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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第二十二話 傷


「しかし、今日は意外な物ばかり見る日ね」


坊主が用意した茶を啜りながら千代は呟く。


信乃と鈴鹿が案内された場所は、社の中にある一室だった。


坊主が女人禁制だと言っていた筈だが、千代はまるで自室のように寛いでいた。


「信乃が私を訪ねて来るのも意外だったけど、それ以上に女嫌いのあなたが女の弟子を取るなんてね」


千代は居心地悪そうに畳に座っている鈴鹿を見つめた。


「あの、ごめんなさい。信乃さんには一度断られたんですけど、私がしつこく…」


「ああ、別にあなたを悪く言うつもりはないわ。むしろ、良くやってくれた」


小さくなる鈴鹿を安心させるように、千代は笑みを浮かべた。


「その調子でこの男を更生させてくれると助かるわ。苦労が多いだろうけど、頑張って」


「!」


「あ、食べる? お団子は好きかしら?」


(この人、良い人だ…!)


笑顔で串団子の乗った皿を差し出す千代を見て、鈴鹿は少し感動した。


思えば、これまで出会った直毘衆は信乃と言い、蝦夷と言い、ろくな人間がいなかった。


きっと、千代も直毘衆らしく常人とはズレた危険人物なのだろうと思っていたが…


「良かった。他の直毘衆みたいに変な人じゃなくて…」


「ほう。その変な人ってのは俺のことじゃねえよなぁ、鈴鹿」


「も、勿論ですよ」


「目を見て話せ」


「う、うう…」


目を泳がせていた鈴鹿の顔が青褪める。


だらだらと冷や汗を流す鈴鹿と、それを睨む信乃を見て、千代は深くため息をついた。


「年下の女の子を虐めるものじゃないわよ、信乃」


「虐めてねえよ、弟子の教育だ。これでも師匠だからな」


「…へえ。案外乗り気なのね。あなたってそんなに面倒見良かったかしら?」


珍しい物を見たかのように千代は薄い笑みを浮かべる。


「それとも既に、更生していたのかしらね?」


「喧嘩売ってんのか。俺が何でここに居るのか、忘れた訳じゃねえだろ」


信乃が冷たい目で千代を睨み、部屋にピリピリとした緊張が走る。


「天耳を閉じて行方を晦ませるなんて何を考えている? 更生が必要なのはどっちだ?」


「………」


千代は無言のまま、信乃の顔を睨み返す。


その顔に、先程までの親し気な笑みは浮かんでいない。


「まあ、大体は予想がつくがな」


皿から串団子を取りながら、信乃は嫌味な笑みを浮かべた。


「生真面目なお前が頼光からの通信を無視する筈が無い。なら、通信に応えなかったのではなく、応えられなかったんだろう?」


「そうね。その通りよ…」


そう言って千代は包帯が巻かれた左肩を撫でる。


さっきから殆ど動いていない左腕と左肩を。


「怪我、か。何があった?」


「…数日前に、鬼がこの村を襲ったの」


千代は苦々しい表情を浮かべて告げた。


「今まで見たことも聞いたこともない鬼だった。七尺を超える大男の鬼で、身の丈以上の巨大な槍を使っていたわ」


「武器を使う鬼だと?」


不思議そうに信乃は呟く。


通常、鬼は基本的に武器を使わない。


そもそも使う必要が無いのだ。


人間を引き裂き、肉を喰らうだけなら、爪と牙があれば事足りる。


化物染みた怪力を誇る鬼に、武器を扱う技術があるとも思えない。


少なくとも、今まで信乃が出会った鬼の中に武器を使う者はいなかった。


「普通の鬼とは、何かが違った。凶暴で残忍なのは変わらないけど、どこか人間に似た狡猾さも持ち合わせていたわ」


(…狡猾さ)


信乃の脳裏に、海若の姿が過ぎる。


千代が出会ったと言う鬼とは外見特徴が違うが、あの鬼もどこか普通の鬼とは違う雰囲気を持っていた。


獲物である人間を前にして逃走を選び、追いかけてきたことを知れば、身を潜める。


どちらも単純で獣のように欲に忠実な鬼の特徴から外れる行動だった。


「私は、アイツに勝てなかった。地に伏した私を嘲笑いながら、アイツは言ったのよ…」


ギリッと千代は歯を噛み締めた。


「『弱肉(・・)は殺さぬ。我が槍が穢れるからのう』ってね…!」


屈辱だった。


いっそ殺された方がマシだと思えるほどに。


意識を取り戻した後、自ら命を絶とうかと思うほどに。


「…ボロボロって訳か。心も体も」


「………」


自力で天耳を開くこ(・・・・・・・・・)とも出来なくなる程に(・・・・・・・・・・)


当然ながら、千代は頼光にこの鬼について報告しようとした。


自分だけではこの村を護ることが出来ない、と助けを乞おうとした。


しかし、痛めつけられた身体がそれを許さなかった。


外から見て分かる傷だけではない。


限界を超えて肉体を酷使したことで、妖力を扱う感覚が麻痺している。


今の千代は、戦うどころか三明の術を使うことさえ不可能だ。


「仕方ねえな。乗り掛かった舟、と言うやつだ」


フッと息を吐き、信乃は食い終わった団子の串を千代に向けた。


「お前の調子が戻るまでの間、俺がお前を護ってやる(・・・・・・・・・・)


