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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第三十一話 暗雲


「最後の霊鬼が目覚めました」


魑魅魍魎が蔓延る鈴鹿山の奥深く。


朽ち果てた神社の中で、海若はそう告げた。


「皆さん。今までお待たせして申し訳ありませんでした」


嬉々とした表情を浮かべながら、海若は周囲を見渡す。


周囲には海若を除き、五つの影があった。


大小様々。男も居れば、女も居る。


共通しているのは全員、額から伸びる角を生やしていることと、真っ赤な眼。


その身に宿す尋常ならざる妖力だ。


「地獄道」


「ふん…」


海若が呟くと、酒吞童子が鼻を鳴らした。


「畜生道」


「はいよー」


次は爬虫類のような笑みを浮かべた優男が答えた。


「人間道」


「…うん」


陰陽装束の少女が控えめに頷いた。


「餓鬼道」


「はぁい」


白装束の女が媚びるように笑った。


「天道」


「………」


悠然と佇む甲冑が無言で首を動かした。


「最後に、修羅道である私。これで全て揃いました」


海若は興奮を抑えきれなくなり、面の下で口元が吊り上がる。


顔が愉悦に歪むのを抑えられなかった。


長かった。


あの戦いから十年。


国中を駆け巡り、掻き集めた同胞。


地獄より蘇った霊鬼。


人を憎み、命を喰らい、国を滅ぼす悪鬼外道。


霊鬼六道れいきろくどう。ここに成立せり!」








その日、直毘国は地獄と化した。


解き放たれた六匹の獣は国中で暴れた。


一つの島国である直毘国を切り分けるように、各地に散った六鬼はそれぞれが欲のままに行動した。


「くかかかかかか! 脆い!」


「ば、化物…ぐあっ!」


「ぎ、ああああああああ!」


地獄道を司る鬼によって、この世の地獄が形成される。


目に付いた者は誰であろうと皆殺しだ。


強者であろうと、弱者であろうと、分け隔てなく、その槍に貫かれて死んだ。


「な、何だ? 体が、勝手に…!」


「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! やめろ! やめてくれええええ!」


また違う場所では、人間同士が殺しあっていた。


意思に反して動く身体に絶望し、悲鳴を上げる人々。


「あははははは」


畜生道を司る鬼はそれを愉し気に嗤っていた。


また別の場所では、人も建物も全て炭化した瓦礫の上に立つ天道を司る鬼が。


傷一つなく事切れた屍の山に囲まれた人間道を司る鬼が。


食い千切られてバラバラになった肉片を手にした餓鬼道を司る鬼が。


趣味趣向は異なるが、それらは全て地獄。


六通りの地獄は人々を呑み込み、喰らい、殺し尽くす。


「愉しい。愉しいなァ! お前達もそうだったろう! 我らを滅ぼした時は愉しかっただろうなァ!」


各地から聞こえる断末魔に愉悦を浮かべながら、海若は叫ぶ。


「これは報復だ。復讐だ。応報だ! これよりは我らの時間だ! 今度は我らがお前達を滅ぼしてみせるぞ! はは、はははははははははは!」


それは人類に対する宣戦布告だった。








突如として始まった霊鬼六道による大虐殺。


当然ながら、各地に派遣されていた直毘衆はすぐに駆け付けたが、無意味だった。


前の戦いから十年間、身を潜めていた悪鬼達は予想以上に力を付けており、一人や二人の直毘衆ではまるで歯が立たなかった。


誰一人として暴れる悪鬼を止めることは出来なかったのだ。


丸一日殺戮を続けた後、鬼達は満足したように姿を消した。


前代未聞の大量虐殺。


国中が鬼の恐怖に包まれた。


「………」


しかし、これだけの被害を出していながら、コレは単なる宣戦布告に過ぎなかった。


その証拠に直毘国の首都。


帝の住まう都には、一切の被害が無かった。


前回の戦いでは百を超える鬼達が襲来したと言うのに。


恐らく、本命はこの後だ。


何度も何度も殺戮を続け、人々の心に恐怖を刻み付けた末に、都を滅ぼすつもりなのだろう。


直毘国の手足を捥ぎ、嬲り殺しにするのだ。


都に住まう人々は最悪の未来を想像し、絶望した。


「………」


直毘衆の隊長である頼光は、その能力故に国中の『声』が聞こえていた。


民衆と共に虐殺される者の断末魔、重傷を負って命辛々逃げ出す者の悲鳴。


国中から聞こえる同志達の声は、頼光を絶望に落とした。


「答えてくれ。無事な者は、早く連絡をくれ…!」


一睡もせずに天耳を開き続ける頼光。


頼光は帝の命令で都を離れることは出来ない。


だからどれだけ助けを求める声が聞こえても、向かうことは許されない。


それでも無事が知りたかった。


国中に散っていた直毘衆達。


一体、今何人が生きているのか。


『…隊、長…!』


「ッ! その声、つな君か!」


その時、頼光の耳に入ってきたのは馴染み深い男の声だった。


信乃や千代よりも以前から直毘衆に所属している古株。


都攻めが起こったすぐ後に直毘衆に入った元は都勤めだった男だ。


『鬼が、悪鬼が村を襲っています…! 俺だけでは、力が及ばず…!』


「何だって…?」


各地を襲っていた鬼は撤退したのではなかったのか。


いや、元々獣に近い思考回路を持つ鬼のことだ。


撤退命令を無視して、一人で暴れ続けているのかもしれない。


『ゴホッ…! 申し訳、ありません。俺は…彼らを救うことが、出来なかった…!』


「場所は! 君が今いる場所はどこだ!』


『…ひ、飛雲ひうん、村…』


ブツッとそこで通信は切れた。


飛雲村。


頼光は頭の中で地図を広げる。


(直毘衆の中で、一番近くにいるのは…!)


