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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第十六話 紅蓮


蝦夷を中心に、目に見える程の妖力が噴き出す。


その力は腐っても、直毘衆の名に恥じない。


直毘衆の選別方法は、ただ力を示すだけ。


人格も過去も身分も、何も関係ない。


だからこそ蝦夷は選ばれた。


家族も未来も何もなく、ただ力のみを期待されて。


「………」


突然吹いた風が、信乃の髪を揺らした。


否、風など吹いてはいない。


その正体は信乃の周囲を奔る見えざる刃。


先程までとは比べ物にならない速度で放たれた刃だ。


「紅蓮とは地獄の名だ! その地獄では皮膚が裂け、流血し、紅色の蓮のようになる!」


スパッと信乃の頬が裂けて血が噴き出す。


見えない凶刃は信乃の周囲を渦巻き、全身に細かい傷を負わせていく。


コレが蝦夷の最大の技。


風のような速度で放つ刃によって汗のように血を流して死ぬ地獄。


「血河に沈め!」


竜巻のように包み込む刃の嵐が、信乃を切り刻む。


段々と傷は深くなっていき、ポタポタと流れた血が地に沈んでいく。


逃げ場はない。


この秘剣に囚われた者は、ただ身を縮ませて自身の寿命を僅かに伸ばすことしか出来ない。


…だと言うのに。


「は」


(何故笑う! 何故…!)


まるで効いていないかのように、信乃は余裕の笑みを浮かべた。


全身が切り刻まれ、激痛が走っている筈だ。


汗のように流れる流血は、それだけでショック死する程の恐怖の筈だ。


それなのに…


「!」


一体どんな秘策を残しているのか、と心を読んだ蝦夷はハッとなった。


信乃が見ているのは、蝦夷ではない。


その視線が向いているのは、蝦夷の足元。


信乃の持つ妖刀から零れて出来た、水溜まり(・・・・)


(いつの間に…!)


仕込む暇は無かった。


いや、違う。


蝦夷自身が誘導されたのだ。


剣技で圧倒され、信乃から距離を取ろうと考えた蝦夷が、この場所へ来るように。


『銀竹』


蝦夷の眼が、信乃の次の行動を見透かす。


その技は知っていた。


地面から氷柱を生やし、敵を貫く技。


(マズイ…!)


このままでは串刺しだ。


慌てて構えを解き、その場から逃れようとする蝦夷。


「隙あり、だ」


「な…」


その瞬間、蝦夷の胸を冷たい刃が貫いた。


ゴボッと蝦夷の口から血が零れる。


「な、ぜ…」


「他心に頼り過ぎたな。今のは、ハッタリだ」


地面に水溜まりを作った状態で『銀竹』のことを考えれば、勝手に勘違いすると推測していた。


あとは蝦夷がこの技を解く瞬間を狙って『天泣』を放てば良い。


焦りから視線を下に向けていた蝦夷は、隙だらけだった。


「人の思考を読むことは慣れても、他人に思考を読まれることは慣れていなかったようだな」


「ぐ、くそっ…!」


「それに、だ」


パキパキと蝦夷の身体を凍り付かせながら、信乃は呟く。


「仮に、俺が本当に銀竹を使うとしても、何故逃げる?」


薄っすらと笑みすら浮かべて、信乃は疑問を口にする。


もし立場が逆なら、自分なら逃げなかったと。


「このまま技を使い続ければ勝てたんだ。ならば、足の一本や二本、串刺しにされても構えを解くな」


「ッ!」


その言葉に、ようやく蝦夷は理解した。


足を失うことを恐れて、勝機を手放した蝦夷とは違う。


腕を失おうと、足を失おうと、信乃は敵を殺せれば、それで良いのだ。


異常だ。


自分の命よりも、自分の目的を優先するなんて、狂っている。


「く、はは…俺なんかより、よっぽど、イカれてやがる」


「自覚はしている」


「…ハッ」


手を出してはいけない者に剣を向けてしまったことを理解し、蝦夷の意識は闇に沈んだ。








「…殺した、のですか?」


完全に凍結した蝦夷を見つめ、恐る恐る鈴鹿が尋ねた。


「殺してはいない。全身凍結したが、辛うじて生きている」


全身から血を流しながら、信乃は蝦夷から刀を引き抜く。


傷口がすぐに凍り付き、血が零れることは無かった。


同じように、信乃の傷も凍り付かせ、止血していく。


「おい、頼光。どうせ聞いていたんだろ?」


『よく分かったね。声は出さなかったのに』


「お前の通信は身体がピリピリするんだよ」


『それは失敬』


「…?」


頼光の声は聞こえていないのか、鈴鹿は唐突に喋り出した信乃に首を傾げる。


それを気にせず、信乃は険しい表情で口を開く。


「お前、俺に面倒事を押し付けやがったな」


『そんなつもりは無かったんだけどね。結果的にそうなったみたい』


平然とそう言う頼光に信乃の眉が吊り上がる。


この男が蝦夷の所業を把握していない筈が無い。


こうなると初めから分かった上で、信乃を巻き込んだのだ。


『まあまあ、こっちから人を送って蝦夷君は回収しとくから、さ』


「…ふん」


利用されたことには腹が立つが、これ以上言っても仕方がない。


不機嫌さを顔に出したまま、信乃は鼻を鳴らした。








「………」


貝寄村から少し離れた場所に、一つの影があった。


瓜柄の着物を纏った幼い少女。


鈴鹿の弓を盗み、結果的に蝦夷の下へ導いた少女だ。


「そこにおったか」


「………」


少女の耳に荒々しい老人の声が聞こえた。


身の丈を超える棘だらけの槍を握った老人だ。


七尺を超える長身に返り血で真っ赤に染まった鎧を纏っている。


真っ白な長い髭と髪は無造作に伸ばし、額から伸びる角がこの男が人間では無いことを表していた。


「探したぞ。儂は人探しが苦手じゃからな」


額だけではなく、肘や膝からも尖った角が幾つも生えており、全体的に刺々しい印象を受ける。


それは鬼だった。


絵巻の中に記される獰猛な悪鬼そのものだった。


「…ところで、いつまでその『皮』を被っているつもりじゃ?」


「………」


「のう、天邪鬼(・・・)よ」


悪鬼は、その少女の名前を呼んだ。


無表情だった少女の顔が悪辣に歪む。


「空気読んで下さいよ。酒呑しゅてんさん」


その声は、決して少女の物では無かった。


低い男の声。


少女の顔が、皮膚が、剥がれ落ちていく。


「前から思っておったが…悪趣味じゃな、お主」


「意外と楽しいですよ?………ま、それは置いといて頼んでいた仕事は終わりましたか?」


「おう、愉しかったぞ」


本当の姿に戻った海若の問いに、酒呑は満面の笑みで答えた。


「…愉しかった? ええと、頼んでいた物は回収出来たんですか?」


「む? 頼んでいた物とは何じゃ?」


「あれですよ! あの村から回収してきて欲しいって私がお願いしていたでしょう!」


「………」


酒呑は無言で頬をぽりぽりと掻いた。


その反応を見て、海若の顔に冷や汗が浮かぶ。


「…まさか、暴れるのに夢中になって忘れていたとか言いませんよね?」


「うむ。その通りじゃな」


「…はぁ」


海若は、変わらない同胞の態度に深いため息をついたのだった。

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