「!」


瞬間、千代の顔色が変わった。


静かな怒りが殺気となって、信乃へ突き刺さる。


思わず刀に手を掛けそうになった所で、千代は深く息を吐いた。


「キレるなよ。お前が他人の力を借りるのを嫌がることは知っているが、そんなことを言っていられる状況かよ?」


「…分かっているわよ。だから抑えたわ」


「殺気が抑えきれてねえんだよ。全く、凶暴な女だぜ」


お前が言うな、と千代はまた信乃を睨みつける。


「まあ、嫌味を言うのはこれくらいにするか。年下の女(・・・・)を虐めるのは良くないらしいからな」


「…ッ」


その言葉にまた千代は刀を抜きそうになるが、何とか堪えた。


それでも女と侮られた怒りは抑えきれないのか、殺気立った目で睨んでいる。


(…こ、怖い)


会話に参加せず、すぐ隣で様子を見守っていた鈴鹿は小刻みに震えていた。


直毘衆の中では比較的常識人に見える千代だったが、その怒りと殺気は信乃と比べても劣る物ではない。


と言うか仲が悪すぎる。


信乃と言い、蝦夷と言い、千代と言い、同じ組織に所属していると言うのに、どうしてここまで仲が悪く出来るのか。


早くこの空間から逃げ出したい、と鈴鹿は小動物のように怯えながら思った。








「村外れに今は使われていない家屋がある。しばらくはそこで過ごしてもらうからな」


鈴鹿の心臓に悪い会合を終えて、二人は坊主の案内で村を歩いていた。


どうやら、滞在中の家を用意してくれるようだ。


「今は使われていない、か。そいつも例の鬼にやられたのか?」


「…そうだ。数日前の襲撃で、村には多くの犠牲者が出た」


沈痛な面持ちで坊主は言った。


その時の襲撃で知り合いでも亡くなったのだろうか。


「千代さんには感謝している。あの人がいてくれて本当に良かった」


「鬼に負けたのにか?」


「あの人を悪く言うんじゃない…! 千代さんは我らを護る為、鬼の前に身を投げ出し、血を吐きながら戦ってくれたのだ!」


若い坊主は顔を真っ赤にして、信乃を睨んだ。


この男に限らず、きっと村中の人間が彼女に感謝しているのだろう。


だからこそ、彼らにとって英雄の眠る神聖な場所である社に彼女を住まわせ、その傷が早く癒えることを願っているのだ。


「ん。失言だったかな? 確かに、他人の為に命を懸けるってのは誰にでも出来ることではないな。気を悪くしたなら、謝罪しよう」


無用な争いを避けるべく、信乃は坊主に向かって頭を下げた。


別段、千代の行いを否定する意図はなかった。


真似しようとは思わないが、人道的な行為だとも理解している。


「………」


坊主はその謝罪に何も言わず、案内を再開した。


「…その思ったことをそのまま言う癖、やめて下さい。心臓に悪いです」


「お前が言うな。頭で思ったことがそのまま口から出てくるのは、お前の方だろうが」


「そんなこと無いですよ。私はちゃんと考えて喋ってます」


心外そうに言う鈴鹿だが、心外なのは信乃の方だった。


口調こそ丁寧でありながら鈴鹿も信乃に負けず劣らず口が悪い時がある。


本人に自覚は無いようだが。


「それにしても、凄い剣幕だったな。他人のことであそこまで本気怒るか?」


「あれじゃないですか? 恋、と言うやつでは?」


「恋? アイツ、坊主だろうが」


こそこそと坊主に聞こえないように小声で二人は話す。


「つーか、考えてみればアイツ、女人禁制がどうの言ってたくせに、社に女を匿ってやがったのか」


「言い方が悪いですよ。本当のこととは言え(・・・・・・・・・)、もう少し言い方を…」


ぴくり、と先を歩く坊主の肩が動いたが、二人は気付かなかった。


「何と言う生臭坊主………いや、そもそもアイツは俺の裸にすら興奮していたな、衆道とは何とも高貴な趣味をお持ちで」


「それは分かりませんよ。あの時の信乃はどこからどう見ても女性でしたから、そう言うご趣味かも…」


ぷるぷる、と坊主の肩が怒りで震えていたが、二人は会話に夢中で気付かなかった。


「ええい! さっきから聞いていれば、人のことを変態みたいに言うんじゃない! この毒舌師弟が!」


「うおっ、聞こえてたか。でも、お前が千代に欲情を抱いているのは本当だろう?」


「言い方!? そんな不埒な感情は抱いておらんわ!」


「しかし、残念なことにお前はアイツの好みから外れているぞ」


「何だと!?………ぐ、具体的には、どんな男が好みなんだ? い、いや、別に私には関係ないのだが…」


明らかに動揺しながら尋ねる坊主に、信乃はニヤリと笑う。


「ほれ見ろ。やっぱり興味あるんじゃねえか、このスケベ」


「だ、黙れええええええ!?」

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