海の見えるこの町に、私が来た話(4)
喫茶店を出て暫く、地図とにらめっこしながら町のメインストリートを歩いていると、ふと路地裏の方で何かが動いたような気がしました。
普段であればそんなことは気にもとめませんが、その何かにじ、っと見つめられていたような気がして、私はその路地のほうを暫く見つめていました。
「気のせい、かな?」
なれない土地で気を張って過剰に反応してしまっているのかも知れませんね。と苦笑いをひとつ残して、私は再び地図に目を落とし。
「ええと、こっちの方向であってますよね……」
独り言を言いながら路地の前を去っていく私はこの時、路地裏にぼんやりと浮かびあがる黒い影と翡翠の輝きには気がつくことはありませんでした。
商店街をキョロキョロと見ながら歩いていると、私はふと、この町はやけに猫が多いことに気が付きました。
多くの猫たちが首輪をしていないところをみると、おそらくは野良の子が殆どではないかと、取り留めもなく考えましたが、私が堤防で出会った黒猫もそうでしたが、この町の猫たちは妙に人に馴れているので、野良というよりは町全体で一緒に暮らしている。という感覚でしょうか。
私はそんな人馴れした猫の内の一匹をなんとなく目で追っていると、小さな雑貨屋さんの店先で店員さんにじゃれて餌を要求していました。
私がその雑貨屋さんで餌付けされている猫になんとなく近づいていくと、店員さんが私に気が付き、声をかけてきました。
「いらっしゃい。旅行かい? 大きなトランクだね。私も店がなければ旅行したいけれど……。いいねぇ、若いってのは。どうだい? 想い出にうちの雑貨でも買っていかないかい? 私が作ってるから、一点物ばかりだし、今なら安くしておくよ!」
その店員さん勢いに私は驚いてしまって、うまく言葉が出て来ませんでした。
「え、えっとあの、違くて、えっと……」
私は慌てて自分のことを説明すると、その女性の店員さんは呵々と笑って立ち上がると、私に握手を求めてきました。
「いやはや、それはまた面白い。私も小さい頃はよくあの店に行っていたんだ。それに、こんな隣人付き合いすら怖くなっている現代で、裸一貫田舎暮らしを始めようとするなんて、若いにしたって大した行動力だよ! その太い神経が御猫様に認められる良いね!」
「褒められてるのか貶されてるのかよくわからないです……」
そんな話をしながらも、お姉さんは猫をなでていて。
猫の方は喉を鳴らしながら、私の方をじっと見ていました。
私はその視線がなんだかくすぐったくて、体をそわそわと動かしながら、ふと気になったことを女性に尋ねることにしました。
「えっと、ここはお姉さんのお店で、お姉さんはこの町でずっと過ごされているんですよね?」
「うん? あぁ。そうだよ?」
「初対面で不躾だとは思うのですが、いくつかお聞きしたいことがあって……」
「ははは、そんな畏まることはないさ! 何でも聞いてくれていいよ?」
「それじゃあ……。御猫様って言うのは何なんでしょうか? この町に妙に猫が多いことはなにか関係が? それに、例の喫茶店だってそんなに人気ならなんでこの町の人が誰も跡継ぎになろうと思わなかったんですか?」
「おぉっ……。質問していいとは言ったけれど、許可した途端の勢いが凄いね……!? 一個ずつね、一個ずつ……。まず、御猫様ってのは所謂土地神様の認識で大きくは間違ってない。この土地を愛していて、人々の心の闇を祓う存在だって言われてるね。で、まぁこの町に猫が多いのは町の人達が御猫様に重ねて猫達を大切にしているから居心地が良いんだろうね。最後の答えは単純さ。皆後継者になろうとはしたんだよ。けれど、御猫様に認められなかった。それだけさ」
お姉さんは一気に喋って疲れたようで、ふぅ~。と息継ぎをしていて、私はお姉さんが落ち着くのを待って……。
「土地神様ですか……。皆さんはその、御猫様に認められなかったってことですけど、それは何か条件があるってことなんですか? それに、喫茶店の店主になるのに土地神様のお許しが必要っていうのは、何かの比喩なんでしょうか?」
「一個ずつ。ね?」
お姉さんは微苦笑を浮かべて、私に軽くでこぴんをして来ました。
「あうっ。す、すみません……」
「はは、まぁいいさ。そうさね、御猫様の試練というか試験があるんだよ。 それに比喩かどうかは、実際に行ってみてのお楽しみってね」
お姉さんのどこか意味ありげな笑みが気になりながら、私は件の喫茶店の前にたどり着いたのでした。
次回更新まで気長にお待ち下さいませ!