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幕間:名前に込められた願い

「主、ちゃんと主様に会えたかなぁ?」


 主が希望郷に向かってしばらくして、二人でお店の二階の寝室に戻るとタイムがそんなことを口にした。普段は憎まれ口を叩きながらお師匠第一と宣言しながらも、なんだかんだ主のヒナさんを気に入ってるんだろう。


「主と主様だと分かりにくいし今だけはヒナちゃんって呼ばないー?」


「別にいいけどちゃん付けはなんかやだ」


 変な所でいじっぱりなタイムに少しだけ苦笑いが溢れる。本当はタイムも私と同じでヒナちゃんに感謝しているはずだけれど、私と違って中々複雑な思いがあるのだろう。私達が猫神見習いでありながらも名前を貰った時のことが未だに引っかかっているのかも知れない。


「タイムー、まだあの時のこと気にしてるの?」


「なんだよ、ミントは気にしてないのかよ?」


「んー、気にしてるというよりはいい思い出かなー」


「いい思い出? あんなにわんわん泣いてたのにか?」


「んにゃっ! 泣いてないしっ!」


「いーや泣いてたね、ほら思い出してみろよあの時のこと」


 タイムとこうしてちょっとした言い合いになることは珍しくない。双子でずっと長い間一緒に生きてきていればこういうこともままある。

 それはそれとして、記憶違いが起きるのは珍しいので二人して顎に手を当ててあの時のことを思い出す……。



「あの、黒? 少し相談があるのですが」


「ん~? ヒナどうしたの~?」


 お店の開店のための準備作業をしていると、主がそんなことを言い出した。私はてっきりお店の運営に関する相談かと思っていたのだけれど、どうやら違ったようで。私と双子の弟の肩を後ろから両手でぐいっと抱き寄せるて。


「この子達のことなんですが!」


 耳元で発せられたちょっとだけ大きい声にびっくりして背筋がピンッと伸びてしまう。私達双子はまだ猫神見習いで猫神になりきれてないからそうした猫の習性がところどころ残ってしまっているのだ。


「その子達がどうかしたの~? あ、耳が残っちゃってること? 大丈夫大丈夫~お仕事の時はちゃんと隠すよ?」


 私達はまだ人化も完璧ではないので耳が残ってしまっている。しっぽはどうにか消せているけれど耳だけはなんだかないと落ち着かないのだ。私達は見習い期間中の制約で猫の姿に戻ることを禁止されているので、近々もう一回ちゃんと人化についてお師匠に習おうって弟と話していたところだったので、それで怒られるとしたらなんだか悲しいなぁ……。なんて思っていたら、そのことではなかったようで。


「違いますよ! お耳は可愛いので私は別に仕事中さえ隠してくれるなら別に気にしません。それよりも! もっと気になるところがあるじゃないですかっ!」


「「「んん?」」」


 てっきり耳のことを指摘されると思っていた私達三人は揃って首をかしげました。その姿を見た主は深いため息をつきながら。


「はぁ~……。名前ですよ! 名前! 双子ちゃんって呼んでたらどちらを呼んでいるのかも分かりませんし、そもそもこれから一緒に過ごしていくのに名前がなくちゃ不便じゃないですか!」


「「「あぁ……」」」


 私達はもうその呼び方で慣れきってしまっていたので疑問に思ったこともありませんでしたが、なるほど確かに人間の主からしたら違和感を感じるかも知れません。ですが、正式に名前がもらえるのは一人前の猫神になってマスターと契約した際に、と決まっているのでこればっかりはどうしようもありません。まぁ、だからと言って新しくマスターになった主にそのことを説明していなかったのは私達の落ち度なので私はそのことを説明しようと口を開きかけた所で……。


「し~」


 なんて言いながらお師匠が私の唇に指を当ててきたので、お口チャックです。多分お師匠はこのことで主、ヒナちゃんのことを推し量ろうとしているのでしょう。それなら私が口を挟むことではないのでことの成り行きを見守ります。


