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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
最終章
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第百十八話 復讐


「どんどん行くぜ! 『神立』」


信乃が刀を天に翳すと、周囲に荒波が出現する。


重力に逆らい空中で渦巻く激流。


振り続ける雨は、川となり、やがて大海へと至る。


天文異変。


鬼の力が天災だとするなら、コレは正しく古の鬼の力だ。


「腕一本取った程度で図に乗るなよ! 人間!」


対する大嶽丸が操る力も天災そのもの。


瞬時に腕を再生させ、全身から炎を放つ。


現れるのは炎の軍勢。


無数に燃え広がる餓鬼の群れ。


「『烽火連天』」


「“遠呂智”」


餓鬼の軍勢と八首の大蛇が正面から衝突した。


本来なら、氷で出来た蛇など勝負にすらならないが、溢れる妖力は遠呂智の姿を変える。


表面がどれだけ壊されても瞬く間に修復し、その牙で餓鬼に喰らい付く。


八つの首がそれぞれ別の意思があるかのように動き、確実に餓鬼の数を減らしていく。


「ぐっ…人間如きが…!」


大嶽丸は怒りに顔を歪めながら、人差し指を信乃へ向けた。


その先端に黒い炎が浮かぶ。


「おっと…!」


それに気付き、信乃はその場から飛び退く。


この技は先程受けた。


大嶽丸の手の中の炎と連動して、地面から黒い火柱を出現させる凶悪な技。


来るのが分かっていれば、移動し続けて的を絞らせない。


「逃がすか!」


「…ッ!」


地面を駆ける信乃を囲むように、炎の餓鬼が集まる。


今の信乃にとっては刃の一振りで倒せる相手だが、足が止まってしまった。


「『三界火宅』」


その隙を逃さず、術が発動する。


立ち上る黒い炎は逃げ道を塞ぐ餓鬼諸共、信乃の全身を包み込む。


回避する余裕は無い。


炎に呑まれた信乃は、今度こそ確実に息絶える筈だった。


「『水分神みくまりのかみ』」


それは巨大な氷の塊だった。


炎の中であっても微塵も溶けることない不可思議な氷。


それに包まれた信乃の体には、傷一つ無かった。


「小癪小癪ッ! その程度の氷如き!」


大嶽丸は右腕を大きく振り上げ、そのまま自身の腹部に突き刺した。


ぞぶり、と音を立てて大嶽丸の腹部に穴が空き、零れ落ちた血が地面を流れる。


黒鉄くろがねの山よ。赤錆あかさびの森よ。此処に、地獄の門を開け!」


ボコボコと流れ出た血液が泡立つ。


まるで生き物のように蠢き、形を成す。


地獄道(・・・)衆合(・・)刀山剣樹(・・・・)』」


それは剣だった。


それは槍だった。


あらゆる武器がまるで、植物のように地面から生えていく。


血の河から飛び出した無数の刃は、全て信乃を狙い、その氷塊を突き砕いた。


「それは、酒吞童子の…!」


「言った筈だ。六道は一つになった(・・・・・・・・・)と。俺が操るのは修羅道だけではない。全ての霊鬼が、俺の力だ!」


血液が武装を成す。


剣や槍が全身から伸び、一層禍々しい姿へ変貌していた。


「朽ち果てろ!『一切根滅処いっさいこんめつしょ』」


大嶽丸の声と共にそれらが全て射出された。


降り注ぐのは、鉄の雨。


天を覆う程の剣と槍の嵐。


「神立“綿津見”」


信乃は天へ向かって刃を振るった。


大地すら割る威力を持つ水の斬撃が空へと放たれる。


「はははははは! 一太刀で防ぐか! 防ぐよなァ!」


大嶽丸は信乃の行動を読んでいた。


鉄の雨は防がれる。


だが、その瞬間は信乃の意識は完全に空へ集中する。


意識の空白を狙うように、新たな六道を発動させる。


