第十一話 鬼畜
「初めに言っておく。直毘衆は、ろくでなしの集団だ」
町を出て、街道を走り始めた所で信乃は言った。
宿に置いていた荷物を背負う鈴鹿とは異なり、その恰好は身軽なまま。
頭に上等な笠を被っているが、それだけだ。
「妖刀なんて物を振るう時点で正気じゃない。妖刀は人を選ぶ。誰よりもイカレていて、効率よく鬼を殺せる主人を求めるんだ」
「まるで、妖刀に意思があるような言い方ですね」
「あるんじゃねえか? 俺は聞いたことは無いが」
腰に差した村雨を撫でながら、信乃はニヤリと笑った。
鬼を。妖怪を。怨霊を。
様々な怪異を斬り殺した結果、穢れを浴びて妖力を帯びた刀。
例え意思が宿っていても不思議ではないだろう。
「まあ、あるとすれば、怨念の類だろうが」
「………」
先を走る信乃を追いかけながら、鈴鹿はその妖刀を警戒した目で見た。
信乃自身も多少妖力を放っているが、妖刀はそれ以上だ。
禍々しい気配。
常人なら鞘から抜くだけで気が触れてしまうだろう。
「そんなに警戒せずとも。お前に妖刀は与えねえよ、小娘」
視線に気付いたのか、信乃は苦笑を浮かべた。
「言ったろう、まともな人間には妖刀は使えねえと。お前は、まあ、割と変だが、まだまともな方だ」
「何ですか、その妙に含みのある言い方は」
「つまり、俺がお前に教えるのは、妖刀の使い方じゃねえ」
「と言いますと?」
「術だ。直毘衆で学んだ妖術を伝授してやろう」
直毘衆の強さは、妖刀だけではない。
都にて学ぶ、鬼と戦う為の妖術もその一つだ。
「呪術を使うお前なら、刀を振るうよりも向いているだろう」
「………」
ぽかんと口を開けた鈴鹿は、不思議な物を見る目で信乃の顔を見た。
それに気づき、信乃は訝し気に眉を動かす。
「…何だ?」
「いえ、その、私のことを、しっかり考えてくれているんだなって」
意外そうに鈴鹿はボソボソと呟く。
「正直、案内だけさせられて、約束をふいにされる可能性も考えていました」
「ほう………正直に言い過ぎだ、このクソ餓鬼!」
「アイタッ!?」
ピタッと立ち止まり、失礼なことを言う鈴鹿の頭に拳骨を落とす信乃。
鈴鹿は殴られた頭を抑えて、その場に蹲った。
「仮にも師に向かって何て口の利き方だ。馬鹿弟子が」
「だ、だって、女性が嫌いだって言ってたじゃないですか…」
「ああ、嫌いだ。だが、俺は公私混同はしない主義でな。鬼切の為に必要なら、女にだって下手に出る」
信乃は差別主義者だが、それ以上に合理主義者のようだ。
見下している女でも、その実力は正当に評価しているのだろう。
「…いや、どっちも私情か」
鈴鹿に聞こえないような小さな声で呟く。
鬼切自体も信乃の私情、私怨には違いない。
頼光から与えられた命令など、そのついでに過ぎないのだ。
「…とにかく。誤解されがちだが、俺はとても無害な市民だ」
「えぇー…」
「本当だ。この妖刀だって鬼を斬る為の物であり、人を斬ったことは無い。むしろ、害となる鬼を退治している結構良い人だ」
「あれ? 言われてみれば、その通りのような…」
決して、皆から慕われる英雄では無いが、少なくとも悪いことをしている訳では無い。
信乃は口が裂けても人々を護っているとは言わないが、結果的にそうなっている。
「信用しろとまでは言わないが、そう無駄に警戒することは…」
「おいおい! お前ら、見ろよ!」
信乃の言葉を遮るように下品な笑い声が聞こえた。
何となく、その正体を悟ったのか信乃は面倒くさそうに前を見る。
「女が二人。しかも、どっちも上玉だ!」
「身に着けている服と言い、高く売れそうだなぁ!」
「俺達で飼うってのもアリだぜ!」
現れたのは三人の粗野な男達。
汚らしい服を身に着け、錆び付いた剣を握っている。
盗賊だ。
人相の悪い顔を色情に歪め、笠を被った信乃を見つめている。
どうやら、また信乃の性別を誤解する者が現れたようだ。
「ひ、ひひ。殺されたくなかったら、大人しく…」
「邪魔」
一蹴。
一言と共に振るわれた刀が、山賊達を躊躇なく切り刻む。
鮮血が三つ、宙を舞った。
「「「ぎゃあああああああああ!?」」」
「ひ、人を斬ったことが無いって言ったばかりなのにー!?」
三人と一人が同時に悲鳴を上げる。
斬られた箇所を抑えて倒れ込む山賊達を見て、信乃は眉を顰める。
「斬ってないだろう。急所は避けたし、手足が千切れた訳でもない。死なねえんだから、斬られたとは言わない」
どうやら、価値観が違うようだった。
信乃にとって『斬る』とは相手を殺すと言う意味のようだ。
殺す気が無く、相手も生きている状態なら、それはどれだけ切り刻んでも斬ったとは言わないらしい。
「…むしろ、加減し過ぎたか? 手足の一本くらいは貰った方が俺の溜飲も下がる」
「き、鬼畜! この人、鬼よりも鬼畜です…!」
この男には人の心が無いのだろうか。
傷を抑えて悶える山賊達に視線すら向けていない。
「致命傷では無いとは言え、このまま放っておいたら危ないですよ…! せめて応急手当をしないと」
「そうか。なら、勝手にしろ」
「ああ、もう…! あなたと言う人はー!」
頭を抱えそうになりながら、呪術道具を取り出す鈴鹿。
一枚の紙に筆を使って文字を書いていく。
その文字にどんな意味があるのか、知識の無い信乃には分からない。
しかし、
「…お前、字を書くの遅いな」
「し、静かに! 手元が狂います」
やけに集中した様子で筆を動かす鈴鹿。
やはり、遅い。
字は丁寧で綺麗だが、恐ろしく遅筆だった。
どれだけ文字を書けば術が成立するのか知らないが、この調子だと完成はいつになるか分からない。
と言うか、この札の完成を待っていたら、その間に失血死するのではないだろうか?
「………」
一つため息をついて、信乃はゆっくりと刀を抜いた。
札作りに集中し過ぎて気付いていない鈴鹿の後ろで、刀を振るう。
刀に浮かぶ水滴が跳ね、山賊達の傷口に降りかかった。
「凍てつけ」
短い命令を発した瞬間、その傷口が血と共に凍り付く。
コレで今すぐ死ぬことは無いだろう。
凍傷になるまでに治療できるかどうかは山賊達次第だが、そこまでは面倒見切れない。
そもそも、襲ってくる方が悪い。
「よ、よし、コレで一枚完成。あと、二枚…」
「いつまでやっている。さっさと行くぞ」
ドスッと完成したばかりの札に刀を突き刺す信乃。
やはり、鬼畜だった。
「あ、あああああ!? な、何てことするんですかー! またやり直しじゃないですか!」
「やり直す必要はねえんだよ。ほら、早く立て」
「あ、あれ? いつの間にか傷が治っている? と言うか、凍ってる?」
「………」
混乱したようにきょろきょろと視線を動かす鈴鹿を見て、信乃はまた深いため息をついた。
騒がしい旅の連れが出来てしまった、と早くも鈴鹿と手を組んだことを後悔していた。