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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第十九話 道中


「信乃さん。一つ聞いても良いですか?」


頼光の依頼を受け、貝寄村を後にした二人。


変わり映えしない道中に退屈したのか、鈴鹿は口を開く。


「これから向かう村には、直毘衆の方が居るんですよね?」


「生きていれば、な。連絡が取れなくなって数日経つ。墓に収まっていても不思議じゃねえ」


同じ直毘衆の話なのに、どうでも良さそうに言う信乃。


蝦夷の時もそうだったが、あまり仲間意識と言う物を持っていないのだろう。


生存確認に行くのは、あくまで頼光への義理を果たす為。


その相手の心配は少しもしていない。


「どんな方なんですか?」


「………」


鈴鹿の言葉に、信乃はじろりと不機嫌そうに視線を向けた。


理由は不明だが、話したくなさそうだ。


「名前は千代。女だ」


「へえ、女性の方なんですか。直毘衆って男の方ばかりかと思ってました」


「大半は男だ。女は珍しい」


「ふむふむ」


「………」


「…え。それだけですか?」


どれだけその千代と言う人の話をしたくないのだろうか。


女嫌いの信乃とは言え、少し変だ。


「アイツはまあ、何と言うか、変な奴だ」


「今までにまともな直毘衆の方が居ましたっけ?」


「…お前は本当に正直な奴だな。感心するよ」


「そう思うならその振り上げた拳を下ろして…痛い!」


また余計なことを言った鈴鹿に拳骨を落としながら、信乃は思い出す。


正直なところ、信乃は千代のことを多くは知らない。


都に居た頃は何度か顔を合わせたが、女嫌いの信乃は男に交ざって鬼と戦おうとする千代を嫌っていたし、千代もそんな信乃の態度を嫌っていた。


同じ直毘衆なのだから妖刀を持ち、三明の術を修得しているのだろうが、戦っている所を見たことすら無かった。


「クソが付くほど真面目な奴だったな。直毘衆は自分の為にしか剣を振るわないが、アイツにとっては直毘衆の下で戦うこと自体が、剣を振るう理由なのだろう」


直毘衆は個人主義者ばかりだが、組織の命令に忠実な者もいる。


鬼を斬る愉しさに耽溺する者、


鬼から人を護っている自身に陶酔する者、


など、ただ直毘衆に居ること自体が報酬になっている者も多い。


民衆にとって偶然無害な存在だと言うだけで、どれもこれもまともな人間とは言い難いが。


「まあ、アイツは比較的マシな方だ。蝦夷のように人道に外れたことをするような奴じゃない」


直毘衆に居ること自体が戦う理由なのだから、その地位を失うようなことは絶対にしない。


「…どちらかと言えば、正道から外れることが出来ず、命を落としそうな奴だな」


複雑そうな表情で信乃は吐き捨てる。


情が深いと言えば聞こえは良いが、それは甘さを捨てられないと言うことだ。


関わった者全てに感情移入していたら、鬼切は生きられない。


強大な鬼を相手にする鬼力は、時に敵へ背を向けなければならないこともある。


鬼に喰われる人間の悲鳴を聞きながら、振り返らずに逃げなければならない時が。


そんな時に、あの女は逃げないだろう。


目の前で殺される者を見捨てることが出来ない。


「…弱いくせに何一つ諦めることが出来ない。一番嫌いな類の女だ」


「………」


「女は家ではたでも織っていれば良いと思わねえか? わざわざ危険な戦場に出るのは馬鹿のすることだ」


段々と分かってきたことだが、信乃は女と言う存在全てを嫌っている訳では無い。


危険な仕事は男の役目だと言う考えが根底にあるのだろう。


女が危険な目に遭うことが嫌いなのだ。


男より情が深く、戦いに向かない存在だと知っているが故に。


千代に対して抱いている感情も、嫌悪以上に憐憫に近い感情を抱いているように見えた。


(…捻くれてますねー。本当に)


思わず苦笑を浮かべる鈴鹿。


要は『心配』しているわけだ。


本人は絶対に認めないだろうけど。








「道を間違えたかのう」


同じ頃、ぽつりと酒吞童子は呟いた。


「だから言ったじゃないですか、さっきの分かれ道は右だって」


酒吞童子の腰くらいまでしか背丈の無い海若は、憤慨したように言った。


つい先程の分かれ道で迷った際、海若の意見に聞く耳持たず、強引に連れて来られたのだ。


急いでいると言うのに、無駄な時間を過ごしてしまった。


文句の一つも言いたくなる。


「いや、お主のことじゃからてっきり嘘をついているのかと。天邪鬼だけに」


「…私はそんなしょうもない嘘はつきませんよ」


確かに、天邪鬼とは伝承で嘘つきであり、人を騙すことを好む捻くれ者だ。


そして、その名を名乗る鬼である海若も同様の性格をしている。


だが、それでも分別はついている方だと自負しているのだ。


意味もなく同胞を欺いて悦に浸ることなどない。


空気は読める鬼なのだ。


少なくとも、目の前で酒盛りを始めようとしている老鬼よりは。


「って何しているんですか!」


「走ったら喉が渇いた。酒が呑みたくなった、酒吞童子だけに」


「勘弁して下さいよ、酒吞さん。あなた、酔ったら歯止めが利かなくなるでしょう?」


ゴクゴクと酒の入った瓢箪を傾ける酒吞童子を見て、海若は頭痛を抑えるように額に手を当てる。


「大体、コレが呑まずにいられるか。好きに暴れられると思ったから、お主の使い走りになったと言うのに七面倒な注文ばかり」


「…あのですねー。私は最初から伝えていたんですよー? 話半分で走り出して、挙句要件を忘れていたのは酒吞さんでしょうが」


このボケ老人が、と内心毒づきながら海若は深いため息をつく。


とは言え、酒吞童子の戦力があることは有り難い。


海若の同胞の中でも上位の実力を持つこの男が居れば、大抵の問題は片付くだろう。


酒吞童子が無駄に暴れたせいで、恐らく村には鬼切が派遣されているだろうが、誰が来ても問題ない。


そう思う程度には、酒吞童子の実力を信じていた。


「ああ、村に着く前に言っておきますけど『アレ』は使わないで下さいね? まだ調整中ですので」


「ふん。例え妖刀使いが百人来ようと儂が本気を出すまでもない。余計な心配じゃ」


「そうですか。それは何よりです」

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