第十二話 芸
「着いたか。ここが貝寄村だな」
豊かな自然と、疎らに古びた家が並ぶ寒村。
街道から少し外れた場所にあり、何か特別な事情でも無ければ立ち寄る者などいないだろう。
来訪者が珍しいのか、村人達が仕事の手を止めて信乃を見ている。
「…鬼の気配は感じないな」
軽く意識を集中させ、村全体の気配を探る信乃。
海若の気配も、野良の鬼の気配も、何も感じなかった。
「おい、お前はどうだ?」
そう言い、信乃は地面に仰向けで倒れている鈴鹿へ目を向けた。
「はぁ…はぁ…あの……!…ぜえ、ぜえ…!」
何か言いたそうだが、呼吸が乱れすぎて言葉にならない。
息を整えている間、鈴鹿はずっと目に涙を浮かべ、信乃を睨んでいた。
「あ、あのですね! 前も言いましたけど、もう少し私のことも考えて下さい!」
「…?」
「うっそ、自分が何をしたのか分かっていない顔!? 時間が勿体無い、とか言って私の腕を無理やり掴んで走り出したんじゃないですか!」
嫌がる鈴鹿の声は聞きもせず、信乃は腕を掴んだまま風になった。
人知を超えた速度で振り回され、鈴鹿はまたこいのぼりとなったのだ。
もう目が回るやら怖いやらで鈴鹿は絶不調だった。
「大丈夫か? 大丈夫そうだな。なら、さっさと始めてくれ」
「鬼ですか。いえ、鬼畜でしたね」
がっくりと肩を落として、鈴鹿は梓弓を取り出す。
慣れた手つきで弦を弾き、瞼を閉じる。
「…あれ?」
「どうした?」
「いや、ちょっと待って下さいね」
小首を傾げながら、鈴鹿はもう一度弦を弾く。
ビィィン、と気を落ち着かせるような音が響いた。
瞼を閉じた鈴鹿の額に冷や汗が浮かぶ。
「あの、誠に申し上げにくいのですが…」
恐る恐る目を開いた鈴鹿は、震えながら口を開く。
「どう言う訳か、見失いました」
「……………」
鈴鹿の言葉に、信乃は黙り込んだ。
無言で鈴鹿の目を見つめる。
ビクッと鈴鹿の肩が跳ねた。
「ご、ごめんなさい!? お願いだから怒らない下さい!」
「怒ってない」
面倒くさそうに吐き捨てながら、視線を周囲に向けた。
あまり気が長いとは言えない信乃だが、無意味に怒鳴り散らすほど馬鹿でもない。
鈴鹿が嘘をついているようには見えないし、その理由もない。
鈴鹿の言葉は全て本当だろう。
今まで気配を探れていたのに、この村に着いた途端、気配を見失った。
(俺がこの村まで追いかけてきたことに気付き、気配を隠したのか?)
海若と言う鬼は、気配を隠すことに長けているように見えた。
まだ未熟に見える鈴鹿の『天眼』をすり抜けることが出来ても不可能ではない。
(だとすれば、奴は今、俺達の近くにいる)
信乃は注意深く周囲を見渡した。
ちらほらと村人達が珍しい旅人を眺めている。
この中に海若が混ざっているのか?
それとも、何か別の方法で…
「おおー! すげー!」
「もう一回! もう一回やってー!」
「………何やってんだ、お前は」
思考に耽る信乃の耳に子供達の騒ぐ声が聞こえた。
不機嫌そうな顔で振り返ると、鈴鹿が何やら芸を披露していた。
「この子達、私達のことを旅芸人と思っているみたいで…」
そう言いながら呪術で紙を浮かばせたり、それに矢を当てたりと忙しい鈴鹿。
意外と多才だ。
女の一人旅なので、たまには芸人の真似事も出来ないと生きていけなかったのだろうか。
歓声を上げる子供達に楽しそうな笑顔を向けている。
「なあなあ、アンタは何か芸しないのか?」
「俺は芸人じゃねえ」
「なーんだ、つまんねえの。ただの付き人かよ」
ぴくっと信乃の眉が動いた。
それに気付いた鈴鹿は青い顔をして、少年を庇う。
「し、信乃さん! 子供の言ったことですから! 抑えて抑えて!」
「………」
鈴鹿の言葉は聞こえていないのか、信乃は無言で刀を抜く。
そして、その切先を話していた少年へ向けた。
「水鉄砲」
「ぶはっ! や、やめ…うわあ!」
切先から勢いよく水が噴き出し、少年の顔面に命中する。
水の勢いが強すぎたのか、少年は尻餅をついてしまった。
「す、すごーい! 刀から水が出た!」
「どうやったのー、どうやったのー!」
子供達は目を輝かせて信乃に駆け寄っていく。
纏わり付く子供を鬱陶しそうに見ながら、信乃は手の中に水を集め、凍らせる。
「コレやるから、もうどっか行け」
そう言って完成した氷を近くに居た少女に渡す。
それは氷で出来た手の平サイズの人形だった。
片手間に作った割にはやけに精巧な作りで、巫女服を纏ったその人形は、どこか鈴鹿に似ていた。
「冷たい! 綺麗! でも、冷たい! あはは!」
受け取った少女は嬉しそうに笑いながら氷の人形を見つめる。
「ありがとう! おばさん!」
「………」
満面の笑みでお礼を言う少女に、信乃の顔が引き攣る。
その後ろで鈴鹿は笑いを堪えていた。
「…俺はおばさんじゃねえ」
「…? あ! ありがとう、お姉さん!」
「ぷはっ!」
ハッとしたように言い直した少女の言葉に、鈴鹿は堪え切れずに吹き出す。
信乃の顔が更に引き攣る。
「…俺はお姉さんでもねえ」
苦虫を嚙み潰したような顔で吐き捨てる信乃。
子供達は何故、信乃がそんな顔をするのか分からず首を傾げていた。
「あははははは………ひい!?」
「何が可笑しい。小娘」
「ごごご、ごめんなさい!」
呑気に笑っていた鈴鹿は首に刀を突き付けられて、慌てて謝罪したのだった。