「…信乃君! 信乃君、聞こえているかい! 君に向かってもらいたい場所が…!」








「………」


国中が恐怖と絶望に包まれる中、その場所は普段と変わらずに静謐を保っていた。


都に設けられた牢獄。


その中でも、特別な立場にある者だけが収監される牢に男は座っていた。


「…外が騒がしいなー」


両目に布を巻かれて手足を縛られた男、蝦夷えみしは楽し気にそう呟く。


「外の音など聞こえんだろうが。適当なことを言うな」


看守の男が気味悪そうに言うが、蝦夷は笑みを浮かべたままだ。


目が塞がっていることも気にせず、足下をうろついていたネズミの頭を撫でていた。


「俺には聞こえるのさ。彼が、外の情報を持ってきてくれるからなー」


ネズミの頭をトントンと軽く叩きながら、そう言う蝦夷。


「世迷言を」


「世迷言じゃないぜー? その証拠に、俺は外で何が起きているのか全部知っている」


口元に笑みを張り付けたまま、蝦夷はその顔を看守へ向けた。


「鬼が、本格的に暴れだしたんだろ? 愚民共も直毘衆も結構死んじまったみてえだなー」


蝦夷はけらけらと嬉しそうに笑った。


心からその死を喜ぶように。


「仮にも民を護る直毘衆に所属していた者が! 民と仲間の死を嗤うのか!」


「ハッ、民? 仲間? あんな奴らを誰が護るって?」


激高する看守に対し、蝦夷は冷めたように吐き捨てる。


「直毘衆は鬼に対する切り札、都の守護者、なんて言葉で戦わせておきながら、アンタたちは俺に何を与えてくれた? 鬼を殺して人を護った所で、与えられるのは憎悪! 侮蔑! 殺意! それだけだ!」


蝦夷は、心の底に秘める憎しみを吐き出した。


直毘衆と言う存在が秘めている矛盾。


それに翻弄された男は、全ての人間を憎悪している。


「俺はもう誰の為にも戦わねえ! 俺は、俺自身の為だけに剣を振るう!」


「…そんな機会は、もう永遠にやってこない。お前はここで朽ち果てるだけだ」


「本当にそう思うかー?」


ニタリ、と蝦夷は嫌な笑みを浮かべた。


「鬼が本気を出して直毘衆も死んだ。今は、一人でも戦力が欲しい状況だ。それこそ、犯罪者の手を借りてでも、な」


「そんなことはない! 我々は、お前の手など…」


顔を真っ赤にした看守が叫んだ時、牢獄の扉が開く音が聞こえた。


段々と足音が近づいてくる。


「…ほーら、な?」


その正体を知り、蝦夷は言った。








鬼童丸きどうまるさん。聞こえていますか?』


「聞こえているよ。海若」


頭に直接響くような海若の声に、畜生道を司る鬼は頷く。


『あと撤退が済んでいないのはあなただけですよ。何をしているんですか?』


「いや、つい時を忘れてしまってね。僕の悪い癖だよ」


『では、まだ例の村にいるんですね? 今すぐ撤退して下さい』


その命令に対し、畜生道を司る鬼は蛇のような笑みを浮かべた。


「了解了解………それはそうと、槍爺はもう山に戻っているのかい?」


「戻ってますよ。今は勝手な行動をしたあなたに怒ってます』


「ふはっ」


その光景が目に浮かぶようだった。


恐らく、彼の性格上、命令無視したことではなく、自分ももっと暴れたかったと羨んでいるのだろう。


『ただでさえ、維那村で首を刎ねられて気が立っているのですから、これ以上挑発しないで下さい』


「維那村…」


『…? 何か言いましたか?」


「いや」


畜生道を司る鬼の笑みが深まる。


「これから大至急で戻るよ」


『そうして下さい。あんまり調子に乗って直毘衆に殺されない内に』


「おいおい、強さはともかく、生存能力に掛けては僕は槍爺以上だぞ? 心配要らないさ」


そう言って畜生道を司る鬼は通信を切った。


「はは」


いよいよ堪え切れなくなり、笑い声が漏れる。


海若にはあんな風に言ったが、すぐに帰るつもりなど微塵もなかった。


この村を蹂躙するのも愉しいが、それ以上の愉しみがもうすぐやってくる。


「槍爺の首を刎ねた妖刀使い、か」


畜生道を司る鬼は、別に戦闘狂と言う訳ではない。


酒吞童子のように戦いに主義も持ってもいない。


ただ、もし酒吞童子があれだけ殺したがっている獲物を自分が横取りすれば、彼はどう思うだろうか。


彼の獲物の首を手土産に山に帰還したら、彼はどんな顔をするだろうか。


そんな陰湿で悪辣な趣味を持っていた。


「さて、早く来ないかな…」


御馳走を待つ子供のように、鬼は嗤った。

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