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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
最終章
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第百話 開戦


信乃と鈴鹿が目覚めてから更に四日。


鈴鹿山での一件から一週間が経過した。


その間、信乃や頼光は傷を癒し、帝は生き残った直毘衆を纏めて都の防備を固めた。


同じように、果心居士も負傷した体を自己修復することに専念し、蝦夷は新たな肉体を調整していた。


時は全ての者に平等だ。


人も鬼も、来るべき戦いに向けて準備を行っていた。


そして、


「…始めるか」


最後の戦いの火蓋が切って落とされる。


「雷切よ。唸れ」


担い手の言葉に従い、刀はバチバチと吠える。


雷を纏うその刀は、多くの人々を救ったもの。


数多の鬼を斬った妖刀は、かつて護った者達へと向けられる。


「『雷電霹靂らいでんへきれき』」








その雷鳴が轟いた後、都の正門は消滅・・した。


余波だけで周囲一帯の建物が吹き飛ばされ、その場所には隕石でも落ちたかのように空白が生まれた。


「………」


道雪はその中心を悠々と突き進む。


破壊された建物や、死に絶えた人々に目を向けることなく、ただ都の中心を目指す。


かつてこの国を護った英雄の姿はそこには無い。


否、そもそも英雄とはこのような存在だったのかも知れない。


味方には慈悲深く、敵には無慈悲。


多くの人々が讃えた彼の力は、見方を変えれば破壊の力。


彼は何も変わっていない。


ただ、彼にとっての味方がこの世から消えただけだ。


「脆い」


あまりに脆すぎる。


人間とはこれほど弱い存在だったか。


この世を去って十年。


直毘衆が、都が、どんな変化を遂げた物かと少しは期待していたが、この程度か。


「う、あ…“夜叉”道雪…本物の…!」


「こ、こんなの、勝てる訳が…」


駆け付けた兵士達も、道雪を目にした途端に戦意を失う。


恐慌状態に陥る者達を道雪は心底失望した目で見つめた。


「どうした? 刀が鞘の中で泣いているぞ。こんな老兵一人、殺すことが出来んのか?」


わざと挑発するような言葉を放っても、向かって来る者はいない。


誰もが一定距離を保ち、戦々恐々と様子を窺うだけだ。


「ふん。侮辱された物だ」


その程度の距離で、安全だと思い込むなど。


既に間合いに入っていることに、気付いていないのか。


「どうせ死ぬのならせめて、戦死・・させてやろうと思ったが…」


道雪は手にした雷切を構える。


「それすら無用だったか。よかろう、お前達はただ死ね」


道雪の間合いは、その認識できる範囲全て。


刃の届かない距離であろうと、天より降り注ぐ雷霆が敵を滅却する。


「…む」


雷切に宿る力を解放しようとした時、道雪は顔を顰めた。


異臭・・を感じたのだ。


妙に甘ったるい匂いが、風に乗って道雪の鼻をつく。


「………」


パキッと奇妙な音に顔を向けると、足下に徳利のような物が幾つも転がっている。


そこから零れた中身が気化してこの匂いの元になっているようだ。


(意識が鈍る。コレは酩酊感…? 鬼となった儂が…?)


まるで酷い安酒を呷ったかのように、道雪の思考が歪んでいく。


コレは毒だ。


強靭な鬼の肉体さえ穢す、脅威の毒酒だ。


周囲の人間達に異常が無い所を見るに、これだけ強力な毒だと言うのに人体には何の害も無いのだろう。


「………」


怯え切った兵士達に紛れ、周囲にコレをばら撒いていた。


恐らく、数日前から道雪の襲撃に備えて用意していたのだろう。


「…くっ、面白くなってきたでは無いか」


道雪はその顔に僅かに笑みを浮かべた。


戦いにすらならないと思っていたが、予想外の反撃を受けた。


「そう来なくては。我が刃は畜生を屠る道具に非ず。儂の敵であるなら、せめて人でなければな」


人の戦士であるからこそ、斬り殺す価値がある。


この刃を振るう意味がある。


「だが、まだ足りない。こんな毒程度で儂は倒れんぞ」


道雪は挑発するように呟く。


せいぜい思考が鈍り、体が少し麻痺する程度だ。


これだけでは足りない。


この上で、道雪を相手にする戦士が居なくては。


「道雪さん」


「頼光か」


一週間前の傷を僅かに残しながら、頼光は現れた。


待ちわびたかのように道雪は妖刀を構える。


その体は毒に犯されているが、放たれる威圧感は何も変わらない。


最早、言葉は不要。


道雪は都を襲い、頼光はそれを食い止める。


ただ、それだけだ。


「行きます…!」


「来い。阻んで見せよ」








「遂に来やがったか…!」


信乃もまた、都に現れた強大な存在感を感じ取っていた。


間違いない、道雪だ。


何故、とは思わない。


むしろ、遅すぎたくらいだ。


あの道雪は人類の敵となった。


遠からず都に襲来することは誰もが考えていたことだ。


「頼光はもう向かっているか。なら、俺も…」


『おい、信乃。空を見ろ!』


「空…?」


悪路に言われて信乃は空を見上げた。


雲一つない青空だが、どこか霞んで見える。


「何だ、コレは…?」


『穢れだ。今、都に入ってきた奴の影響で、都全体に穢れが発生している』


霊鬼六道は穢れを生み、穢れは餓鬼を生む。


それは既に分かっていたことだったが、コレは異常だ。


『コレが本当に元人間が放つ妖力か? 我の時代の鬼と比べても劣らんぞ…』


驚いたように悪路は呟く。


古の鬼さえも驚愕する力。


これで鬼の紛い物だと言うのだから、信じられない。


「きゃあああああああああ!」


「今度は何だ…?」


悲鳴が聞こえ、信乃は視線を前に向ける。


そこには、歪な形をした餓鬼に襲われる住人の姿があった。


「チッ! 気付いちまったからには、見なかったことには出来ねえか…!」


舌打ちをしながら走り出す信乃。


途中、視界の端で次々と新たな餓鬼が自然発生していく光景を目撃する。


道雪だけではない。


それだけでは終わらない。


この戦いは、全ての鬼、全ての人を巻き込んで混沌となる。


十年前の時と同じ。


『都攻め』が再び始まったのだ。

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