「畜生道『人面獣身』」


本来、それは全身を毒蛇へ変える能力だが、大嶽丸が使用すればそれに留まらない。


地面を流れる大嶽丸の血液が蛇の河へと変わり、信乃の足へ絡みつく。


最早数えることすら不可能な量の蛇に足を取られ、信乃は身動きが出来ない。


「天道『金剛夜叉明王』」


大嶽丸の背から岩のように屈強な腕が四本生える。


その手には本来持っていた武器は無く、雷鼓も存在しない。


代わりに、大嶽丸の額から伸びる角がバチバチと紫電を放っていた。


「妖刀など無くとも、今の俺の妖力ならその力を再現できる!」


地獄道。畜生道。天道。


三つの霊鬼を同時に使用し、大嶽丸の角からどす黒く変色した雷霆が放たれた。


生命を打ち砕く雷でありながら、光さえ呑み込む色をした一撃。


「『神立』」


足を動かせない信乃は静かに刀を構える。


自身に迫る破壊の光。


それを前に、手にした刃を突き出した。


「“闇御津羽くらみつは”」


村雨を中心に、具現化した水が渦を巻く。


廻り続ける渦潮は大地を削る竜巻のように。


黒い雷と衝突し、相殺した。


その余波が大地を揺らし、建物を壊す。


「……………………」


大嶽丸は無言で信乃を見ていた。


全力だった。


鬼神に至った大嶽丸が全力で放った攻撃だった。


なのに、何故死なない。


何故殺せない。


「お前は、何なんだ…?」


大嶽丸は思わず呟いた。


「前世だと? 鬼を宿すだと? 馬鹿な、有り得ない」


例え信乃が果心居士と同じ転生者だったとしても、こんな力は有り得ない。


「これだけの力を引き出して。これだけ鬼に近付いて。何故、正気でいられる? 何故、鬼に体を乗っ取られない?」


そう。


それが信乃と果心居士の違い。


果心居士も信乃と同様に鬼の力を引き出そうとした。


その結果、復活した大嶽丸に呑まれて跡形も無く消えた。


どんな方法だろうと、人が鬼の力を得ることは不可能なのだ。


人と鬼は、決して相容れない存在なのだから。


「俺に宿る鬼が、復讐を考えていないからだよ」


信乃は迷いなく答えた。


それこそが信乃と果心居士の、或いは悪路と大嶽丸の最大の違い。


悪路は、人への復讐を捨てた。


少なくとも、既に死んだ自分が今を生きる人間に八つ当たりをすることは、しないことにした。


だから、信乃の体を乗っ取る機会があっても、そうしなかったのだ。


「――――――」


人と鬼が、共存している。


同じ体の中で、共に戦っている。


それは、かつて大嶽丸が望んだことであり、


絶望の果てに、見失った夢であった。


「…そんな、馬鹿なことが。だとすれば、俺は何の為に…!」


復讐の為に蘇った。


裏切りで殺された同胞の無念を晴らす為。


ただそれだけを想って、今まで生きてきたと言うのに。


「…お前は、勘違いを」


「黙れ、人間! それ以上喋るな!」


大嶽丸は憎悪の込められた目で信乃を睨んだ。


もう止まらない。


止められないのだ。


「この世に鬼は俺一人だ! みんな死んだ! みんな死んだんだ! 俺が殺したような物だ! だから、だから俺は! 復讐しなければならないんだ!」


最早、ここに居るのは大嶽丸と言う名の怨霊。


ただ人間を殺す為だけに存在する怨念そのもの。


その命が燃え尽きるまで、ただ破壊を撒き散らすだけだ。


『…もう自分でも、止められないんだな』


「…悪路か?」


『ああ、長く眠りすぎたようだな』


珍しく覇気のない声で、悪路はそう呟いた。


『アイツを、楽にしてやってくれ。頼む』


同胞として、兄として、悪路は信乃へ懇願した。


信乃は真っ直ぐ大嶽丸を見つめる。


「…最初からそのつもりだ」

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