私と、先代と、マスターのお仕事(2)
「あれ、私……」
気がつくと見慣れた自室の天井が目に入り、ベッドの上で体を起こすとまだおでこがじんじんと傷んでいました。ふと気配を感じて横を見ると、黒が窓辺の椅子に腰掛けて舐めるようにお酒を飲んでいました。私がベッドから降りて黒の向かいの椅子に座ると、黒はグラスを置いて。
「やぁヒナ。もう起きても大丈夫~? 結構な勢いでおでこぶつけてたからね~。まだ痛いでしょ」
「はい、もう平気です。まだ少しおでこ痛いですけど……。でも、それよりもさっきのこと説明してくれますか?」
私がそういうと、背筋にひやりとした風が触れた気がして背後を振り返ると……。
「それは私が説明しましょうかね?」
先程私が気を失う間接的な原因になった先代マスターが柔らかな笑みを浮かべて浮いていました。
「ひゅっ……」
喉の奥から絞られるような空気の音が漏れ出してながらも、今度は取り乱さないように我慢することができました。
「あら? もう慣れちゃったの。案外順応性強いのねー」
先代マスターが少しつまらなさそうに口先を尖らせるのをみて、案外子供っぽい人なのかも知れないな、なんて私はどこか自分がこの状況を受け入れつつあることに気が付きました。そんな中でどうしても気になっていたことを質問してみることにしました。
「先代さんは、どうしてこのお店にいらしたんですか? 懐かしくなって黒に会いに来た、とかでしょうか?」
すると、先代さんは小さく首を振って。
「半分は当たりだけれど、半分はハズレ。確かに私はこのお店のマスターだったから懐かしい場所ではあるけれど、このお店はもう私のお店ではないもの。だから私がこのお店に来たのは別の用事があったからよ。そこの冷や汗流しながらお酒飲んでる子は心当たりがありそうだけれど、ね?」
先代さんがそう言ったのを聞いて黒の方を振り返ると、先程までの優雅さはどこに霧散してしまったのかグラスを持つ手が震えて中の液体がちゃぷちゃぷと音を立てていました。あぁ、これは確実に心当たりがあって、しかもどうやら悪いことなのだろうなー。なんてどこか他人事に思っていると……。
「でもね、ヒナちゃん。このことは黒だけじゃなくて貴女にも関係があるのよ? だから私は関係ないなんて思ってると……苦労するわよ?」
そこまで聞くと私は黒の焦り方に不安を覚えて、黒に問いかけました。
「黒? 震えてないで説明してもらえないと困るんですけど。黒がお説教させるだけならいいかなー。なんて思ってたら私も関係ありそうなんですけど? どういうことでしょうか黒さん?」
すると、黒は明らかに目を泳がせながら、立ち上がると意を決した目で私達の方に歩いてきて……。何も言わずに床に正座になったかと思ったら勢いよく床に額を打ち付け大絶叫の謝罪と言い訳を始めました。
「すみませんでしたー! でもでも違うんだ聞いてよ霞~~。僕もね? ちゃんと挨拶に行かないといけないな~、怒られちゃうな~。って思ってたんだけどなんだかんだ忙しくて行けなかったというかちょっと忘れちゃってたというか、ね?」
あまりにも迅速な土下座と言い訳の展開に私が呆然としていると、先代さんは見慣れた光景だったのかため息をついて頬に手を当てました。
「はぁ……。貴女また猫かぶってたでしょう。猫神が猫をかぶるってなんかもう一種のギャグよね。あと仮にも貴女神様なんだからそんな簡単に土下座なんてしていいの?」
片手を頬に当ててため息交じりに注意する姿は母親のオーラが溢れていて、これが母性……! となぜか私はごくりと喉を鳴らしました。て、違う違うそうではなく。
「挨拶に行くっていうのはどういうことですか? 私にも関係あるっておっしゃってましたし、私も誰かに挨拶に行かなければならないんでしょうか?」
すると先代さんは、また笑ってるけれど笑ってない顔で黒に詰め寄り無言の圧をかけ始めました。すると、黒はしどろもどろになりながら私に縋り付いてきて。
「ヒナ、ヒナ~! 契約した時に少しだけ話したでしょ? 僕たち猫神の目的だよ! 僕たちの主の話~!」
それを聞いて私は、あぁそういえば……。と当時のことを思い出しました。
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今回も読んでくださりありがとうございました~。