「ヒナはどうして不便だって思ったの?」


 お師匠はにこにこしながらそんな質問を主に投げかけました。この質問だと不便の主体が主の主観的なものになるのでこれにどう答えるかである程度はどんな人かが分かる。そんな質問だなぁ、ちょっと意地悪だなぁなんて思っていると、主はそんなことちょこっとも考えなかったようで、すぐに。


「私達人間には、『名は体を表す』って言葉がありまして。名前はその人の本質を映し出す。なんて感じの意味合いなんですが、私達は少なからずこの言葉に倣って我が子にどんな子に育ってほしいかと願いを込めて名前をつけます。私の場合はお母さんが私の周りが常に人の笑顔という陽だまりに溢れますようにという願いを込めて日向とつけてくれました。これは私の個人的な思いですし、迷惑ならそう言ってもらっても構いません。それでも、これから一緒に暮らしていく子達に名前がないなんて寂しいじゃないですか」


 なんて演説を始めて。それを聞きながら私は照れくさいやら困ったやらで、胸のあたりがむずむずとした。弟の方もさっきまでは我関せずって感じだったけれど、耳が時折ぴくぴく動いているのを見るとまんざらではないようだ。それもそうだろう、私だってこんなに真っ直ぐに私達を家族扱いしてくれると言うのは嬉しい。だけど、規則は規則なのだ。嬉しいけれど名前をもらうのはお断りしなくては……。


「ごめんなさい、主。私達は……」


 私がそう言いかけた所で。


「余計なお世話だ。主。僕たちはまだ名前はいらない。それにそんなに馴れ馴れしくされても困る」


「あっ、こら! ちが、違うんですよ主? 私達は……」


「そう……ですよね! ごめんなさい急に馴れ馴れしくしちゃって。やだな、勝手に盛り上がっちゃって……。私ちょっと外で頭を冷やしてきますねっ!」


 あぁ、もう! どうして今日はこんなに私の言葉が遮られてしまうんだろう。弟だって弟だ、あんな言い方なんてまるで主のことが嫌いみたいに聞こえるじゃないか。本当は嬉しかったくせに。どうせ、自分が悪者になることで規則のことで主が傷つかないようにー、なんて考えたんだろけどこれじゃ逆効果だ。不器用なくせに変にかっこつけるからだ。話を遮られたうっぷんもあって軽く弟の頭を小突いておいた。


「……なんだよ」


「はぁ……。なんだよじゃないでしょ? あんな言い方ないよ。それに自分でもやっちゃったって分かってるからそんな泣きそうな顔になってるんでしょ? 私は……、私は嬉しかったよ。主がああ言ってくれて」


「僕だって別に嬉しくはなかったけど嫌じゃない……。けど、規則があるんだから仕方ないだろ」


 私達がやいやいと言い合っていると、今度はお師匠が私達の両肩を抱いて。


「まぁまぁ。二人共落ち着きなよ~。まずは自分に素直に行動したらいいんじゃないかな~。例えば泣きながら走って行っちゃったヒナを追いかけるとか、ね?」


 私達はその言葉を聞いてはっと目を合わせると二人して我先にと主を追いかけてお店を飛び出した。

 主はまだこの町に来て日も浅いからそんなに多くの行き先があるわけじゃないだろうとお師匠が教えてくれた場所を二人で駆け回りながら、嬉しかったはずの心がずきずきと痛みだして私まで悲しくなってきた。なんだか泣いてしまいそうだ。こんな気持になったのなんて一体いつぶりだろうか。

