海の見えるこの町で一杯の幸せを(3)
私がそう言い切ると、何かを言いかけていた黒はその言葉の行き先を失ったようで口元をむにゃむにゃと動かしていましてからとりあえずなにか言わなくちゃと思ったのか「流石僕のマスターだね」なんて言っていましたけど、自分が真っ先に反論ようとしてましたし、まだまだ私は心配される対象なんだろうなぁ、なんて。
湊さんはそんな私達が拍子抜けでおかしかったのか小さく笑って。
「いやはや、君たちには野暮な心配だったようだね。今回の件は謝罪するよ。お詫びと言ってはなんだけれど、後日美味しいものでも届けよう」
なんて言ってくれて、それまで重たくのしかかってきていた空気は霧のように消えていった。ほっと胸を撫で下ろして黒と目を合わせて笑いあうと、瞬時に空気がまた重たくなり。
「ただし、万が一君たちが呪いを振りまく存在になるようだったら容赦はしないからね」
と付け加えて今度こそ本当に元の空気に戻った。
「ところで湊? 君はどうやってヒナの夢の中に入ってきたんだい?」
「あぁ、やっぱりここは夢の中だったんですね?」
私がその一言を発した途端に、先程まで灰色だった世界が色づいて、「なるほどこれが明晰夢ってやつですか……」なんて思わずこぼしてしまった。
「はは、明晰夢とは少し違うかな。確かにここは日向ちゃんの夢の中だけれど私が作り上げた偽りの夢だからね。それと、猫神? 私がなんの神なのか忘れたの? 私は人の願いや思いを集める湊の神だよ。こんなに願いに溢れた子の夢の上に偽りの夢を構築するなんて造作もないさ」
「僕の結界があったはずなんだけどそれをたやすく破ってくれちゃってさ~。貼り直すこっちの身にもなって欲しいよね~」
なんて黒は恨み言を言いつつ、もう気にはしてないと付け加えた黒に湊さんは「わかったわかった、私が貼り直しておくよ」なんて言っていて。私の中にどちらが結界を貼るかを私抜きで話されても少し困ったけれど、どうせ言っても聞いてはもらえないんだろうし目の前でやってくれているだけでいいのかもしれない。
「さて、私はそろそろお暇させてもらうとするよ。夜中にお邪魔して悪かったね」
そう言い残して湊さんが指を鳴らすと、寸前まで見えていた町は姿を消して私の意識も次第に薄れていった。
そんなことがあった翌朝、私はいつもよりも重たい瞼を擦りながら一階の店舗スペースへと降りた。すると、朝食の準備をしているミントちゃんとタイムくんが出迎えてくれて、遅れて黒が顔を出してみんなでご飯を食べる。そんななんでもない日常が心地よくて、そんな心地よさが私の日常になっているということが嬉しくて自然に笑みがこぼれた。
朝食が終わると遥がやってきて、希望郷であったことや昨夜あったことなんかを話しながら、いつもどおり今日も仕事のつもりで来ていたことを知ってそれをからかったりして過ごしていると扉をノックする音が転がり込んできた。
「やぁ、昨夜話していた詫びの品を持ってきたんだけど入ってもいいかい?」
扉に目を向けると小脇に箱を抱えた湊さんが顔を覗かせていました。私が席から立ち上がって湊さんを招き入れると、黒がにやりとしながら。
「昨日の今日で来るなんていい度胸だね~、湊?」
「あら、そんなことを言っても良いのかしら? この箱の中身、猫神にはあげないでおこうかしら」
そう言って湊さんが箱を開けると……。
「「伊勢海老だ!!」」
ミントちゃんとタイムくんが目ざとく反応したとおり、大ぶりの伊勢海老が私達と湊さんを合わせた人数分入っていて、お詫びの品とは言え思いの外高額な物が出てきたことに驚いて、この人は神様なんだろうか? あ、神様でしたね。なんて自問自答をしてしまいました。
「遥くんだっけ。君がここの厨房担当なんだろう? 君の分もあるからとびっきり美味しく調理しておくれよ」
なんて、遥を焚きつけるものだから、遥も料理人魂に火が着いたのか「任せてください」と言って張り切って厨房に向かっていきました。
「湊、これでチャラにはしてあげないからね。君はヒナが困ってる時に無条件に一度だけ力を貸すんだ。その条件でなら水に流しても良い」
「はは、こりゃ手厳しいな。神である私が人に使役されるのかい?」
「いいや? 君は君の意思でそうするんだよ」
「……いいよ。一度だけね」
そんなやり取りが聞こえた気もしましたが、今は私がなにかを言うのは憚られて。いつの日か、私が一人前になった時は守られるだけじゃなくて、私も……。
今回も読んでくださりありがとうございます!
今月は更新少なめだったのでもうちょっと更新ペースあげないと……。
では、また次回に!




