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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第三話 弓


鈴鹿の友人であった胡蝶は死んだ。


駆け付けた男達によって血塗れの胡蝶は死亡が確認され、遺体は埋葬する為に神社に引き取られた。


不幸中の幸いと言うべきか、その場に居合わせた鈴鹿が罪を問われることはなかった。


持っていたのは神事用の梓弓だけだったので、それで人体を切断するのは不可能と判断されたのだ。


「………」


男達は鬼の仕業かも知れない、と鈴鹿に告げた。


鈴鹿は知らないことだったが、鬼とは時に人に化けることがあるらしい。


人を惑わす妖術と、人を容易く両断する怪力。


どちらも鬼の特徴だった。


確かに、言われてみればあの男は人ならざる雰囲気を持っていたような気もする。


あの冷たい殺意は、常人の物ではなかった。


一度だけ見た男の眼光を思い出すと震えが止まらなくなるが、同時に怒りも抱く。


当然だろう。


あの男が何者であれ、鈴鹿の友人を殺害した殺人鬼(・・・)だ。


人を殺す鬼だ。


絶対に許さない。


必ず見つけ出して、その報いを受けさせてやる。


鈴鹿はそう心の中で誓った。








翌日の朝は、鈴鹿の心とは裏腹に快晴だった。


昨日までの雨が嘘のように、雲一つない青空。


強い日差しを浴びながら、鈴鹿は目を細める。


「………」


鈴鹿は昨日あの男が現れた場所に来ていた。


感傷ではない。


男を探し出す為に来たのだ。


「ッ」


鈴鹿は背負っていた梓弓を手に取る。


矢筒から矢は取らず、ただ弦を弾き、音を鳴らした。


鳴弦めいげん『六根清浄』」


心身の穢れを祓う音が響き、感覚が研ぎ澄まされる。


その眼は千里を見通し、その耳は千の音を聞き分ける。


コレが梓弓を片手に旅をする神社に属さない『梓巫女あずさみこ』の秘術。


呪術とも呼ばれる、神憑かみがかりの術。


「…居た」


その姿を捕え、鈴鹿は小さく口にする。


下手人は、まだ町から出ていなかったようだ。


すぐに鈴鹿は術を解き、その場所へ向かった。


「………」


例の男は、昨夜と変わらない恰好をしていた。


笠は被っていなかったが、牡丹柄の派手な着物はそのまま。


長い髪と女性のような端正な顔立ちを晒し、すれ違った男達が振り返っている。


流石に刀は腰に差していない。


「………」


コレは好機かもしれない。


今、奴は武器を持っていない。


それなら術で身体能力を強化した鈴鹿の方が有利だ。


「!」


ふらふらと目的も無さそうに歩く美貌の男は、路地裏へと入っていった。


鈴鹿はそれを急いで追いかける。


「………居ない?」


慌てて飛び込んだ路地裏に、男の姿は無かった。


どこかの建物に入ったのか?


そう疑問に思い、辺りを見回す鈴鹿。


「誰かと思えば、お前か。小娘」


その時、背後から冷たい男の声が聞こえた。


鈴鹿は咄嗟に弓と矢を掴み、振り返る。


「こ、胡蝶の仇です…!」


弓を引き絞り、鈴鹿は矢を男へ向けた。


「ハッ、やめておけ。その矢、やじりを潰してあるだろう? 俺には効かねえよ」


「この矢は人ではなく、魔を祓う破魔の矢です! 悪鬼め、覚悟!」


弦を鳴らすだけ魔を祓うと言われる梓弓。


その弓で放つ矢は、あらゆる妖気を祓い、魔を滅する。


幾ら人を超えた鬼であっても、多少の傷は与えられる筈。


鈴鹿の手から矢が放たれる。


「…鬼、だと?」


しかし、その矢はあっさりと掴み取られた。


矢を握り締めたまま、男の雰囲気が変わる。


今までのどこか見下すような冷笑的な雰囲気ではなく、怒りに顔を歪めていた。


「おい、この俺を鬼と呼んだのか? 餓鬼の悪口に腹を立てるほど狭量ではないつもりだが、撤回するなら今の内だぞ?」


バキバキと音を立てて、男の手の中で矢が握り潰された。


「……ッ」


鋭い刃のような殺意に貫かれ、鈴鹿は尻餅をつく。


髪に付けていた赤い簪が落ち、地面とぶつかる音がどこか遠くから聞こえた。


「チッ」


不機嫌そうに舌打ちをして、男は一歩前に出る。


その際、足に簪がぶつかった。


「あん?」


足に当たった物に気づき、殆ど反射的に男は簪を拾った。


見事な簪だった。


鈴鹿の身に着けている何よりも価値があるかも知れない。


「か、返して、下さい」


興味深そうに眺めていた男に、鈴鹿は怯えながら言う。


「それ、母の形見、なんです。唯一の、家族の思い出、なんです…」


「………」


男の殺気に当てられて震えつつ、鈴鹿は男を睨んでいた。


そんな弱々しい姿を見て、男は一つため息をつく。


「俺が、こんな物を欲しがるように見えたか? ほれ」


呆れたように男は手にした簪を鈴鹿の頭に着け直した。


いつの間にか殺気は消えていた。


表情も、少しだけ柔らかい物に変わっていた。


「あ、あの…」


「俺があの女を斬った理由を知りたいか?」


「…え?」


男は鈴鹿の目を真っ直ぐ見つめて、そう尋ねた。


「…ついてこい。お前に真実を教えてやる」


一方的にそう言うと、鈴鹿に背を向ける男。


「あの…!」


「別について来なくても構わん。その代わり、二度と俺に関わるな」


すぐに追いかけることが出来ない鈴鹿に男は振り返らず告げる。


本当のことを知りたくないのなら、来なくても構わない。


その場合は、二度と自分に関わらないことを誓ってもらうが。


「い、いえ、あの、違って…」


「あん?」


もごもごと言う鈴鹿を訝し気に思い、男は振り返る。


「こ、腰が抜けちゃって…」


「……………」


動きが止まり、男の眉がみるみる内に吊り上がっていく。


「…あぁ!? コレだから女って人種は嫌いなんだよ!?」


「し、仕方ないじゃないですか! 怖かったんですからー!」

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