第三十話 六道
『…と言う訳で、怪我人は数名出たが、死者は一人もいない』
通信越しに信乃は淡々と言葉を続ける。
今回、維那村を襲った鬼による被害の報告だった。
沈痛な面持ちでそれを聞きながら、頼光は口を開く。
「放火された社の方は?」
『…全焼だ。中に祀られていた雷切も、道雪の遺体も完全に燃え尽きた』
「………」
それは何とも、惨い話だ。
頼光は道雪の娘をよく知っている。
周囲の期待に押し潰されそうになりながらも誰一人憎むことなく、ただ愚直に父の背を追いかけ続けた娘。
彼女がいつか引き継いで見せると言っていた刀は、失われてしまったのか。
『千代が言うには、連中の狙いは最初からそれだったのだろう、と。かつての戦いで鬼達を苦しめた雷切を処分することが今回の襲撃の目的だった』
酒吞童子はあくまでも信乃達の眼を集める為の陽動。
本命は社に侵入した海若の方であり、雷切を社ごと焼却した。
「…千代君はどうしている?」
『顔にはあまり出さなかったが、だいぶ参っているみたいだな』
無理もない。
雷切は親を失った千代にとって心の拠り所だった。
それが憧れていた父の棺と共に失われるなんて、どれだけの苦痛だろうか。
「………」
『…そんなに心配するな。今は落ち込んでいるが、この程度で腐るような奴じゃねえよ』
「………うん。そうだね」
彼女は強い女性だ。
どれだけ理不尽な言葉を掛けられても、彼女は足を止めなかった。
その強い心を、信じるしかないだろう。
『それより、本題に入るぞ』
「…本題?」
『お前も薄々気付いているんだろう? 今回の襲撃が妙だと』
信乃は確信を持って自分の考えを告げる。
『ただ壊すだけなら、酒吞童子一人で事足りる。俺達を殺して、そのついでに社もぶっ潰せば良いだけだからな』
それなのに、そうならなかった。
酒吞童子はただ村で暴れることだけに執着し、社には見向きもしなかった。
そして、その隙に海若は社に侵入した。
生き残った者の話では、わざわざ姿を変化させていたようだ。
周囲の目から身を隠すように。
『そもそも、何で社に放火する必要があったんだ? 雷切を見つけたなら、その場で折れば終わりだろう』
「確かに、そうだね。恐らく、社に放火した理由は…」
『雷切が焼失したと思い込ませる為』
燃え尽きた社は、中の状態が全く分からなくなっていた。
雷切や棺があった場所も、原型を留めていない炭と灰があっただけで、それが何なのか分からなかった。
何一つ残っていなかった為、燃え尽きた物だと思い込んでいたが、そうでないとすれば…
社が焼け落ちる前に、雷切が持ち出されていたとすれば。
『なあ、頼光。妖刀ってのは、鬼でも使える物なのか?』
「聞いたことはないね。鬼は基本的に武器には頼らないから」
とは言え、酒吞童子と言う変わり種がいたのも事実だ。
槍を使う鬼がいるように、刀を使う鬼がいても不思議ではない。
「雷切は、鬼達に盗まれた可能性が高い」
それこそが今回の襲撃の本当の目的ではないだろうか。
人間の強力な武器である妖刀を奪い取る。
その為に、海若は今回の事態を引き起こした。
「このことは、千代君には内緒だよ」
『分かっている。教えたら絶対、今からでも追いかけるに決まっているからな』
信乃は静かな声で言った。
『あの人外魔境………鈴鹿山に』
「………」
「いい加減、機嫌直して下さいよ」
本拠地である鈴鹿山へ帰還した海若は、不機嫌そうな仏頂面を浮かべる酒吞童子に言った。
戦いを止められたのが気に食わないのか、酒吞童子は口を開かない。
「人間なんぞに首を刎ねられて気分が悪いのは分かりますが、今は雌伏の時なんですよ」
宥めるように言いながら、海若は面の下で笑みを浮かべる。
「それに、もうすぐ全ての霊鬼が揃います。そうすれば機会は幾らでもあげますから」
「ふん」
海若の言葉で一先ず機嫌が直ったのか、酒吞童子は鼻を鳴らした。
腰に下げた瓢箪に入った酒を浴びるように飲み始める。
「何だ、槍爺。まさか、人間に負けたのか?」
その時、ようやく落ち着いた酒吞童子の心を煽るような声が聞こえた。
ぎろり、と酒吞童子は木に上った、その鬼を睨みつける。
「この儂が人間などに負けるか! ただ油断しただけだ!」
「それを負けたって言うんじゃないの? あはは」
「貴様…!」
顔を真っ赤にして声を荒げる酒吞童子。
神経を逆撫でするような笑い声を上げる鬼。
そんな二人のやり取りを見て、海若は大きくため息をついた。
「仲良くしろとは言いませんから、仲間内で殺し合うのだけはやめて下さいね」
「そんなことしないさ。だって、僕は槍爺のこと大好きだからね」
何が可笑しいのか、けらけらと嗤う男。
「それにしても、槍爺の首を取るなんて、相手は一体誰だい?」
「直毘衆ですよ。維那村に居た妖刀使いです」
「…へえ」
その言葉を聞いた鬼は、悪戯を企んだ童子のような顔で嗤った。




