海の見えるこの町に、私が来た話(5)
「さて、噂の喫茶店に着いたわけですが……。なんだかドアを開けるのに躊躇いますね」
「当店になにか御用ですか?」
誰にともなく心の内を声に出すと、喫茶店の前からそれに答える声があって、私は予想外のその返事に動揺を隠せませんでした。驚きのあまり、立ち尽くす私に痺れを切らしたのか声の主がドアを開けて。
「どうかなさいましたか?」
なんて言うものだから私は「あの、えっと……」なんて言葉しか出てこなくて、そんな私を怪訝な顔で見上げる相手の容姿にも驚いてしまってまた言葉が出てこなくて。けれど、なにかを言わなくちゃと思った末に出てきた言葉が……。
「こ、子供?」
だったのは我ながらにどうかと思う。
「御用がなければ失礼しますが、よろしいですか?」
その一言で我に返って慌てて呼び止める。
「あ、あの! 私この喫茶店を町の方たちに紹介してもらってそれであの、試験を受けに来ました!」
「面接希望の方でしたか。どうぞ、中へ。お師匠が戻るまでお待ち下さい」
急な申し出にも関わらず店内に通してもらえた私が緊張で固まって暫くすると、どこか間延びした声が店内に飛び込んできました。
「ただいまぁ~。僕が帰ったよ~、出迎え給えー!」
「「おかえりなさいませお師匠」」
私がその声に反応するよりも早く、先程私の応対をしてくれていた二人が声の主に返事をしました。私も一拍遅れて立ち上がり。
「お邪魔しています、初めまして。私春日井日向と申します」
そう会釈しながら黒髪の綺麗な女性に挨拶をすると、女性はふにゃりと笑って。
「やぁ~、初めまして~。この町の人じゃないね? 観光かな?」
そう訪ねてきた。私はここしかないと判断して雇って欲しい旨を伝えると、女性は微笑みながら顎に手を当て、私にひとつの問題を出した。
「なるほどなるほど~、面接希望さんなんだね? じゃ~、問題です。 人が絶望から立ち直るためには何が必要でしょう~? 僕が思う答えと同じだったら君を雇ってあげる! 制限時間は今日いっぱいかな~」
ズキリ、と胸が疼いた気がした。絶望という言葉が、そしてそれから立ち直るということが、私の過去のトラウマを刺激したのだろう。
「私は……」
「うん、すぐに答えなくても大丈夫だから、飲み物でも飲みながらのんびり考えて~」
私は無言でそれに頷き、考え始めました。けれど、それについて考えるということは、私自身のそれと向き合うということに他ならず、私はいままで逃げ続けてきたそれを思い出して……。
「ん~。考えだしたら自分の中に入り込むタイプの子なのかな? それともこの問題だったからなのか……。はてさて」
「お師匠。なんで今回は絶望から立ち直るためだったんですか? いつもなら人が幸福になるためにはだった気がするのですが」
「ん~、まだまだ修行が足りないねぇ~。この子の目は明るく振る舞っていても、その奥底には暗い光が宿っているでしょ~? そういう子は大体笑顔を作っているんだよ。だから僕はこの問いかけをするんだ。自分自身を救えないなら、もし雇ってあげてもやってはいけないからね。僕たちと契約するならどうしても向き合わなくちゃいけない問題でもあるし、それに……。どうもこの子の目は普通じゃないみたいだしね?」
「目、ですかぁ……。むぅ、私には普通の目に見えますけど……」
「お師匠が普通じゃないって言うなら普通じゃないんだろうけど、僕も分からない……」
「まぁまぁ、見ててご覧よ~。この子、もしかしたら僕と契約できるかもしれないからさ?」
後にそんなやりとりがあったと聞きましたが、この時の私はそんな声など一切聞こえずに、私自身と向き合う苦しさ、そして絶望から立ち直るために必要なものという抽象的な質問の答えを探すのに必死でした。
まさかの1日で3話更新できてしまった……。筆者自身驚いてます。