 お昼くらいにお店を飛び出した主を探しても探しても見つからなくて、気がつけば夕方になってしまった。もう教えて貰った場所も残り一箇所しかなくて、もしもそこに居なかったらどうしようと焦りが募る。どうか居てくれますようになんて、猫神見習いとは思えないようなお祈りもした。それが届いたのかどうかはわからないけれど、主は海辺の堤防に座って沈んでいく夕日をぼんやりと眺めていて、その姿を見つけたことで私の心は安堵や申し訳無さでぐちゃぐちゃになってしまって、主に話しかける前からわんわん泣き出してしまった。それは弟も同じだったようで。


「「あるっ、主ぃ~……!」」


 なんて。迎えに来たんだか、迷子になっていた子供かわからないような情けない声が出てしまった。私達の声に気がついて振り向いた主は怒ることもなく、私達が泣きはらしているのを見てすぐに私達を心配してくれて。それがまた暖かくて嬉しくて、たくさん泣いてしまった。

 お店に戻る道すがら主は私達の手を握って「規則があるなら最初からそう言ってくれたら良かったのにー」なんて笑って言ってくれて。いっぱいいっぱいごめんなさいを言った。

 お店に戻ると、お師匠が私達二人を見て一瞬きょとんとしてから「おかえりぃ~」と言ってくれて。それも嬉しくてまた泣いた。今日は話を遮られたり今までにないくらい泣きはらしたり散々だ。泣きすぎて目と鼻の奥が少し痛い。還ってからも少し泣き止むまで時間がかかって、泣き止んだくらいに……。


「さてさて、二人共泣き止んだ~? 泣き止んだら僕からプレゼントがありま~す!」


「「プレゼント?」」


 なんてことをお師匠が言い出した。今回私達は怒られこそしても、プレゼントをもらうようなことなんて何もしてないので何が何やら……。


「そう! プレゼント~。君たちが気にしていたあの規則をよぉ~く思い出してみて?」


 そう言われて規則について思い出すけれど、『猫神は一人前になるまで人から名前を与えられてはいけない』ことは確かで……。ん? ”人“……から?


「も、もしかして……?」


 私が一つの可能性に思い至ると、お師匠はにやにやしながら。


「そう! ”人“からはもらっちゃいけない。だよ~。だから僕がつけちゃえばなぁんにも問題ない! はずっ!」


 私は絶対これは屁理屈で後から怒られるんじゃ……。と思ったけれど、それよりも名前がもらえるかもしれない期待に胸がはちきれそうで、声には出さないけれど早く早くっと言外にお師匠を急かしてしまう。


「あはは、そんなに急かさなくても大丈夫だよ~、ちゃぁんと名前をあげるから。ね?」


「「っっ!」」


 私達は二人で興奮した目を合わせてからお師匠に期待した眼差しを向けました。


「とは言っても、これは僕が考えた名前じゃあないんだ~。誰とは言わないけれど、優しい誰かさんが考えてくれた名前だから大事にするんだよ~?」


 そうやって貰った私達の名前には、いつでも暖かい気持ちを忘れずに、勇気を出すことを怖がらないように。との願いが込められていて。私もタイムもこの名前がとても大切で、大好きになった。


「……思い出してみましたけど二人共泣いてましたね。私はそれでもいい思い出だって言い切れますけど」


 私はあの時の暖かい気持ちを思い出してむしろ今も心の中に暖かい陽だまりを感じている。


「……僕も嫌な思い出じゃないけど。でも、ちょっと恥ずかしい」


「はぁ~……。まったくあなたって子は……」


 どうやら、弟が勇気を出すことを怖がらなくなる日はまだまだ先のようだ。それでもきっとこの子も私と同じでこの小さな幸せを忘れることはないと思う。


「主達早く帰ってきませんかねー」


 そんな呟きは夜空の星に吸い込まれていって。主達の居ない夜は更けていく――。

ちょっと体調崩してたので更新遅れてしまって申し訳ありませんでしたー!

今回はミントちゃんとタイムくんの名前の意味と他の名前の意味もちらっと出てきたり……!

ここまで読んでくださりありがとございます! 

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