私と、先代と、マスターのお仕事(7)
色とりどりの花が咲き誇る道を進みしばらくすると、ひときわ大きな建物が見えてきました。ひと目でこの希望郷の主の住まいだとわかるその大きさと絢爛さは私の知るどんな建築様式とも違って見えました。
「大きい……」
思わずこぼれた一言を耳ざとく聞いていた霞さんはにやりとしながら私に。
「建物の大きさだけじゃなくて、中に入ったらもっとびっくりするわよ~」
なんて言って来たけれど一体どういうことだろう? 私は首をかしげながら大きな門を抜けて中に入りすぐにその答えを知ることとなりました。
「お、大きい……!」
その外観の大きさからまさか建物の中が一室しかなく、その一室しかない理由が大きな猫が一匹まるまる収まっているからだったとは……。
先程は建物の大きさに驚きましたが、まさか中に入ってからもその規格外の大きさの猫に驚かされることになるとは思ってもいませんでした。私がその大きさにたじろいていると、霞さんはくすくすと笑って。
「ね? だからびっくりするって言ったでしょう?」
なんて言うものだから、私はただ首を縦に振るしか出来ませんでした。そんな私をよそに黒は人の姿から猫の姿に戻ると、その大きな猫に頭を垂れていつもの間延びした声ではなくて、真剣な時にしか出さない声で。
「お久しぶりです。主」
と、一言だけ。それを聞いて私はこの大きな猫こそが猫神達の主なのだと分かっていたはずなのに、改めて認識しました。私は自分も黒に倣った方が良いのかと思って正座をしようと腰を落とそうとすると……。
「だめよ、ヒナちゃん」
そう言って霞さんが私の腰を掴んで制止してきました。私はわけが分からず霞さんに視線を送ると。
「人間の私達と猫神では主への対応が別なの。私達人間が猫神の主に頭を垂れるっていうことは、猫神と同じ存在になるってこと。私みたいにね。だから、ヒナちゃんはだめ」
そう言って私の頭を撫でてくれました。けれどそう言った霞さんは、さっき私がやろうとしたように正座をすると「只今戻りました」と頭を垂れている。
私は自分のとるべき対応が分からず、そわそわとしていると猫神の主の鳴き声? が聞こえました。
「くぷー……」
なんだかまるで寝ているような気が……。と思ったら霞さんがにこにことしながら何かを取り出して……。
「え、ドライヤー?」
「そう、ドライヤー。これを、こう」
そう言って霞さんはドライヤーを猫神の主のお尻に……え、お尻に?!
「んなぁあぁあ!?」
ドライヤーの強風をお尻に当てられて悲痛な叫びと共に猫神の主が目を覚ましました。こう……、筆舌にし難い表情で。この大きさなのに悲痛な鳴き声がどこか愛嬌のある声なのも合わさって私は笑いをこらえるのに必死です。
「あぁ……。ん? 皆揃ってどうしたの?」
悲痛な叫びの名残からのとぼけたようなこの対応。私はもう限界で吹き出してしまいました。
「はぁ……。主さま? 私今日は新しいマスターの子を連れてくるのでちゃんとしてて下さいねってお願いしましたよね?」
霞さんがそう言うと猫神の主はバツの悪そうな顔をしながら「だって眠かったし……」なんて言ったものだから霞さんのお説教が始まってしまいました。私はこの隙きに黒の方に行くとこっそりと耳打ちをしました。
「黒、黒。あの猫さんが主さんなのは分かったのですが、霞さんに怒られているのは一体……?」
「いやぁ、僕も霞と組んでた頃はよくああやって怒られてたけど、主の元に召し抱えられても相変わらずだなぁ……。うんとね、霞は今主のお世話係をしてるんだよー。普通は人間が亡くなったらその魂は元の場所に還ってまっさらな状態に戻されるんだけれど、霞は主に気に入られてたのもあってこうやって魂だけで残ってるの」
「猫神はそんなことも出来るんですか?」
