私と、先代と、マスターのお仕事(10)
決意表明のようにも思える私の宣言に微笑んだ霞さんは、小瓶からかけらを一つ取り出してそれを私に見せてきた。
「このかけら、この小瓶。どこかで見た覚えがないかしら?」
「え?」
私は思っていたことを口に出していたんだろうか? 確かに私の知ってる小瓶だなぁとか見たことある色や形のかけらだなぁと思っていたけれど……。というか、あの小瓶って。
「それ、やっぱり私の……?」
「そう、ヒナちゃんの小瓶とかけらよ。実はここに来た時にこっそりと回収させてもらってたの」
「どうしてわざわざこっそりと?」
「ここに来た新しいマスターの中にはね、さっきの不合格だったらっていうのを聞いた途端に逃げ出しちゃう子もいるの。けれど、それでも試験は行わなくちゃいけない。ヒナちゃんがそうだって言ってるわけじゃないけれど、それでも通例として、ね」
「でも、私も逃げ出してしまっていたかも知れません。もしも私が黒とであっていなくて他の猫神と出会ってマスターになって、ここに来ていたらもしかしたら私も逃げ出してしまう側の人間だったかも知れない。だから、私は黒に出会えて、マスターになれて、良かったと、そう思います」
そう言って黒の方をちらりと盗み見るとなんだか照れたような困ったような表情をしていて、心がくすぐったくも暖かくなりました。その姿を見たからというわけじゃありませんが、私は。
「あの、その試験私にやらせていただけませんか?」
と、そう提案をした。
「えぇ、良いわよ。むしろ全てのマスターにそうあって欲しいと私は思ってるわ。じゃあ試験の方法を説明しなくちゃね?」
そういって霞さんは私に試験の方法を一から丁寧に教えてくれた。私は説明された手順通りに思い出のかけらからその幸福感だけを抽出してゆっくりと時間をかけて主さんの飲み物に溶かし込んでいく。作業の工程自体は普段のお仕事のそれと大きく異なることはなかったけれど、いつもはしない工程が足されたり、いつもしていた工程が引かれたりと、所々では違っていて、その中で私は普段のお仕事にも活かせる技術学んでいって……。
「できました」
出来上がった飲み物は私が今まで見たことがないくらいに魅力的に感じました。私が淹れたそれを主さんの前に差し出すと、カップと主さんの大きさの対比にこんな少量で足りるのか疑問でしたが、思えば私達人間が薬を飲むような感覚に近いのだろうなと納得しました。
「ありがとう、ヒナちゃん。いただくね」
「どうぞ」
私は主さんの手にカップを渡そうとしましたが、カップがその手に取られることはなくてカップ自体が主さんの方に向かってふわりと浮き上がっていきました。
ああは言ったものの、なんだか緊張します。
「あぁ、そうか。君はこういう優しさを伝えることができるんだね……」
主さんはカップの中身を飲み込むと、息をゆっくり吐いてからそう言いました。私はその言っている意味がよく分かりませんでしたが、主さんの表情はとても柔らかくて優しげで、それだけでも私は試験を受けてよかったと思いました。
「いかがでしたか?」
答えがなんとなく分かっていても聞かずにはいられなくて。
「もちろん合格だよ、ヒナちゃん。君の中の優しさは呪いとは真逆の性質を持っている。それにとても、暖かかった」
私は試験に合格できたことよりも、暖かかったと言ってもらえたその一言が嬉しくて、私のしてきたことを間違ってなかったと肯定してもらえたことが嬉しくて、涙があふれました。
「ありっ、がとう……ございますっ。ありがとう、ございますっ……!」
「ううん。こちらこそ、協力してくれてありがとう。これからも私たちの力になってほしい」
「はい、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
まだあふれてくる涙をぬぐいもせずに、くしゃくしゃの顔のままそれでも私は笑顔でそう応えました。
ちょっと長かった希望郷でのお話にお付き合いいただきありがとうございました!
次回は幕間を更新する予定です~




