴史を感じる屋敷だった。


古ぼけた外装は、人の気配が無く、そこに住む者がもう居ないことを告げている。


同時に、鈴鹿は何かこの建物から嫌な物を感じた。


人の気配がしないだけではない。


何か、先程信乃から感じた妖力に似た『穢れ』がこの屋敷から漂っている。


だからだろうか。


この不気味な屋敷は、町中に立っていると言うのに通行人は見ることすらしない。


「ついて来い」


「あ、あの入り口は閉まって…」


「ふん」


鈴鹿の制止など聞く耳持たず、信乃は刀で扉を切り裂いた。


誰も住んでいないのかも知れないが、傍から見ればただの空き巣だ。


「って、いつの間に刀を…?」


「最初から俺は腰に差していた。妖術を使って、見えなくしていただけだ」


「妖術…! では、やはりさっきのは妖力だったのですか」


「何を今更」


そう言ってズンズンと中へ進んでいくので、鈴鹿も慌てて追いかける。


「お前だって巫女なら妖術の一つや二つ使えるだろう」


「私の呪術を妖術と一緒にしないで下さい! 天罰が下りますよ!」


「ハッ。まあ、どちらでも構わん」


荒れ果てた屋敷内を壊しながら進む信乃。


外から見た時もそうだったが、中も酷い状態だ。


一体、人が住まなくなってどれだけの時間が立っているのだろう。


中は蜘蛛の巣と埃被った家具でいっぱいだ。


「うぇ…ゴホッゴホッ! 埃が喉に…」


涙目になって喉を抑える鈴鹿。


「何なんですか、もう! どうして、あなたはこんな廃墟に連れて来たんですか!」


「…この屋敷が、誰の物か知っているか?」


「知る訳ないじゃないですか!」


「胡蝶、と言う女だ」


「………え?」


ぴたりと憤慨していた鈴鹿の動きが止まった。


この屋敷が胡蝶の物?


昨夜、鈴鹿を招待しようとした胡蝶の家?


こんな、何十年も人が住んでいないような廃墟が?


「お前は勘違いをしている。俺は鬼ではない」


静かに、信乃は真実を告げた。


「鬼は、お前が友と呼んだ胡蝶の方だ」

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