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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第一話 巫女


「………」


外の激しい雨音が響く中、その少女は無言で筆を動かしていた。


濡羽色の髪に赤い簪を差した少女だ。


身に纏っているのは巫女装束であり、この娘が神職に就いていることを表している。


背には梓の木で作られた弓を背負っているが、華奢な手足はあまり荒事に慣れているようには見えない。


年齢は十四歳ほどだろうか。


あまり化粧はしていないが、素朴な可愛らしさを持つ少女だった。


「………」


もう夜更けだと言うのに、一時も集中を切らさず筆を動かす少女。


その視線の先には、一枚のお札があった。


どうやら巫女らしく、護符を作っているようだが、その作業は非常に遅い。


一字一字を丁寧に書き過ぎて、すぐに筆が乾いてしまう程だ。


「………あ」


その時、少女の口から思わず声が漏れた。


文字を書き間違えてしまったのだ。


「あぁぁぁ…この紙、結構高いのに…」


がくっと肩を落とし、少女は書きかけの護符を握る。


あまり裕福ではないのか、少女は書き損じた護符の使い道をしばらく考えていたが、やがて諦めてゴミ箱に捨てた。


「…もう今日はいいや。続きは明日にしよう」


深いため息をつき、少女は借りている宿から外を見た。


「雨、止まないな」


未だ激しく振り続ける雨を見ながら、憂鬱そうに呟く。


明日は外で仕事があるので、早く晴れてほしい。


そう天に願いながら、少女は布団の準備をする。


「…ん?」


そこでふと、少女は奇妙な物を見かけた。


この土砂降りの中、外で佇んでいる人がいるのだ。


往来から離れた建物の陰だが、雨宿りしているようには見えない。


「――――」


それは女と見紛うような美貌を持つ男だった。


牡丹柄の派手な着物を着ており、上等な笠を被っている男。


男には長めの髪を後頭部で一つに纏めて垂らしている。


年齢は二十歳を超えたばかりと言った所。


美形だが、道を歩けば女より男に声を掛けられそうな風貌をしている。


「?」


不思議なことに、その男の周囲だけ雨が降っていなかった。


まるで雨自体が男の身体に触れることを恐れているかのような光景だった。


それに気付いたのか、若しくは美女と勘違いして声をかけた口か、近くには酒瓶を握った男も立っていた。


「――――」


「…え?」


しかし、その酒瓶を手にした男は突然、糸が切れた人形のように倒れた。


酔って気絶したようには見えない。


何より、


その着物の男に握られている一本の刀が、血で濡れていた。


「ッ!」


少女は、青褪めた顔で障子戸を閉めた。


たった今、人を斬り殺した男がこっちを向いたような気がした。


幸い、男が居た場所からこの宿までは距離がある。


仮に見られたとしても、逆光も相まって顔までは分からない筈。


そう自分を説得しながら、少女は青褪めた顔のまま布団を被った。








「本当に見たんですよ…!」


翌日。


少女は宿を訪れた友人に鬼気迫る顔でそう告げた。


「人を、斬ったんです! この泰平の直毘国なおびのくにで!」


「うーん…」


真剣な表情で告げる少女に対し、遊女のような派手な格好の友人『胡蝶こちょう』は頬を掻く。


友人としては信じてやりたいが、常識としては信じ難いと言った顔だ。


「アレは幽霊? それとも、魍魎の類?」


「…まあ、巫女やってる鈴鹿すずかが見たって言うなら、何か居たんだと思うよ?」


と言いつつも、あまり胡蝶は信じていないようだった。


そのことに気付き、少女『鈴鹿すずか』はムッとする。


「でも、私はこの町にかれこれ二十年以上住んでるけど、妖怪が出たなんて話は聞かないなー」


「それは、そうですけど」


「それとも、十年くらい前から都の方を騒がせている『鬼』ってやつかな?」


最近読んだ瓦版の内容を思い出しながら胡蝶はそう呟く。


戦が終わって久しいこの国、直毘国にも人ならざる物が残っている。


それは鬼。


人を喰らう怪物であり、その力は帝すら恐れる程らしい。


「鬼では、無かったと思います。刀を使ってましたから」


「だとすれば辻斬り? それこそ今時珍しいね」


「むう…」


確かに、今時辻斬りなど聞いたことが無い。


こんな田舎町でそんなことをする度胸のある人間もいないだろう。


そもそも、


「と言うか、殺人事件自体無かったんでしょ?」


「………」


そうなのだ。


あれほどハッキリと人が斬り殺される所を目撃したと言うのに、事件自体起こっていなかった。


血は雨が流してしまったのかも知れないが、死体すら行方不明なのはおかしい。


やはり、アレは夢幻?


柳を幽霊に見間違えるような幻だったのだろうか?


「ま、ま、折角会えたんだからもう少し楽しい話をしようよ」


そう言って胡蝶は難しい顔をする鈴鹿に抱き着いた。


「鈴鹿がこの町に来るのも一か月ぶりじゃない。寂しかったよー」


「放して下さい。暑いです」


「んー。相変わらずつれないなー。何だったら、お姉さんの家で一緒に暮らしても良いのに」


「私にそう言う趣味は無いので、遠慮します!」


その言葉に友人としての好意以上の物を感じ、鈴鹿は強引に押し退けた。


胡蝶は良い友人なのだが、時に見せるこの態度が少し苦手だった。


「そろそろ仕事なので、私は行きますね…!」


やや早口で言うと鈴鹿は走り出した。


その時には既に、鈴鹿は昨夜見た男のことを忘れかけていた。

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