第十七話 三明
「直毘衆の使う術は全部で三つ『天耳』『神足』『他心』だ」
蝦夷の一件の翌日。
頼光の遣いに蝦夷を引き渡し、村人達の好意で滞在していた信乃は約束だった術の指導を鈴鹿に行っていた。
「元々はどっかの偉い術師が作り出した六つの術で、当時は『六明』と呼ばれていたらしいが、現在では三つは失われ『三明の術』と呼ばれている」
その辺の知識がうろ覚えなのか、頭をポリポリと掻きながら信乃は言う。
元々は六明として広まった術だったが、全てを修得できたのはその術師のみ。
他の者は多くて三つ。
故に三明と呼ばれるようになった。
「私の千里眼…『天眼』も?」
「ああ、そうだな。それも失われた三つの内の一つだ。今の直毘衆に天眼を使える者は一人もいない」
そもそも天眼を使えたのは、その術を編み出した者のみ。
修業もせず、自然と身に着けていた鈴鹿は、稀有な才能の持ち主と言えるだろう。
「まあ、簡易の結界とか、身体強化とか、細かい術を言い出せばキリが無いが、基本はこの三つだ」
「ふむふむ」
「簡単に言えば、天耳が遠くの気配や音を察知する地獄耳。神足が察知した鬼の下まで瞬時に駆け付ける縮地。他心が人に紛れた鬼を暴き出す心眼だ」
即ち、どれだけ遠くに居ても鬼を見つけ出し、瞬く間に始末する為の術。
それは戦いでは無く、暗殺だ。
名誉もなく、出来る限り最短で鬼を殺害する戦法だ。
「基本的に、直毘衆に入った者は最初にこの三つを叩き込まれる」
「信乃さんもですか?」
「そうだ。俺も頼光の野郎に叩き込まれた。あの野郎、普段はニコニコしているくせに、戦いが関わると容赦がない」
「………」
戦いの時に容赦が無いのは、信乃も変わらないのでは? と鈴鹿は思った。
と言うより、その厳しい男に指導された結果、似たような考えを持つに至ったのか。
「一応、俺も三つ全て修得しているが、誰にだって向き不向きはある。俺は特に他心が苦手だ」
「人の心を読む術でしたっけ?」
「蝦夷の奴はコレを得意としていたが、俺には相手の顔を見て感情を読み取る程度だ。何でも『他人のことを知りたい』とか『他人のことを支配したい』とか、そう言う願望が強い者ほど上達しやすいらしい」
「あー」
確かに、それは信乃に不向きと言えるだろう。
個人主義である信乃は、他人に関心が薄い。
特に心の内を知りたいと思う程の相手は、今までいなかったのだろう。
他人に対して関心の強い者。
自分が他人からどう思われているのか気になる者。
そう言う者ほど、この術は向いていると言えるだろう。
「俺は特に神足が得意だな。神足は『今の自分に不満を持つ者』『辿り着きたい目標がある者』なんかが上達しやすいらしい」
他心とは逆に、他人よりも自分に目を向けている者と言うことだろう。
自分の周りの世界ではなく、世界の中の自分だけを見ている者。
求めるのは、世界の変化ではなく、自己の進化。
弱い自分を変えたい、理想の自分になりたい、と言う願望。
それも、確かに信乃の向きに思える。
「残りは天耳だが…コレはよく分からん。誰でもある程度は使えるが、極めるのは困難だ」
「簡単な術なんですか?」
「まあ、簡単と言えば簡単だな。そうだな、例えるなら他の二つが世界を変える術、自分を変える術、だとすれば、天耳は今ある世界を見通す術だ」
他二つのように変革をもたらす術では無く、あるがままの世界を見通すだけの術。
どれだけ世界と自分に不満を持つ者でも、少しは持っているこの世界に対する愛着。
今あるこの世界をこれからも維持していきたいと言う願望。
それさえあれば、誰だって使える術だ。
「お前の天眼とも近い術だな。まずはこの術を訓練する方が良いだろう」
信乃は難しい顔をしている鈴鹿に言う。
素質の話をしたが、鈴鹿に世界や自分を変える願望があるとは思えなかった。
どちらかと言えば、この世界の平和を維持することを望んでいそうなので、天耳が一番適しているだろう。
「分かりました。それで、訓練とはどのような?」
「ここに玉がある」
そう言って信乃は手の中に氷で丸い玉を作り出した。
何の変哲もないただの氷だ。
信乃の人肌に触れ、既に少し溶けかけている。
「コレを、こうする…!」
そして、信乃はそれを思い切り放り投げた。
空高く飛んだ氷の玉は反射した日光に鈴鹿が目が眩んでいる内に、村のどこかへ落ちた。
「今の玉を探して来い」
「え?」
「制限時間はあの氷が溶けるまでだ。まあ、持って半刻と言ったところか?」
「そ、そんなの無理ですよ! 目印も何もつけてないのに…」
どの辺に落ちたのかさえ見ていなかった。
村中探し回ってあの拳ほどの氷を見つけるのは、幾ら何でも時間が足りない。
「そらそら、早く見つけないとドンドン溶けていくぞ。ちなみに見つけられなかった場合は、お前を酷い目に遭わせる」
「私に何をする気ですか…!?」
サッと自分の身体を庇うように後ろに下がる鈴鹿。
何を想像しているのか、少し顔が赤い。
「口では言えないようなことだ」
「く、口では…」
「ほら、分かったらさっさと行け!」
「い、痛い痛い! 背中を蹴らないで!」
中々動き出さない鈴鹿の背中をゲシゲシと蹴りながら信乃は言った。
見つけられなかった時の罰に怯えながら、慌てて鈴鹿は走り出す。
(あの氷は俺の妖術で作り出した物。つまり、俺の妖力の塊)
きょろきょろと視線を彷徨わせながら走る鈴鹿を見送りながら、信乃は思う。
(それに気付き、妖力を探知すればすぐに見つけられる筈だが………さて)
信乃は意地の悪い表情を浮かべて、ほくそ笑んだ。