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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第十八話 悪鬼


維那いな村。


これと言って珍しい特徴の無い村だが、ある英雄(・・・・)の出身地と言うことでよく知られる場所だ。


村の中心には、その英雄を祀った社があり、彼に憧れる修験者が日夜修業をしていた。


数日前、この村は悪鬼の襲撃を受けた。


何の前触れもなかった。


唐突に村へ出現した悪鬼は、まず女子供を数人殺し、挑発するようにその血肉を喰らって見せた。


『かかか! 脆い! 脆すぎるぞ、人類!』


酒吞童子、と名乗った悪鬼は手にした槍を使い、虐殺を続けた。


村を護る為に立ち向かった戦士達を嬉々として殺害し、


怯えて逃走する者の背も、容赦なく槍で貫いた。


このままでは、村が滅びるのも時間の問題。


それを理解した()は刀を取った。


この鬼は、今までに出会ったことのない怪物だ。


それでも、自分なら勝てる筈だ。


否、勝たなければならない。


この程度の壁を越えられなくて、何が直毘衆(・・・)か。


女は自身の命すら擦り減らすつもりで、悪鬼と戦った。


限界以上の力を出し切り、戦い続けた。


しかし、


『面白い。面白いな! コレが妖刀とやらの力か? 所詮は子供騙しと思っておったが、中々…』


悪鬼は、酒吞童子は、ニタリと笑みを浮かべた。


『見世物としては、上等よな! かかかかか!』


嘲笑だった。


戦いにすらならなかった。


今まで修業し、鍛え上げた女の剣は、まるで届かなかった。


『余興の礼じゃ。苦しまずに殺してやろう、肉塊』


悪鬼は異形の槍を倒れた女に向ける。


女はもう、指一本動かすことが出来なかった。


致命傷を負ったのではない。


限界を超えて術を酷使した代償だ。


『………』


これだけ身体がボロボロになるほどに力を使っても、悪鬼に傷一つ負わせることが出来なかった。


肉塊。そう、肉塊だ。


抵抗すら満足にできない女は、あの悪鬼にとってただの肉の塊に過ぎなかったのだ。








『…実は、また連絡が付かない子がいるんだ』


未だ貝寄村に滞在していた信乃は聞こえた声に露骨に顔を顰めた。


「餓鬼の面倒を見るのが俺の仕事じゃねえんだけどな」


誰だか知らないが、蝦夷の二の舞は勘弁である。


そもそも、直毘衆は仲良しこよしの組織では無いのだ。


むしろ、個人主義者が多い分、仲は悪い。


多少の単独行動は、大目に見た方が上手く行く物だ。


「どうせ、任務に夢中になって定期連絡を忘れてるだけだろ。そう言う奴に何人か心当たりがある」


蝦夷は隠れて虐殺を行っていた訳だが、流石にそこまでの問題行動を起こす奴はそうそういない。


どいつもこいつも善人とは言い難いが、誰もが直毘衆でなければ叶えられない望みを持っている。


故に、自ら地位を失うような真似はしない筈だ。


『うん。確かにそう言うことはよくある…って言うか、君もその内の一人なんだけど』


それでも納得がいかないように頼光は言う。


『だって、連絡が付かない相手は千代ちよ君なんだよ?』


「…あの女、か」


その名前を聞き、信乃の顔が更に不機嫌そうに歪んだ。


元々女嫌いだが、特に嫌そうに顔を顰めている。


同時に、頼光の態度にも納得した。


確かに奇妙な話だ。


信乃の知る千代、と言う女はクソが付くほど真面目な性格。


それが連絡を切って悪事を働くなど有り得ないし、任務に夢中になって連絡を忘れるなど、もっと有り得ない話だ。


『何かあったんじゃないか、って思ってさ』


「何かあったどころの話じゃないだろ。あの女がお前の連絡に出ないとか、生きている内は有り得ない」


つまり、もうとっくに死んでいるのではないか、と信乃は言う。


理由は幾らでもある。


鬼と戦って死んだか、或いは事故か、


鬼切が目立ちすぎて人の恨みを買い、寝込みを襲われて死んだと言う話も聞いたことがある。


『こんな仕事に着いているから多少は覚悟しているけどね。彼女のことは妹か娘みたいに思っているからさ、せめて僕よりは長生きして欲しいんだよね…』


「………」


『…あ、勿論。信乃君のことも弟か息子のように思っているよ?』


「…聞いてねえよ」


苦虫を嚙み潰したような表情で吐き捨てる信乃。


死亡確認なんて碌な仕事じゃない。


仮に生きていたとしても、あの女とは会いたくない。


それが本音だが、断るのも何だか気が引ける。


何だかんだ言って、付き合いの長い頼光の言葉には信乃も素直に従っているのだ。


「…はぁ、仕方ねえな。場所は?」


『維那村』


「あの女、まだ諦めてなかったのか」


その村の名を聞き、信乃はまた眉を動かした。


『まあ、彼女にとってはアレが生き甲斐みたいな所あるしね』


「いい加減諦めろっての。あの刀は、人間が扱える物じゃねえよ」


『それを言ったら、直毘衆の英雄は化物ってことになっちゃうけど?』


「化物だろう。お前の含めて、十年前の直毘衆は全部化物だ」


『あ、酷い。今、都で最も結婚したい男に選ばれた僕に向かって化物とか。これでも女の子にはモテるんだよ?』


心外そうに頼光は言った。


女嫌いである信乃に何の自慢をしているのか。


心の底から興味が無い。


「知らねえよ」


『君もいい加減彼女くらい作ったら? お兄さんとしては、君の将来が少し心配だよ』


「誰がお兄さんだ」


うんざりしたように吐き捨てる信乃。


「信乃さん? また一人で会話しているんですか?」


その背中を不思議そうに眺めながら、鈴鹿が声を掛けた。


「鈴鹿。一人で会話している訳じゃねえよ。コレは…」


『…鈴鹿? もしかして、そこに誰かいるのかい? と言うか、鈴鹿って女の子の名前だよね?』


「…切るぞ。頼光」


『待って! その子の名前と年齢と、信乃との馴れ初めを詳し…』


ブツン、と強制的に通信が切れた。


すぐにピリピリと頼光から通信が来るが、天耳を閉じて無視した。


「今のは天耳の応用で、遠くの人間の声が聞こえるんだ」


「そうだったんですか………良かった」


「良かった?」


「い、いえ、もしかしたら妖刀の影響で頭の中に誰か住んでいるかと思っていたので…」


「………」


なるほど。


どうやら、鈴鹿は信乃のことを頭が可哀そうな人だと思っていたようだ。


それを素直に教えてくれた鈴鹿の頬を思い切り抓った。


「いひゃい、いひゃいです! は、はなひて!」


「お前は本当に余計なことしか口にしないな、クソガキ」


「ご、ごめんなひゃい…!」


眼に涙を浮かべながら鈴鹿は慌てて謝った。

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