海の見えるこの町で、夏樹との出会い(6)
私は叫びながら彼らに拳を向けた。
けれど、特に暴力沙汰に慣れているわけでもない私は、やすやすと腕を掴まれると、勢いをそのまま利用されて腹部に拳を埋め込まれた。
唐突に産まれた腹部の熱にうなされて私は視界が霞んだ。
霞む視界の端では、どす黒い赤がより深く、より暗くその色を強めていた。
私は、その赤に思い出さないようにしっかりと鍵をかけた匣の蓋が開くのを感じた。
――まだ幼い私が背中を丸めて、膝を抱えて泣いている。
私に投げかけられる言葉はどれも茨を纏っていて、私は只々自分の心を守ることしか出来なかった。
「相手のことをわかったつもりになってて気持ち悪い」
「独りよがりの正義感とか正直迷惑なんだよね」
「ごめん、君のこと好きだったけれど、どこか見透かしたようなその目が耐えられない」
小学生くらいの年代から大学まで、様々な言葉が私の心に棘を埋めていった。
――痛い痛い痛い痛い痛い!
短い回想から痛みと恐怖で引き上げられた私は、自分の身に起こった出来事に完全に先程までの戦意をへし折られていた。
「かっ……はっ……」
お腹の底から溢れる焼けるような痛みを吐き出しながら、霞む視界だけは相手を見つめ続けていた。
怖い、嫌だ、痛くしないで、虐めないで。
私を、拒絶しないで。
ただそんな思考だけが浮いては沈んで、意識もそれに合わせて途切れそうになり……。
薄れゆく意識の中、私は気がつけば彼の名前を呼んでいた。
「……き。っつき!」
「……た!日向!!」
その声を聞いた瞬間、私の中で張り詰めていた糸がぷつりと音を立てて切れた。
糸が地面に落ちるまでの短い間に私が視たのは、太陽のような灼熱の赤を背負い三人に掴みかかる彼の姿だった。
――朦朧とした意識が柔らかい潮風に揺り起こされる。
後頭部に弾力があるけれど硬い何かが触れていることと、茜色に染まった空が最初に私が感じたものだった。
「ここは……」
「ん、やっと目が覚めたのか。お前弱っちい癖に無謀だよな」
私は寝起きのようなぼんやりとした意識の中でも、彼の言葉に言い返さなければ気がすまなかった。
「なんですか。むしろ勇敢だと褒めて欲しいくらいですけど?」
私がそう拗ねた顔で返すと、彼はため息をついて今まで感じていた印象と変わって、精悍な表情で。
「無謀なのと勇敢なのは全然違う。勇敢であるためにはまず自らを救えないと、駄目なんだ」
「でも……」
「でも、じゃない。お前のその手は決して人を傷つける物じゃないんだ。お前のその手は、俺と違って誰かの笑顔を掬い上げる手だ」
私は、彼の、夏樹のその言葉を聞いて無性に腹が立って、夏樹の頬を引っ叩いていた。
「ってぇな! 何すんだよ!」
「あんたの手は、誰かの心に暖かさを灯す手でしょうが! この馬鹿ッ!」
悔しくて、悔しくて。
私は照れくさい感情もその悔しさも全てを混ぜこぜにした拳を力なく彼の胸に打ち付けていた。
「お前に何がっ……。って泣いてるのか?」
「っ。泣いでないっ!」
「本当、何なんだよお前……」
そう言った彼は包帯を巻いた右腕を庇いながら左腕でそっと私を引き寄せた。
この子は本当に……。
「生意気だ……」
ぼそりと呟いた私の言葉が彼に届いたのかどうかは分からなかった。
ただ、茜色に染まった空の仕業なのか、彼の横顔がほんのりと赤くなっていた気がした。
そろそろ夏樹編も終わります。