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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第十五話 覚悟


「我が刃、躱せるか! 『唐紅からくれない』」


見えざる刃が信乃へと放たれる。


ヒュルル…と風を切り裂きながら迫る刃を前に、信乃は愛刀を振るった。


「『五月雨』」


刀から放たれたのは水の塊だ。


大して殺傷力もない、量が多いだけの水。


意図の分からない行動に、蝦夷は眉をひそめる。


「…そこか!」


何かが水に触れた音を信乃は聞き逃さなかった。


水が付着して信乃の眼にも見えるようになった刃と、信乃の村雨が衝突する。


バチッと虚空で火花が散った。


「アレは…」


「チッ、『暗刃の術』が解けたか」


鈴鹿の声に、蝦夷は忌々し気に舌打ちをした。


信乃の水で浮かび上がったのは異様に長く、薄く、柔らかい(・・・・)刀身を持った妖刀だった。


薄く伸ばした鉄を無理やり刀に鍛え上げたような形状の妖刀だ。


「面白いだろう? 鞭のようにしなり、変幻自在に敵へ襲い掛かる怪刀。かつて大妖『土蜘蛛』を斬り、その妖力を得たと言われる、妖刀『蜘蛛切』だ!」


ブンッと蝦夷が握った柄を振るうと、空中を漂っていた刃は再び姿を消した。


(刀身を、消した? 信乃さんも使っていた認識阻害の術で…)


