マスターとしての、私の在り方
決意を新たにした翌日も、いまでは変わらない日常と呼べるようになった喫茶店でのお仕事が今日も始まり、ランチタイムを過ぎて落ち着いた頃、私が遥のまかないを食べ終えた後のコーヒーの香りを楽しんでいると、黒が私の前の椅子に腰を下ろしました。
「どうしたんですか?」
なにも言わずに見つめてくる黒の視線にむずがゆさを覚えた私はそう問いかけました。
「んにゃ、別に~?」
けれど、問いかけの答えは曖昧なもので。
「そうですかー」
多くを語らなくてもなんとなくお互いが今のこの時間を心地よく感じていることは分かったので、私もそれ以上問いかけることはしませんでした。
ゆったりとした午後の時間を、少し肌寒くなった秋の風が彩る頃、一人の女性がお店を訪れました。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞー」
ミントちゃんがそう言って出迎えると、彼女はカウンターの端に腰掛けてメニューに目を通し始めました。
(……黒。彼女は)
(うん、そうだね)
テレパシーで短く問いかけると、黒はすぐに返事をしてくれて、彼女がマスターのお仕事のお客さんであることが確定しました。
(少し、久々に感じますね)
(そうだね~。でも、そんなに心配していないように感じるけれど?)
(ん、そうですね。どれだけ時間が空いても私がやることは変わりませんから)
それだけの短いやりとりでしたが、黒が今まで以上に私を信頼してくれているのが伝わってきて心地良さがじんわりと広がりました。
「さて、と」
軽く手を叩いてから彼女の注文したコーヒーをカウンターに運ぶと、できるだけ優しく彼女に話しかけました。
「お待たせいたしました、ご注文のブレンドコーヒーです。そろそろ肌寒くなってきましたし冷えたでしょう。どうぞ、ごゆっくり暖まっていってくださいね?」
「ありがとうございます……」
そう言って彼女がコーヒーを一口飲むのを見守っていると。
「あの、なにか……?」
「あぁ、すみません。つい……。失礼かとは思ったのですが、お姉さんがどこか寂しそうに視えたので、どうしたのかな、と」
「……私そんなに寂しそうでしたか?」
「えぇと、はい。そうですね。あの、もしよろしければお話を聞かせてはいただけませんか?」
「あんまり聞いていて気持ちのいい話ではないと思いますけど……それでも良ければ」
お姉さんはそう前置きすると何が合ったのかをぽつぽつと話してくれました。
お姉さんは今度の春に結婚する約束をしていて、夏頃からお相手の方と同棲を始めていたそうです。お相手の方との関係は順風満帆でお互いに気遣いあえる間柄だったのがお話を聞いていても伝わってきました。ですが三ヶ月程前にそのお相手の方はお仕事中に事故に巻き込まれて亡くなってしまったそうです。私にそのことを話してくれる最中にもお姉さんは何度も涙を流して嗚咽混じりになっていました。「大変だったんですね」なんて簡単に言えない感情の大きさがそこにはありました。今のお姉さんに寄り添える言葉を今の私は持っていませんでした。けれど私は、マスターだから。
「お話してくださって、ありがとうございます。なんと言えば良いのか……」
「良いんです。私こそ、ごめんなさい……。こんな話聞かされてもやっぱり困っちゃいますよね……」
「そんな、困ったりなんてしませんよ。ただ、私はそんなに口が上手い方ではないので、何かを言っても失礼になってしまうかもしれません。ですから、もしよろしければお姉さんのために一杯振る舞わせていただけませんか?」
「えっ? えっと、じゃあお言葉に甘えて?」
お姉さんは少し困惑しながらも、私の提案を受け入れてくれました。言っている事自体は嘘ではありませんが、マスターのお仕事を伝えないようにこうやって誘導することだけは、なんだか騙しているようで後ろめたさがあります。
「では、少し目を閉じて頂いてもよろしいですか?」
「こう、ですか?」
「はい、ありがとうございます」
お姉さんが目を閉じてくれたのを確認すると、黒を手招きしてから、そっといつもの文言を唱えました。
「『開け、心の門。私の呼びかけに応えよ。暖かき記憶をこの手に』」
少し振りの更新となります~。いつものことながら更新が遅くてごめんなさい……。
今回も読んでくださった方ありがとうございました!
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では、また次回に。




