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マスターとしての、私の在り方(6)

 記憶の原野から戻ると、私はお客さんに、「お代は良いのでもう一杯だけ飲んでいきませんか?」と断ってからカウンターの中へと入りました。カウンターに入ると先程のかけらをハーブティーの中へと落として、かき混ぜる。疲れ切ってしまった心にはハーブティーの優しさが丁度いいと思ったからだ。ゆっくり、ゆっくりとかき混ぜながら思い出の中の彼の想いを全体に行き渡らせる。


「お待たせいたしました」


 出来上がったハーブティーにお茶請けとして遥が焼いてくれていたクッキーも添えてお客さんの前に置く。


「ありがとうございます……。でも、どうして?」


 まぁ、そういう反応になりますよね。私だって初めて入った喫茶店で急に無償で飲み物を提供されたら疑問に思いますもん。


「あはは、気になっちゃいますよね。でも、大丈夫ですよ変なものとかは入れてないので! それに、これは私の趣味みたいなものなんです。悲しくて、辛くて、疲れちゃったお客さんたちに暖かい一杯を提供するのが好きなんですよ。それで、少しでも笑顔になってくれたら良いなって……。あ、でも無理に笑おうとかはしないでくださいね! 余計に疲れちゃいますからね」


 私がそう説明すると、お客さんは少し怪訝そうにしながらもハーブティーに口をつけてくれて。ゆっくりとその一口を飲み込むと私の方を見てぽつりと零しました。


「そんな、これ……どうして……?」


 きっと記憶の一端に触れて驚いたんでしょう。私はお客さんに微笑みかけると伝えました。


「どうぞ、ごゆっくり召し上がってください。それはお客さんの為だけの一杯ですから」


 疑問にはあえて答えずに、私はそれだけを言うとお客さんの視界に入らないカウンターの奥から時折ちらり、と様子を見ることにしました。


「中々粋なことをするね~?」


 すると、いつの間にか先に居た黒がそんなことを言ってくるので素直に自分の考えをお客さんに聞こえないように気をつけながら言いました。


「本来ならもう会えない人に奇跡的に会って、その声を聞けるんですからできるだけ邪魔はしたくないじゃないですか?」


「くふふ。それで覗き見してなかったら立派なものだったけれどね~?」


 黒のその言葉には「ぐぅ」としか返せませんでしたが、私はまだ未熟なので自分の淹れた一杯がちゃんと出来ているか気になっても仕方ない、仕方ないんですっ。


 それから暫く。喫茶店の中には有線放送で静か流れている柔らかいピアノの曲と時折混じる鼻をすする音だけが響いていました。


「あの!」


 程なくしてお客さんが呼ぶ声で私はカウンターから出るとお客さんの方へと向かいました。


「はい、どうされましたか?」


「あの……! えっと、ありがとうございましたっ。マスターさんの淹れてくれたハーブティーを飲んだら彼に会えて……! それでその彼が色々教えてくれたんです。マスターさんは不思議な力を持っていて、そのおかげで今こうして話せるってこととか、彼が今の私に何を伝えたいかとか!」


「いえいえ、良いんですよ。それが私のお仕事で、やりたいことですから。それで、彼とお話してどうでしたか?」


「やっぱり、すぐには受け入れることは出来ないと思うんです。でもそれで私がどんどん気落ちしていって、それで彼の後を追ってしまったら彼はそれが一番悲しいって。そう、言ってくれたんです。それに辛い時は周りを見ればきっと手を差し伸べてくれる人がいるからって、マスターさんみたいにねって」


 な、なんだかむず痒い気がしますけどそうやって思ってもらえるのは素直に嬉しい。


「僅かでもお力になれたのでしたら私も嬉しく思いますよ」


 お客さんの嬉しそうな顔につられて私も思わず笑顔になりながらそう返して……からが長かった。


「それでね、マスターさん聞いてください! 彼ったらこういうところが素敵で! でもそれを飾らないっていうかこう……分かります!?」


「そ、そうですね? あの、お客さん、そろそろお店を閉めなくちゃいけない時間なんですけどっ……」


「そんな! お客さんだなんて水臭いわ! 私のことは美香って呼んで? ごめんねー、長々と話し込んじゃって。何かあったら頼ってね! 今度は私がマスターさんの力になるから!」


 美香さんはあの後数時間に渡って私に彼との惚気話をしていて、気がつけばもう閉店時間になっていた。でも、その惚気話もきっと、彼女なりの前への進み方なんだろう。美香さんを入り口まで見送ると、一言だけ彼女に伝える。


「本日はご来店ありがとうございました。また何かあったらいらしてください。その時はきっと、一杯の幸せを貴方に」


「なにそれかっこいー! ありがと、今度は普通のお客さんとしてくるからね! またね!」


 そう言って帰っていく美香さんの背中は小さく震えていて。前に進むその足取りを背中が見えなくなるまで見送った。


今回もご覧いただきありがとうございました。

大体週1で更新出来るようにがんばりますのでよろしくお願いします!体調が良ければ週2更新もするかもしれませんー!

ではでは、また次回に!

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