第三十三話 毒蛇
「蛇、ですか?」
「ああ」
村の中を歩きながら信乃は答える。
警戒した表情のまま、信乃は先程の男に潜んでいた蛇を思い浮かべた。
「鬼にも色んな奴がいる。あの酒吞童子みたいに暴れ回る奴も危険だが、もっと厄介なのは人の中に身を隠す者だ」
例えば、信乃と鈴鹿が出会うきっかけとなった鬼『胡蝶』がその類だろう。
知恵を付け、自身より強い者の目を誤魔化す為に人に擬態する。
本性を現すのは獲物の前だけ。
そうすることで直毘衆の眼を逃れて長い間、生き延びることが出来ていた。
「この村にいる鬼も人の中に身を隠す奴だ。文字通りの意味でな」
「まさか、生きている人に寄生して…?」
「さっきの蛇が本体ってことはねえだろ。恐らく、自分の分身か何かを人に寄生させて操っていたんだろ」
見られていた、とあの男は怯えていた。
それはきっと、周囲ではなく、男の内部。
体の中に寄生した分身を通じて、男を監視していたのだろう。
自身に逆らうことがあれば、すぐに殺せるように。
「アイツは監視役だったんだろうよ。村を訪れる者に接触し、何者か探る為の」
男の顔には最初から恐怖が浮かんでいた。
脅されていたのだ。
誰にも助けを求めるな、と。
さもなければ命はない、と。
「………」
この村は平和な村などではない。
姿の見えない鬼に支配された村だ。
「…どうして、そんなことをするのですか? 鬼は、ただ食事をする為に人を襲うのでは?」
「普通はそうだが、あの酒吞童子と言い、連中は普通ではないのかもな」
本能のままに人を襲い、喰らうのが一般的な鬼だ。
多少は知恵を付けるかもしれないが、基本的に食欲を満たすことしか考えていない。
だが、酒吞童子は少し違った気がする。
武人のように戦うこと自体に快楽を感じ、弱い相手をつまらないからと見逃す。
どちらも、人間を食欲でしか見ない餓鬼とは異なる。
まるで、人間のような価値観だ。
「この村にいる鬼も、己の食欲よりも優先することがあるんだろうよ」
村と言う小さな箱に閉じ込め、逆らえないように支配する。
恐怖によって人を縛る支配欲。
そんな、人間のような暗い欲望が。
「!」
「…? どうしました?」
突然ぴたりと足を止めた信乃に、鈴鹿は周囲を見渡しながら尋ねる。
「声が聞こえた」
信乃はちらりと視線を動かす。
だいぶ村の奥まで歩いてきたが、相変わらず人の姿はない。
しかし、確かに人の声を聞いたのだ。
「…誰だ? そこにいるのは」
刀を抜きながら信乃は言う。
その声に反応し、茂みから一人の男が顔を出した。
「君は…? その刀、直毘衆か?」
現れたのは、三十代後半と言った容姿の男だった。
武士のような鎧を纏い、腰には刀を差している。
負傷しているのか、鎧は所々傷つき、自身の血で汚れている。
「…どっかで見た顔だな。綱、とか言う直毘衆か?」
「確かに俺の名は綱だが。まさか、隊長が助けを…」
血を流し過ぎた為か、青白くなった顔に歓喜を浮かべる綱。
「無事で良かったです。信乃さん、早く頼光さんに連絡を取りましょうよ!」
鈴鹿は治癒の護符を取り出しながら言う。
直接話を聞いた訳ではないが、信乃曰く、頼光はこの綱と言う男のことを酷く心配していたと言う。
無事だったことを伝えれば、きっと喜ぶだろう。
「信乃さん?」
だが、信乃の表情は険しいままだった。
頼光に連絡を取る素振りも見せず、傷の手当てをしようした鈴鹿の手を掴んだ。
「お前、本当に綱か?」
「ああ、そうだが…」
改めて確認する信乃に不思議そうな顔をしながら、綱は頷く。
「………そうか。それは残念だ」
そう言って、信乃は手にした刀で綱の首を刎ねた。
「…え?」
呆けたような綱の首は地面を転がり、力が抜けた体が倒れる。
それを信乃は冷めた目で見下ろしていた。
「な、何を…!」
「茶番はやめろ」
驚く鈴鹿を手で制し、信乃は苛立ったように綱の遺体を睨みつけた。
「その体はもう、とっくに死んでいる。死体を弄ぶのはやめろ」
『へえ。気付いたんだ』
綱の遺体から這い出るように、蛇が現れる。
それだけではない。
ざわざわと茂みの中から夥しい数の蛇が近づいてくる。
それらは一か所に集まり、やがて一つの人型となった。
「死体とは言え人の形をした物を、君は躊躇いなく斬れるんだね」
それは、額から伸びる一本角が特徴的な鬼だった。
鬼特有の赤い眼は他より瞳孔が細い。
皮膚は全て白い鱗に覆われており、青白い舌は異様に長い。
鬼と言うよりは蛇の怪物と言った感じの風貌の男だ。
「酷い奴だな。君は」
ニタリ、と蛇のように男は嗤った。
「お前は…」
「鬼童丸。仲間達にはそう呼ばれているよ」