「んにゃ、普通は出来ないね。主も結構無理を通したから数日寝込んだみたいだし」
「そこまでして残した人に怒られているんですか……」
「あの関係が心地いいんだよ~。僕もそうだったからね~」
「そういう物ですか……」
「そういう物だよ~」
なんてやり取りをしている間にお説教は終わったらしく、猫神の主は私達に向き直ると「こほん」と咳払いをひとつ。
「待たせて悪かったね新人さん。えぇと、ヒナちゃんだったか。よろしくね。それと、お前も。久しいな、よく戻った」
先程までの怒られていた姿とはうってかわってその風格は確かに猫神の主なんだと感じるものでした。
「お久しぶりです、主。今の名前は黒といいます。ヒナ、ヒナもご挨拶」
黒がそう促してくれたので私もご挨拶を……。と思ったのですが中々声が出てこず、そこで初めて私は目の前にいる猫神の主のその雰囲気に飲まれているのを自覚しました。
「はじ、めまして。春日井日向です。えぇと、黒と契約したマスターです」
なんとかそれだけを口にしてほっと胸を撫で下ろしていると、私以外の三名が驚いた顔をしているので何か失礼でもあったのかと身構えると……。
「くふ、くはは!」
そう猫神の主が笑い出しました。私は何事かと思い他の二人の顔を見ましたが、他の二人は驚いた顔のまま固まっていて。
「くはは! そう身構えなくても大丈夫だよ、ヒナちゃん。なる程、確かに黒が選んだ子だな。私の空気に飲まれていると自覚しながらも己をマスターだと言えるのは大したものだ! 普通のマスターは最初は声も出せないから二人も驚いているのだよ。そこにいる霞くんですら最初はそうだったのだからね」
私はなんだか神経が太いと言われたような気がして恥ずかしさで顔が熱くなってしまいました。すると、黒が驚きから回復したのか私の元に来て人の姿に戻ると、私の頭を撫でてきました。
「ヒナ、偉い! よく言えたね~! 大丈夫、恥ずかしがるようなことじゃないよ、むしろ誇っていいんだ。自分が主の空気に飲まれていると自覚して、その上でちゃんと自分を見失わなかった。これはとっても凄いことだよ! 僕も誇らしい!」
黒にもみくちゃにされながら褒められて、先程とは違う恥ずかしさがこみ上げてきました。考えての発言ではなかったのですが、多分だからこそこうなっているんだと思うので変な謙遜はしませんでした。
ひとしきり私をもみくちゃにして満足した黒が私から離れると、猫神の主がその大きな前足の肉球同士をぽんと合わせて。
「うん。気に入ったよヒナちゃん。歓待しよう。霞くん、食事の用意を。ヒナちゃんの分も頼むよ」
そう言った途端に黒が私の前にずいと出て、いつもより少しだけきつい目つきになり……。
「お言葉ですが主。主と言えどもそのお戯れは承服しかねます。ヒナはここには残しません」
「えっと、今のはどういう……」
困惑して霞さんに助けを求めると、霞さんはため息をついていました。
「主、今のは主が悪いです。あのね、ヒナちゃん。違う世界の食べ物を食べると戻れなくなるとか物語で聞いたことはない? あれ、本当なのよ。だからこっちに来る時にあの小さな子たちが勝手に食べ物を食べちゃ駄目とか水を飲んじゃ駄目って言ってたの」
私はその言葉を聞いて背中に冷たい汗が落ちるのを感じながらも、ぐっとお腹に力を込めて少ない勇気を振り絞って。
「ごめんなさい。私は、黒のマスターです。まだこの子から学ぶことも多いですし、それに何より、私は黒と一緒に居たいと思います。だから……」
そこまで言うと猫神の主は先程まで動かさなかった体を急に動かして、黒にめがけてその手を振り下ろしました。
活動報告にも書きましたが入院してました! 更新遅くなり申し訳ないですー……。
今回は前回が文字数少なめだったので少しいつもより多めで更新しました!




