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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第十三話 蜘蛛


「はぁ…」


子供達が居なくなったことを確認して、鈴鹿は小さくため息をついた。


近くに信乃の姿はない。


子供の相手にうんざりして、村に潜む海若を探しに行ったのだ。


「………はぁ」


もう一度ため息をつく鈴鹿。


人探しは得意な方だと自負していたが、失敗してしまった。


少しは信乃の役に立てると思っていたのに。


どう言う訳か、海若の気配を探ることが出来ない。


数少ない鈴鹿の取り柄が失われてしまったような気分だった。


(…落ち込んでいても仕方ない。もう一度試してみよう)


そう前向きに考え、鈴鹿は背負っていた弓を取ろうとした。


「?」


伸ばした手は空を切り、鈴鹿は首を傾げる。


無い。


確かに背中にあった筈の梓弓が無くなっている。


「え…嘘!? もしかして落とした!?」


サッと顔が青褪める鈴鹿。


それほど上等な物ではないが、長年愛用してきた呪具だ。


アレが無ければ本気で鈴鹿は役立たずになってしまう。


「…あれ?」


その時、鈴鹿の耳に聞き慣れた音が聞こえた。


今までに何十回と聞いた、弓の弦を弾く音だ。


「………」


視線を向けると、そこで一人の少女が梓弓を手にしていた。


年齢は十歳くらいだろう。その顔は幼さが目立つ。


その小さな体に、瓜柄の可愛らしい着物を纏っている。


少女の遊び道具なのか、狐面を被らずに髪に引っ掛けていた。


(こんな子。さっきの子達の中に居たかな…?)


「………」


少女は喋らず、無表情のまま弓で遊んでいる。


「その弓、お姉さんの弓なの。だから、返してくれないかな?」


「………」


出来るだけ優しい声で言う鈴鹿の顔を、少女は見つめた。


薄っすらと少女の顔に笑みが浮かぶ。


物分かりの良い子で良かった、と鈴鹿の顔も綻ぶ。


「………え」


しかし、次の瞬間、少女は唐突に走り出した。


先程の笑顔が嘘のように、鈴鹿に背を向けて逃げる少女。


「ま、待ってー!? それを返してー!?」


呆気に取られていた鈴鹿は、慌てて少女を追いかけ始めた。








「『天耳』………駄目だな」


術を解除しながら、信乃は不機嫌そうに吐き捨てる。


近くに居るなら見つかるかも知れない、と気配を探ってみたが、やはり駄目だ。


元々信乃は天耳の術を不得手としている。


信乃が得意とするのは『神足』


自身の内へと働きかける術(・・・・・・・・・)だ。


一方で、天耳は自身の外へと働きかける術(・・・・・・・・・)に部類される。


どちらも得意とする者が居ない訳でもないが、大半は一方を得意とし、他方を苦手とする。


どちらが強いと言う話ではなく、単純に相性の問題だ。


得た力で自身を変えること(・・・・・・・・)を望むか、世界を変えること(・・・・・・・・)を望むか。


信乃は前者に位置する。


「…そう言えば、蝦夷の奴はこう言う細かいことが得意だったな」


ふと頼光に言われた名前を思い出し、思わず呟く。


自分とは真逆の才能を持つ彼がこの場に居れば、海若もすぐに見つかっただろうに。


(まあ、素直に俺の言うことを聞くような奴では無い、か…)


無い物ねだりしても意味が無い、と信乃は首を振った。








「はぁ…はぁ…もう、どこに行ったの…?」


額に汗を浮かばせた鈴鹿は、荒い息を吐きながら呟く。


少女を追いかける内に村外れまで来てしまったようだ。


疎らにあった民家も見えなくなり、あるのは乱雑に伸びる木々だけだ。


「…あ」


きょろきょろと視線を動かしていた鈴鹿は、ようやく目的の物を見つけた。


既に悪戯少女の姿は無いが、梓弓だけが無造作に地面に捨てられている。


壊されていないか心配していたが、どうやら無事のようだ。


安堵の息を吐き、鈴鹿は梓弓を拾った。


「――――」


「…?」


梓弓を背負っていると、鈴鹿の耳に声が響いた。


男の声だ。


誰かと会話しているらしい。


好奇心を刺激され、そっと声の方へ近寄る鈴鹿。


「災難だったな。まあ、無理もないだろう」


それは浪人風の若い男だった。


ぼさぼさとした黒髪と、鈍く光る黄色の目。


顔に刻まれた蜘蛛の刺青が特徴的な男。


手にしたキセルを吹かしながら、苦い表情を浮かべている。


「無能な人間共にはお前達の気持ちなんて分からねえのさ。一寸の虫にも五分の魂と言うだろうに。どうして相手には心が無いと容易く決めつけるのか」


(この人…?)


木の陰からこっそり覗く鈴鹿は、首を傾げた。


男は誰かと談笑しているようだが、周囲には誰も居ない。


一人で話す男の言葉に答える声もなく、ただ独り言を言っているだけだ。


(一体、誰と喋って…?)


「ん?………どうやら、邪魔が入ったようだ。続きはまた今度な」


黄色の目が鈴鹿を射抜いた。


出来るだけ物音を立てていなかった筈だが、気付かれてしまったらしい。


「あ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりでは無かったのですが…」


小さく頭を下げながら、鈴鹿は木の陰から顔を出した。


それを見て、男は不機嫌そうに眉を動かす。


「ふん。こんな所で一体誰と喋っているのか、と疑問に思っているな?」


鈴鹿の疑心を見透かすように、男は言った。


「疑問に答える義理は無いが、狂人扱いも気に食わん………俺が会話していたのは、そいつらだ」


スッと男は自分の足元を指さした。


鈴鹿は言われるままにそこへ視線を向け、小さく悲鳴を上げる。


「く、蜘蛛…!」


そこには、蜘蛛が居た。


拳くらいの大きさの蜘蛛が、五匹ほど男の足元に集まっている。


「ハッ。アンタも蜘蛛は嫌いって口か? 見た目が不気味だから、身体が汚いから、特に理由もなく殺したくなるって口か?」


皮肉気な笑みを浮かべながらも、その眼は全く笑っていない。


何やら知らない内に、鈴鹿は男の地雷を踏んでしまったようだ。


「そ、そんなことはありません。ちょっと虫は、苦手なだけです」


「…ふーん」


男は鈴鹿の本心を見透かすように見つめる。


嫌な眼だ、と鈴鹿は思った。


鈍く光る黄色の眼を見ていると、何だか落ち着かなくなる。


他者に隠している心の深い部分。


鈴鹿と言う人間の心の底まで見透かされてしまうように。


「…まあ、良いか。撤収撤収っと」


何か納得したように視線を逸らし、男はパンパンと手を叩く。


すると、言葉の意味が分かったのか、蜘蛛達も散っていった。


「この村に居る鬼も殺したし、もう用はねえか」


「!」


ボソッと呟いた言葉に鈴鹿はハッとなった。


「鬼を殺すって、もしかしてあなたも直毘衆ですか…!」


「うん? そうだが…」


言い当てられたことに首を傾げながら、男はもう一度鈴鹿の眼を見た。


しばらく見つめてから状況を理解したように、笑みを浮かべる。


「…なるほど。この村に鬼が紛れ込んだのか」


「え…?」


鈴鹿は思わず口に手を当てた。


今、自分はそのことを口にしただろうか?


村に海若が逃げ込んだことは、まだ声に出していない筈だが…


「なら、コレは俺の出番だな」


ニヤリと愉悦に歪んだ笑みを浮かべて、男は言った。


「直毘衆最強の男『蝦夷えみし』様のな!」

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