第二十五話 戦鬼
「くかかかか! そらそらそらァ!」
「………」
笑いながら槍を振るう酒呑童子に対し、信乃は防戦一方だった。
槍と刀であること以上に、間合いに差があり過ぎる。
酒呑童子の握る槍は、七尺を超える大樹のような大槍だ。
それを軽々と片手で振り回す酒呑童子の攻撃を躱すのは信乃でも容易いことでは無かった。
(槍は間合いが長い分、懐に入られると弱い…か!)
「『天泣』」
一瞬の隙を突き、信乃は神足を発動する。
縮地と呼ばれるまでに昇華した信乃の神足による突きは直毘衆最速の一撃だ。
しかし、
「人間にしては速い」
その一撃は、酒呑童子にいとも簡単に防がれてしまった。
力だけでは無い。
速度も判断力も、信乃と同等以上だ。
(何だ、このやり辛さは。不意打ちを見抜かれ、隙を突いたと思ったら防がれる…)
今まで戦ってきた鬼達とは違う。
ただ人を喰らう為だけに生きてきた化物とは違う。
コイツには知性がある。
槍を振るう技術があり、敵の行動を予測する戦術眼がある。
信乃以上に、戦い慣れしている。
「つまらん。少しは期待したが、所詮は道具に頼った未熟者か」
「何?」
「妖刀。確かに便利な代物のようじゃが、最後に頼れるのは己が肉体。そして技術のみよ!」
(何か、来る…!)
強力な攻撃が来ると考え、先手を打つべく信乃は剣先を酒呑童子の足下へ向けた。
「『銀竹』」
瞬間、地面から無数の氷柱が伸びる。
どれだけ巨体であろと、地に足をつける生き物である以上足は弱点だ。
酒呑童子の槍を避けながら用意していた水を凍らせ、その足を狙う。
「…!」
だが、氷柱が酒呑童子の足を貫く直前、その姿は霞のように消えてしまった。
標的を失った氷柱が空を切る。
(妖術?…いや、違う。これは…!)
「上よ!」
千代の声を聞き、咄嗟に頭上へ目を向ける信乃。
そこに酒呑童子がいた。
一息で跳躍することで氷柱を回避した酒呑童子は、そのまま空中で身体の向きを変える。
頭から落下しながら、その手にした槍を地上へ向けて信乃を睨んだ。
「我流『落葉』」
「なっ…」
空中で放たれた無数の突きを見て、信乃は絶句する。
まるで槍が増えたかのような光景だが、それは妖術では無い。
「武術、だと?」
コレは人間の技術だ。
ただ力任せに槍を振り回す化物の技術では無い。
信乃や千代のように長く鍛錬を重ね、磨き上げた技だ。
それがあるからこそ、信乃や千代は人間でありながら怪力を持つ鬼と戦える。
しかし、もしその鬼が怪力をそのままに、信乃と同等以上の技術も手に入れたら…?
「くかかかかかかか!」
槍は舞い散る葉の如く、地上へ降り注ぐ。
逃げ遅れた人々も、壊れかけた建物も、
その全てが粉々に砕け、押し潰された。
「ふう。年甲斐も無く、張り切りすぎたかのう?」
土煙が舞い上がる中、地上に降り立つ酒呑童子。
「もう終わりか?」
「………」
退屈そうに呟く酒呑童子の視線の先では、浅くない傷を負った信乃が立っていた。
「信乃…あなた…」
「槍が数回掠っただけだ」
それは強がりでは無く、真実だった。
百を超える槍を回避し、躱し損ねたのはたったの数回。
ほんの少し、脇腹や肩を掠めただけだった。
それでこのざまだ。
肉を抉られた脇腹からは次々と血が溢れ、左肩は全く動かなくなった。
(餓鬼を超える鬼。まさか、ここまで…)
「闘志が尽きぬのは良いことじゃ。だが、実力が伴わなければ悪あがきに過ぎん」
「………」
「では死ね。我が槍に貫かれよ、肉塊」
「千代さんは無事だろうか…」
千代の世話を焼いていた若い坊主は、心配そうに呟いた。
村に鬼が現れたのは気付いているが、彼には社を護ると言う使命があった。
故に、ボロボロの身体で走り出す千代を見送ることしか出来なかった。
(業腹だが、あの女男に任せるしかないか)
今の千代が戦えないことは理解していた。
それでも止めることは出来なかった。
きっと、自分がどんな言葉を掛けても彼女の意思を曲げることは出来ないから。
「ん?」
無力感を噛み締める坊主はふと、足音を耳にした。
うっかり聞き逃しそうになるほど小さな音。
見ると、そこには瓜柄の着物を着た少女が立っていた。
「そこの娘、早く家に戻れ。今、外は危険だ」
「………」
頭に狐面を引っ掛けた少女は何も答えない。
それどころか、ゆっくりと坊主に近付いてくる始末。
「聞き分けの悪い子供だ。拳骨が欲しいのか?」
拳を振り上げて脅すように言うが、少女の表情は変わらない。
無愛想な子だと坊主はため息をつく。
「…隙あり、ですね」
「なっ、うぐっ…!」
突然発せられた男の声に驚く間も無く、坊主は胸に衝撃を感じた。
鋭い痛みを感じ、坊主の視界がボヤけていく。
「いやぁ、人間の苦しむ顔は、いつ見ても良い物ですね」
突き刺した脇差を引き抜き、少女は愉悦を浮かべる。
「く、そ…」
ドサっと音を立てて坊主は事切れた。
少女は悪辣な笑みを浮かべたまま、坊主の死に顔に触れる。
「あなたの『顔』も貰いますね? はは、あはははははははは!」
ぐちゃり、と果実を潰すような音が響いた。