暗刃の術は、本来なら注目を避ける為、帯刀を隠す理由で使われる術だ。


その応用。


ただでさえ軌道が読み辛い蜘蛛切の刃を妖術で透明化することで、更に複雑化しているのだ。


風を切る音で攻撃が放たれたことは分かるかも知れないが、それが正面から来るとは限らない。


上か。下か。或いは、真後ろと言う可能性もある。


「ならば先手必勝、か!」


後手に回ると不利と判断したのか、信乃は地面を蹴る。


それは走る、と言うよりは跳ぶ、と称した方が的確。


神足。神の足と言う名を持つ高速移動術だ。


「ハッ、神足が使えるのはアンタだけじゃねえぜ!」


「!」


それに合わせて、蝦夷も神足を発動させる。


信乃の不意を突くように、一気に距離を詰めた。


間合いの優位を自ら捨てるような行動に信乃の動きが一瞬止まる。


「隙ありだ! 『唐紅』」


その好機を逃さず、蝦夷は刀を振るった。


限界まで伸ばした刃を使って、敵の首を刎ねる殺傷力の高い技。


蝦夷の最も得意とする技だ。


「この距離なら外さねえぞ! 死ね!」


見えざる刃が信乃の首を刎ねる。


驚いたような表情のまま、信乃の首が地面を転がった。


「…何?」


しかし、次の瞬間、信乃の遺体は霧のように消滅した。


コレは残像…


否、妖刀の能力を使った幻影だ。


水と光を操って作った蜃気楼のような物。


「『時雨』」


囁くような声と共に、蝦夷の背に刃が突き付けられる。


「いつのまに、背後に…」


「俺の神足とお前如きの神足が同じだと思うな。俺の足は、直毘衆最速だぜ?」


冷ややかな笑みを浮かべながら、信乃は言う。


「俺が使うのは神の足より更に上(・・・)。既に『縮地』と呼ばれる域に到達している」


「…『縮地』か。そう言えば、アンタの得意技だったな。忘れてたぜ」


背に触れる刃を感じつつも、蝦夷は余裕を崩さない。


そのことに信乃は訝し気な表情を浮かべた。


「だがな、アンタも忘れているぜー。アンタに得意分野あるように、俺にも得意分野(・・・・)ってやつがあるんだよー!」


ぴくっと蝦夷の右肩が僅かに動く。


「絡めとれ『退紅あらぞめ』」


「ッ!」


その時、信乃は右足に鋭い痛みを感じた。


斬られた、と理解した時には右足から流れた血が地面を汚していた。


「信乃さん!」


「くははは!」


鈴鹿の悲鳴に前を向くと、振り返った蝦夷が腕を振り上げていた。


信乃の血を吸った赤い刃が、今度は信乃の首を狙う。


「くっ…!」


「辛うじて受け止めたか! ほらほら! 次も行くぞ!」


何とか刀で受けた信乃へ次々と斬撃が放たれる。


足に浅くない怪我を負った信乃は、先程のように走ることが出来ない。


「くはは! どうして、俺がアンタの動きを予測できたか分かるか? 分かるよなー!」


「心を、読んだのか…」


「正解! 直毘衆の秘術『他心たしん』………この眼は、あらゆる秘密を曝け出す!」


天耳、神足に並ぶ三つ目の秘術。


他人の心を見透かす術だ。


本来なら相手の表面上の感情を読み取り、次の行動を予測するのが精々だが、蝦夷はその達人だ。


その眼で見つめるだけで、他人の心、思考、記憶に至るまで掌握できる。


騙し討ちも不意打ちも不可能。


幻影を使って背後に回り込むと言う信乃の作戦も、全て見透かした上で罠を張ったのだ。


信乃の最大の武器である足を潰す為に。


「………」


「どうしたどうしたー! 顔が青褪めているぞ! 流石のアンタもビビッてんのかー! くはは!」


受け損ねた刃が信乃の左肩を切り裂く。


返り血で赤く染まった刃を見て、信乃の口元が歪んだ。


「…は」


追い詰められていることを自覚し、信乃の口から声が漏れる。


「ははははははは! 全く、俺としたことが何てざまだ!」


それは恐れでも怒りでもなく、笑みだった。


「人間相手だから気分が乗らない、なんて思っていれば、うっかり殺されそうじゃねえか! かはははは! 笑えねえ!」


「…何、笑ってやがる。分かってんのか、この状況! もっと怯えろ! 命乞いでもしてみろよ!」


思い通りにならない信乃に苛立ちながら蝦夷は叫ぶ。


この状況で何故笑うのか。


何故顔に焦りを浮かべないのか。


何よりも腹が立つのは、これだけやっても信乃の心が一切揺らいでいないことだ。


これだけやっても、蝦夷に少しも恐怖を感じていない。


「人間を殺すと頼光の奴がうるさそうだからなぁ…」


ヒュッと信乃の姿が蝦夷の前から消えた。


(怪我した足で、まだ…!)


「でも、手加減できそうにねえわ。頑張って生き残れよ…『霧雨』」


どこからともなく発生した霧が周囲を包み込む。


ゆらり、とその中で動く影があった。


「そこか! 『唐紅』」


すかさず放たれた刃が、その影を切り裂く。


バラバラになった影は、空気に溶けるように消えていった。


「また偽物か! 本体は…」


「『天泣てんきゅう』」


霧の中から、真っ直ぐ蝦夷へ奔る影。


神速、とはまさにこの事だろう。


人の心が読める蝦夷だからこそ、その前兆に気付くことが出来た。


「ッ!」


ゾクっと蝦夷の背中に悪寒が走る。


その直感に従って僅かに首を屈める蝦夷。


「チッ」


瞬間、先程まで蝦夷の首があった場所を鋭い突きが通過した。


刃を掠めた蝦夷の髪が数本、雨のように散る。


『右足』


驚いている余裕はなかった。


蝦夷が信乃の思考を読み取ると同時に、刀が向きを変えて地面へ突き立てられる。


それは蝦夷の足を貫通し、地面へと縫い止めた。


「ぐ、ああああああああ!」


ずぶり、と切先が突き刺さった右足からドクドクと血が流れる。


意趣返しのように足を潰された蝦夷は絶叫した。


『左肩』


「…ぐうっ!」


『右脇腹』


畳み掛けるように次々と刀を振るう信乃。


さっきまでとは立場が逆転した。


信乃の猛攻の前に、蝦夷は防戦一方だった。


(…こいつ!)


蝦夷の顔が屈辱に歪む。


思考は読めている。


蝦夷は信乃の次の行動が手に取るように分かっている。


しかし、反応出来ない。


攻撃が速すぎて、対応することが出来ないのだ。


「お、おおおおおおおおおお!」


獣のように吠え、蝦夷は無事だった左足で蹴りを放つことで強引に距離を取った。


「はぁ…はぁ…はぁ…!」


蝦夷は荒い息を吐きながら、信乃を睨む。


受けた傷の数は殆ど変わらない筈だが、追い詰められているのは確実に蝦夷の方だった。


「…人を斬るな、とは言わんよ。俺達はひとでなしだ。そう言うこともあるだろう」


信乃は蝦夷とは対照的に涼しい表情を浮かべて言う。


「だが、覚悟が足りない。斬る覚悟はあっても、斬られる覚悟が。殺す覚悟はあっても、殺される覚悟が。お前には決定的に足りない」


それが二人の違いだった。


ただ弱者を痛めつける為だけに刃を振るい、鬼切ですらその延長線上に過ぎない蝦夷。


復讐の為に刃を磨き、鬼を殺すことに命を懸けている信乃。


蝦夷がしているのは子供の遊びだ。


戯れに虫の足を捥ぐ子供と何も変わらない。


自分が傷つくことなど、欠片も考えていない悪餓鬼だ。


「最後だ。大人しく刀を捨てるなら良し。捨てないなら………ここで俺に殺されろ」


「…ッ」


冷ややかな殺気を浴びせられ、蝦夷の背筋が凍り付く。


刀を握る手が僅かに震え、無意識の内に足が後退った。


だが、


(…ふざけるな)


同時に、蝦夷の脳裏を憤怒が焼き尽くす。


信乃の眼は、出来の悪い餓鬼を見るような冷ややかな物だ。


心を読むまでもない。


彼にとって、蝦夷は敵ですら無いのだろう。


それが、どうしようもなく癇に障った。


「ふざけるな、ふざけるなよ! 何だその眼は! 俺を見下してるんじゃねえ!」


怒り狂う蝦夷は、今まで片手で振るっていた妖刀を両手で握った。


「コイツをくらっても、そのスカした顔のままでいられるか!」


初めて見る構え。


恐らくは蝦夷の最大の技だろう、と信乃も構えを取る。


「秘剣『紅蓮ぐれん血河けつが』」

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